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32 お好み焼きじゃけぇ

 冒険ギルドの職員には有給休暇を取る権利がある。就職する時にそう説明され、ルカはとても驚いた記憶がある。正直に言って中世ヨーロッパ風の異世界で福利厚生なんて概念があるとは思っていなかったが、きっと転移してきた誰かが広めたのだろう。先輩ありがとうございます。


 とはいえ制度があっても活用されていなければ意味が無い。その点も冒険ギルドはきっちりしていた。ルカが何日か仕事を休みたいと相談すると、ギルドマスターが有給休暇を使うよう勧めてくれたのだ。それどころか、ルカがこの1年で1日も有給休暇を使っていないのを怒られた。この際だから纏めて使っとけと、1週間の連休にされてしまった。


 久し振りの大型連休は、家でひたすらダラダラ過ごす予定だ。ユウキ達も暫く冒険はお休みするようで、ユウキとマリナがルカの家に泊まり込んでいる。

 ルカの暮らす女子寮は1DKでバストイレ付きだ。独り暮らしには十分な広さで、数日なら3人暮らしも可能だった。ただ、流石にケイとソウマまで泊まるには狭いので、2人は冒険者御用達の常宿に連泊している。


 そんな訳で、女子3人でのんびりと過ごす昼下がり。台所で何やらごそごそやっていたマリナがルカに質問した。


「ルカ、中華麺は作れます?」


 なんの脈絡もなく聞かれたため、ルカは一瞬何を言っているのか分からず、目をパチクリした。


「チュウカメン?」

「ええ。うどんが作れるなら中華麺も作れるのではと思いまして」

「ああ、中華麺ね。うーん、中華麺かぁ……作った事ないし、作り方もよく分からない。ごめんね」


 手作り麺はうどんが一番簡単で、中華麺はそれよりも難しいと聞いたことがある。そして蕎麦は最難関らしいが、蕎麦の実が無いのでここでは作りようもない。一番お手軽なはずのうどんですら、ルカが作った物は失敗作だった。それより難しい中華麺作りは全く自信がない。

 

「いいえ、もし作れるならと思っただけなので」

「でも如何していきなり中華麺?ラーメン食べたいの?」


 ラーメンもこの世界では見かけない。和食のように皆無ではないが、中華料理もこの世界ではほぼ普及していなかった。チャーハンくらいなら自作出来るが、ラーメンは素人が一から作るにはハードルが高いと思ったが。

 マリナが食べたいのは別の物だった。


「いいえ、お好み焼きが食べたいんです」


 お好み焼き?お好み焼きと中華麺が繋がらなくて、ルカは首を傾げた。だがマリナが広島からの転校生だったのを思い出し、合点がいく。


「あっ、広島焼きかー!」

「ぁあ゛!?」


 ……何今のドスの効いた声。

 驚き過ぎて声も出ないルカに、マリナが真顔で迫ってくる。近い近い近い、美人の無表情めちゃくちゃ怖いよ!


「マ、マリナ……?」

「広島焼きって(なん)なん?広島にはそんな物存在せんけど?広島名物はお好み焼きじゃし、百歩譲って広島風お好み焼きならまだ許せるんじゃけど。その場合は当然大阪とかで食べられとるのも関西風って()うとるんよね?」


 どうやらマリナの地雷を踏んでしまったようだ。広島焼きって言わないのか。お祭りの屋台とかで広島焼きって売ってたけど、あれ広島県人には地雷案件なのか。


「ご、ごめんマリナ」

「…………いえ、こちらこそごめんなさい。関西風お好み焼きが正統のような風潮が、我慢ならなくて」

「そ、そっかー」

 

 マリナの様子が普段通りに戻って、ルカは心底ホッとした。ああ、いつものお淑やかで優しいマリナだ。さっきの無表情ながらも煉獄を背負ったかのようなマリナは、きっと夢か何かだったのだ。


「ところでマリナ、さっきのって広島弁?」

「はい」

「もしかして、あっちのが素なの?何で広島弁使わないの?」

「広島弁ってキツく聞こえるみたいで。他所の人と話してると、普通に喋っていても怒ってる?って聞かれるんです。だから転校した時に丁寧に話すようにしてたら、それが定着してしまって」


 マリナが転校して来たのは高校2年の夏休み明けだった。そんな微妙な時期に転校するのは、何か家庭の事情でもあったのだろう。そう思って詳細には触れずにきたのだが、マリナの方でも色々と気を遣っていたようだ。


「マリナ、今からでも広島弁使ったら?」

「ですが、聖女のイメージもありますし」

「聖女って言っても職業の1つなんだし、良いんじゃない?如何しても気になるなら、仲間内だけで使うとか」

「何なに、何の話?」


 中庭で剣を振っていたユウキが帰ってきた。階段を登るのが面倒だからって、窓から出入りするのは止めて欲しいのだが。ここ4階だし。


「ユウキはマリナの広島弁、聞いたことがある?」

「うーん、無いかなー。そっか、マリナは広島出身だっけ」

「ええ。この前のすき焼きに、ルカが作ったうどんを入れたでしょう?それで、中華麺も作れるならお好み焼きが食べたいなと思いまして」

「ああ、広島焼きね!」


 ユウキまでマリナの地雷を踏み抜いてしまった。マリナの表情がまた抜け落ちる。


「広島焼きも美味しいよねー!修学旅行では食べられなかったから、アタシも広島焼き食べたいなー!」


 ユウキに悪気が無いのは分かっている。だが、何度も禁句を連呼するその口を、ルカは問答無用で塞ぎにいった。

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