3 押し寿司を食べよう
丸いケーキ型の底をそっと持ち上げて枠の部分を外し、金属板が底に付いたまま、ご飯の塊を大皿に乗せる。ご飯の上に被さっていた平たい鍋蓋を慎重に退けると、周りで見守っていた皆がハァーッと息をつく。どうやらルカと同じように、息を詰めていたらしい。
「どう?」
「見た目は完璧!美味しそう!」
「綺麗ですね!」
「匂いもお寿司だよね。後は味か」
「それな」
出来上がった押し寿司を囲んで観賞しながら、めいめいが感想を口にする。皆の言う通り、ビジュアルは文句無しだ。押し寿司用の型枠なんて無いのでケーキ型で代用したのもあり、ホールケーキのように華やかだ。
上から見ると、一面のサーモンピンクに玉子の黄色、さや豆の鮮やかな黄緑が散ってアクセントになっている。側面から見ると、酢飯の真ん中に挟んだ海老の赤が主張している。食欲をそそる彩りだ。暖色系の食材は、より美味しそうに見える気がする。
匂いもソウマが言うように、まろやかなお酢の匂いだ。酸っぱい匂いも食欲を刺激する。
「じゃ、切り分けるよ」
「うん、お願い。取り皿準備するね」
「飲み物は?」
「取り敢えず、水かな」
ルカが崩さないよう丁寧に、押し寿司を六等分にする間、食卓が整えられてゆく。六等分と言いつつ大小が出来てしまったが、ルカとマリナは少食なので小さい物で十分だ。このメンバーだと揉めることは無い。
ただ、厨房を貸してもらっているからと、冒険者ギルドの同僚達にお裾分けをした時は大変だった。その時のメニューはシンプルにおむすびだったのだが、少しでも大きい物をと争奪戦になっていた。具材がツナマヨ1種類だけじゃなかったら、更に熾烈な奪い合いになったことだろう。
テーブルの真ん中に押し寿司をデンと置き、お皿と箸も並べられ、飲み物も行き渡った。全員が席について、唱和する。
「いただきます!」
バクリと真っ先に口に入れたのはユウキ。彼女は1番大きな押し寿司を素早く確保して、箸を使わず手づかみでかぶりついた。
「んー、美味しーい」
「ユウキ、口の中にあるのに喋るな」
ケイがユウキを窘めてから、同じように手で押し寿司を食べる。ユウキより控え目な一口を、ゆっくり咀嚼しながら味わっている。
「海老が美味しい」
「さや豆もシャキシャキして美味しいです」
ソウマとマリナはお箸で上品に食べている。ただしマリナが押し寿司に対して縦に箸を入れたのに対し、ソウマは箸を水平に入れている。上のサーモン部分を一口分剥がして食べ、露出した海老を下半分の酢飯と食べてと交互に口に入れる。
ルカは残った2切れのうちの小さいほうの押し寿司を皿に取り、ちょっと迷ってから手で食べることにした。小さめに噛って、舌の上で味を確かめて、噛みながら更に味わい、飲み下す。
普通に美味しかった。ワインビネガーが米酢より酸味が強かったので、砂糖と塩を加えてから火を入れてみたのが良かったか、ツンとくることも無く味も角が取れている。サーモンと海老の甘みと、錦糸卵の僅かな塩味のバランスが良い。さや豆のシャキシャキした歯応えも良い。
ただ、どことなく洋風のお寿司、例えるならアメリカ辺りでカスタマイズされて逆輸入してきたような、そんな味だった。
「美味しいけど、和食っぽくはないな」
基本は褒め言葉のメンバーの中で、唯一辛口で味を批評するケイも、ルカと同意見のようだ。美味しいけど、惜しいのだ。美味しさは合格点だが、求めているのは伝統的な日本の味というか、田舎のおばあちゃん家の味っぽいものなので、そこを判断基準にすると『もう少し頑張りましょう』なのだ。
「ワインビネガーよりリンゴ酢にすべきだったかな」
「如何だろう。米酢が発見できれば一番なんだけどな」
「お米はあるのにね。長粒米だとお酢にならないのかな」
「品種が違っても米なんだから出来ると思う。味は変わるかもしれないが」
「うーん、難しいねー」
ケイとルカが話している横で、ユウキが大皿に残った押し寿司を気にしている。それに気付いたソウマが目顔でマリナに問い掛け、マリナがにっこり笑って手でどうぞとユウキに勧める。
「あ、今日は食べちゃって大丈夫だよ。ケイ、まだ食べたい?」
「いや、別に」
「ユウキ、食べられそうなら食べてくれると嬉しい。無理ならアイテムボックスに入れとくけど」
「食べる!」
いそいそと最後の1つを自分の皿に移し、幸せそうに頬張るユウキ。本当に美味しそうに食べる。この顔を見ていると、惜しい押し寿司でもまぁ良いかーと思えてくる。
ほわわんと食後のまったりした空気が漂う中、水を飲んだソウマがひと言。
「あー、緑茶が欲しい」
「言うな」
「紅茶があるんだから作れるんじゃない?」
「作れそうだけど、余計に和食が食いたくなるだろ」
「あー」




