29 鍋物となると張り切る人
「何なのー?早くすき焼き食べようよー!」
全員の思いを代弁するように、ユウキが叫ぶ。ソウマは困ったように視線を泳がせながら、それでも反論した。
「いや、そのさ、皆直箸でも大丈夫かなと思って」
「何時もの事じゃん!」
ユウキは何が問題なのかと言いたげだが、ルカはソウマの言いたい事に思い至る。ソウマがアランやハオランをチラチラと伺っているので、間違ってはいないはずだ。
日本でも、他人と同じ鍋を直箸で突付くのは遠慮したいという人が一定数いた。特に鍋文化のない海外の人は、嫌がる人が多いとも聞いた事がある。ハオランは中国系だがアメリカ人だし、アランは西洋に近い文化の現地人だ。直箸に忌避感があるのではと、ソウマは気を遣ったのだ。
「あー、そうネ、女性が口を付けたカトラリーは、少し恥ずかしいアル」
かなり丁寧にオブラートに包んで、ハオランが直箸は嫌だと表明する。アランは何も言わないが、彼ならば、気にしなければ気にしないとはっきり言うだろう。やはり直箸はハードルが高いようだ。
「今はまだ皆、箸に口付けてないよな?最初だけは各々で取って、次からは俺が菜箸で平等に取り分ける。それで良いか?」
ケイの提案に、全員が頷く。各自が取り皿にすき焼きを移し、待ち切れなかったのだろう、ユウキは牛肉を固まりで口に放り込んだ。
「んー、美味しいー、さすが高級なお肉!」
他の皆もめいめい『いただきます』をして、食べ始めた。ルカも牛肉を1枚口に入れる。砂糖と醤油で甘辛く味付けされた牛肉は、やわらかく、とても美味だ。失った水分の代わりに旨味たっぷりの出汁を吸い込んだ、白菜もどきとキノコも良い味だ。
鍋の空いた所にケイがまた牛肉を並べてゆく。その傍ら、火の通っている具材をポイポイ皆の取り皿に移し、隙間が出来ると野菜を詰める。煮詰まりそうになると和風出汁を少し加えたり、味が薄まると砂糖や醤油を追加したり、まめに働くケイは、たぶんあれだ。
「鍋奉行だ」
「鍋奉行が居るね!」
「うるさい、お前ら野菜だけにするぞ!」
「いいじゃん鍋奉行。ウチはお父さんがそうで、お鍋の時だけ張り切ってたよ。普段は料理なんて全然しないのに」
「ケイは最近料理も頑張ってるよねー!」
「ユウキ、お前次野菜だけな」
次々と出来上がるすき焼きを、ケイは全員に均等に分ける。だがルカはそろそろお腹いっぱいになってきたし、マリナも箸が止まっていた。男性陣とユウキはまだまだ食べそうだ。多めに準備していた具材は残っているが、醤油が底をつき掛けている。
「ケイ、まだ途中だけど、うどん入れたら駄目かな」
「うどんは最後だろ」
「でもさ、このペースで使っちゃって、お醤油足りるの?私、すき焼きのうどんは絶対に食べたいんだけど」
「……分かったよ、ルカと、マリナの分だけ先に作ってやるから」
どうしても、と懇願するルカに、ケイが折れた。ハオランに生温かい目で見られたが、うどんの為なら耐えられる。子供っぽい我儘だと思われようと、次回すき焼きが食べられるのが何時になるか分からない。すき焼きは醤油の消費が激しいので、醤油の量産体制を整えないと連続でメニューには上げられない。
「ほら、出来たから取り皿貸せ」
待ってましたとばかりにケイに取り皿を突き出すと、今度はアランがニコニコと見詰めてくる。完全に幼子を見る目だ。頭とか撫でられそうな雰囲気だ。
でも良いのだ、子供扱いされるくらい、すき焼きのうどんの前では些細な事だ。
ケイがよそってくれたうどんは、具材から出た出汁と溶け合った醤油が染みて薄茶色になっている。牛肉から溶け出た脂が絡み、ツヤツヤだ。食べると口の中に醤油の風味と、砂糖と野菜の甘さ、牛肉やキノコの旨味が混ざり合い、広がる。
「んー!!」
言葉にならない。柔らかめのうどんがまた良い。ルカはすき焼きには柔らかめのうどんだと思っている。コシのあるうどんより、ビニール袋に『ゆで』と印刷された、くったりしたうどんが合うと思っている。
「美味しいですね。すき焼きのシメはうどんですよね」
「美味しそう!ケイ、アタシの分もうどん作って!」
「もう肉食わないんなら作ってやる」
「えーっ、お肉もまだ食べるけど、もううどんも入れても良いじゃん!」
「却下」
素早く鍋に牛肉を敷き詰めるケイ。うどんが入る隙間がないようギチギチに肉が詰められた鍋。見ただけでお腹がいっぱいになる。後でデザートにアップルパイもあるしと、ルカは早々に撤退することに決めた。
1年振りのすき焼きは、美味しくて懐かしくて、大満足だ。鍋奉行から父親を思い出し、家族を思い出してしまったが、気持ちは温かい。次は水炊きや石狩鍋もいいなと、ルカはまた皆で鍋を囲む日を楽しみに思った。




