27 すき焼き(関西風)
ユウキ達がエイシェントスライム狩りから帰って来た。ルカの休みの日に合わせて王都に戻った彼女らは、ほくほく顔で成果を報告しにやって来た。自宅に迎え入れたルカの眼前に、醤油パックがズラリと並べられる。ユウキ達がダンジョンに潜っていた日数よりも、明らかに多い数だ。
エイシェントスライムを倒しても、必ずエリクサーを落とすとは限らない。いったい何匹のエイシェントスライムを狩ったのかと思うと、ルカは気が遠くなりそうだ。S級モンスターをやすやすと駆逐するユウキ達の強さは、既に英雄の域だろう。その力を発揮するのが醤油のためというのは……いや戦争だの侵略だのに駆り出されるよりは……平和な世界で本当に良かった。
ルカが世界平和に感謝している間にも、せっかちなユウキが次々と食材をテーブルに並べていく。今日の異世界で和食を食べる会の会場は、ルカの自宅になるらしい。家主に一言の相談もないが、ユウキ達にとっては決定事項のようだ。
「え、すき焼きにするの?」
何を作るかも、ルカの知らぬ間に決められていた。特に異論はない、すき焼きはルカも大好きだ。だけど、一応聞いておきたい。
「豆腐もしらたきも無いのに?割り下用の日本酒やみりんも無いのに?」
具材はまぁ、定番の豆腐やしらたきが無くても、別の物を入れれば良いだけだ。だが調味料が足りないのは如何するのだろうか。
「それがさ、ケイが関西風にすれば醤油と砂糖で作れるからって」
「そうなの?」
「ああ、任せとけ」
ケイが自信あり気だ。だったら任せておけば良いかと、ルカは気が楽になった。アランに教える時はルカが手順だのに気を配らなくてはならないので、けっこう気疲れするのだ。今日は言われた事だけを淡々とこなそうと、ルカは思った。
その矢先に玄関のチャイムが鳴らされる。インターホンなんて物は存在しないので、はーいと大きな声で答えながら玄関に向かう。
「ルカさーん、こんにちはー」
玄関扉の向こうから聞こえてくるのは、アランの声だ。ユウキ達が来たのに気付いて、様子を見に来たのだろう。男子寮に居を移してからこちら、アランはルカに来客がある度に顔を出しに来る。ちょっと過保護なんじゃないかと思って、そこまでする必要は無いとやんわり伝えてみたのだが、
「貴女は自分を過小評価し過ぎです。これでも警備が緩いくらいですよ」
と、アランもハオランも、冒険者ギルドマスターにまで異口同音に言われてしまった。ケイに対する人質としてでなくとも、ルカ本人に高い価値があるのだそうだ。鑑定士というのは、ルカが思っている以上に希少で貴重な職業らしい。
それでも今日の来客はユウキ達だから、警戒することなどない。すると目当てはすき焼きか。玄関扉を開けながら、ルカは思った。
「こんにちは、アラン先生」
「どうも。ユウキさん達、帰って来たようですね」
「はい。1ヶ月経っていませんけど、今からイワシ会みたいです。アラン先生もどうぞ」
「おや、今日はこちらですか。ですが定例会ではない、身内だけの集まりなのでは?飛び入り参加しても宜しいのですか?」
すき焼き目当てとか思ってごめんなさい。ルカは心の中で平謝りだ。アランが遠慮がちに、台所にいるユウキ達を気にする素振りを見せるので、ルカの罪悪感はうなぎ登りだった。ルカのアランに対するイメージが、いつの間にか食いしん坊キャラになっていた。訂正しなくては。
「良いんですよ、アラン先生なら皆歓迎しますから。どうぞ、入ってください」
思った通り、ユウキ達はアランを喜んで迎え入れた。アランが差し入れた醤油パックも歓迎された一因だ。そして何より皆を、特にユウキを狂喜させたのは。
「凄いっ、何このお肉!超霜降り!絶対美味しいやつ!」
アランがすき焼きに使う食材を聞き、それなら使ってくださいと差し出した大量の牛肉だった。
この世界の牛は、角が3本あったり胃が2つだったりで、厳密には地球の牛とは違う。だが自動翻訳で牛となるし、肉質は牛肉そのものだ。食肉用に飼育されているが育てるのが難しいらしく、ちょっとお高い。アランが出したような霜降り肉は、かなりお高い。
メインとなる牛肉が大量に提供されたので、他の具材は野菜中心となった。斜め切りしたポロ葱と、石づきを取った各種きのこ、ざく切りにした白菜もどきが準備される。
そして、最後に入れようとルカが取り出した物に、一同歓声を上げた。
「うどんじゃん!やった!」
「えっ、うどん!?」
「如何したの、これ?」
「ルカが作ったんですか?」
「実はこの前アラン先生とハオランさんとで試作したんだー。その時の、ハオランさんが作ったやつ」
すき焼きといえば、うどん。肉汁や野菜の出汁が滲み出て旨味の増したタレを、たっぷりた吸い込んだうどんがルカは大好きだ。関西風のすき焼きは食べたことが無いが、味は関東風すき焼きとそう違わないはず。だからうどんも美味しく食べられるに違いない。
「あ、でもハオランさんに、これで何か作るって約束したんだった」
「だったらハオランさんも呼べば良いよ!」
こうして急遽呼び出されたハオランも加わって、すき焼きパーティーは開始された。




