25 片翼と守護天使
「そうそう、今日からここの男子寮に住むことになりました」
思いがけないアランのお知らせに、ルカは啜っていたカレーうどんを噴き出しかけた。なんとか堪えて口の中の分を飲み込むと、既に食べ終わって紅茶を淹れているアランに目を向けた。
「え、あの、引っ越しですか?」
「いえ、暫く間借りするだけですよ。残念ながら冒険者ギルドの職員ではないからと、引っ越して来るのは断られました」
冒険者ギルドの職員寮なのだから当然である。いくら勇者アランだとはいっても、その辺りはきっちり線引きされている。冒険者ギルドは公平公正がモットーだ。
「そうですか、暫くって何時までです?」
「あれこれ落ち着くまでですね」
「もしかして、私のせいですか?」
「ルカさんの為ではありますが、ルカさんのせいではありませんよ」
やはりルカを護衛するために男子寮で寝泊まりするようだ。申し訳なくて謝ろうとしたルカを遮るように、ハオランが明るく軽く言った。
「そう、ルカが気にする事ないネ!冒険者ギルドとウチの組織を敵に回したら如何なるか、想像出来ない馬鹿が悪いアル」
「どこの世界にも、想像力の乏しい人はいますから」
「救いようがないネ!」
カラカラと笑い合うアランとハオラン。それでも申し訳無いことに変わりはない。2人共本業があるのに、時間を割いてルカの護衛をしてくれているのだ。
「でも、何か、すみません。お忙しいのに私なんかのために」
ルカの言葉を聞いたアランが、人差し指をチッチッと振って窘める。
「ルカさん、自分なんて、などという言い方は感心しませんねえ」
「アランがここ住むのは護衛にかこつけて、ルカのご飯を食べる機会を増やしたいからネ。ルカは美味しいご飯を作れる素敵な女性アル」
「そうですよ、私は見事に餌付けされました」
「餌付けなんてしてません!」
ルカの抗議は聞き流された。餌付けなんてした覚えは無いのだが。最近料理をする時に、高確率でアランが居合わせるだけだ。和食について教える約束もしているから、味見をどうぞとか、ご一緒にとか、そんな流れになるだけだ。
そもそも料理の腕前だけで比べれば、アランの方が遥かに格上だ。人に教えているだけあって、技術があるし知識も豊富なのだ。さっき作ったうどんだって、アランが切ると麺の太さが均一だった。ルカは太さがまちまちで、それも食感が悪い原因になっていた。
プロ並みの料理の腕を誇るアランを、ルカの拙い料理で餌付けとか悪い冗談だ。
「ご飯はともかく、この寮はセキュリティもしっかりしていますから。冒険者ギルドもすぐそこだし、夜はきちんとお家で休んでください」
「家で休むのも男子寮で休むのも同じですよ。それに、少しの間ですから。今ハオラン達の組織が国と交渉してますので、それが終わるまでです」
ハオランの所属する異世界からの転移者保護組織は、『光の片翼』という。創始者を初め歴代の代表者は、勇者や聖女といった転移者の中でも力のある人達で、各国への影響力は計り知れない。しかもメンバーも実力者揃いで、そこいらの軍隊よりも強大な戦力を保持していたりする。
どこの国も『光の片翼』と事を構えたくはないので、組織の保護下にある転移者に下手な手出しはしないのが、暗黙の了解になっている。しかしアランの言うように、どこの世界にも想像力の欠如した人はいる。そういう人は自分の実力や権力を過信していて、何をしても許される、揉み消せると思っていたりする。そんな困った人達から、ルカは、というより複製魔法を使えるようになったケイは狙われているのだ。
「ルカさん、貴女自身も希少な鑑定士ですからね。護りは厳重にしないと。と言うことで、これを差し上げます」
アランがポケットから出したのは、華奢なネックレスだった。雫型のペンダントトップが可愛らしい。話の繋がりが読めないと顔に書いてあるルカに、アランが説明する。
「これは守護天使の首輪といって、装備すると1度だけ危険から身を守る結界を張ってくれるアイテムです」
「え、それってかなりお高いんじゃ」
「必要経費です。これを必ず、寝る時も外さず装備しておいてください」
「寝る時もですか」
「はい、1日中ずっとです」
アランがルカの背後に回り、ネックレスを着けてくれる。ルカが自分のパラメータを確認すると、装備品の欄に『守護天使の首輪』が追加されていた。念の為にロックしておく。こうしておけば、誤って外すことも力づくで外すことも出来ない。
ルカは確認がてら『守護天使の首輪』の説明欄にも目を通した。アランから聞いた以外にも、追加効果がある。
「あの……これ結界を発動すると、任意の相手に通知がいくみたいですけど」
「そうなんですよ!優れ物でしょう?私に通知が来るよう設定してますから、安心してくださいね!」
にっこり笑ってドンと胸を叩くアラン。確かに安心だ、実力も人柄も、アラン以上に安心出来る人はいない。とても安心だとは思う、思うのだが。
何とははっきり言えないが、何か釈然としないルカだった。




