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19 複製魔法の危険性

 騒々しい言い争いの声に、ルカは呼び起こされた。うるさいなあと思いながら目を開けると、至近距離にアランの顔があり、驚いてまた目を閉じる。何、いったいどういう状況?バクバクと跳ねる心臓を必死に宥めながら耳を澄ますと、言い争っているのはアランとケイのようだ。


 いや、これは言い争いというよりも、ケイが一方的にアランに噛み付いていると言った方が適切だ。ケイは如何してアランにこう喧嘩腰なのか。恥を晒した恥ずかしさを誤魔化すために攻撃的になっているのか。子どもだなあ。


 そのうちに、どうやら気を失った自分をアランが抱きかかえてくれているようだと見当がつき、ルカはさて如何しようかと途方に暮れた。この体勢は恥ずかし過ぎる。かと言って、今更さも目が覚めたばかりだとの振りをするのも……絶対に不自然になるに違いない。今だけでいいから演技の才能が欲しい。


「ルカさん?」


 ルカがモタモタしているうちに、アランに気付かれてしまった。ビクリと体が硬直し、そーっと目を開けたルカの間近に、心配そうに見下ろすアランの顔がある。近いです、そんな真摯な目で覗き込まないでください、心臓に負担が!


「ルカ、気が付いたのか?」


 アランの肩越しに見えるケイの顔。なんて目と心臓に優しいのか。ホッとして頷くと、アランがひょいとルカを抱え上げ、椅子に座らせてくれた。


「良かった、強い魔力に晒されたせいで気を失っていたんですよ。気分は如何ですか?」

「大丈夫です、もう何ともありません」


 だから少し離れてくださいとは、さすがに言えなかった。アランは医学の知識もあるのか、ルカの脈を測ったり、顔を持ち上げて目の中を覗いたりしている。


「ああ、急に動いては駄目ですよ。ケイ君、お水を貰って来てくださいませんか?」

「……分かった」

「ついでにお仲間も連れて来ましょう。複製(ダブルの)魔法の検証をしましょうか!」

「いやそれは!」

「如何しました?あまりダブルの魔法については知られない方が良いですよ?色々な所から狙われますからね」

「あー……そうですね。じゃあ、直ぐに戻って来ますんで」


 渋々アランの言葉に従うケイ。パタンと扉が閉まってから、ルカはアランに問う。


「あの、狙われるっていうのは」

「珍しい魔法ですからね。魔法を研究している機関から、協力依頼が殺到しますよ。それだけなら私が防波堤になれますが、国とか軍とかが出てきたら相手にするには荷が重いですね。あと悪い組織に攫われたり」

「え、そんな危険が!?」

「ありますよ。何しろどんな物でも増やせる魔法ですから。兵器でも宝石でも増やし放題です、ケイ君の負担を考えなければ」


 確かにその通りだ。ケイを確保しておけば、兵力増強も資金調達も思いのまま。偉い人達が考えないはずがない。


「ギルドマスターにも、あまり口外しないように言われていたでしょう?」

「はい。でもそれは、魔法契約出来るかも分からないうちから騒がれないようにかと思ってました」

「それも理由の1つではありますが。そうか、ダブルの魔法の危険性については聞いていなかったんですね。ギルドマスターも過保護ですねぇ」


 その口調からルカは気付いた。最近アランがよくルカと一緒にいてくれたのは、身辺警護だったのだと。ケイ達はある程度自分で身を守れるが、ルカが人質に取られては言うことを聞かざるを得なくなる。それを防ぐための護衛を、アランは引き受けてくれていたのだ。

 ルカは何だか胸の辺りがモヤモヤして、ギュッと胸元を押さえた。有り難いし、とても感謝しているが、何故か不満だ。


「ルカさん、ご気分が?」

「いえ、平気です」

「すみません、不安になりますよね。ですが状況をきちんと把握しておくべきだと思いまして」

「はい、私もその方が、自分で気をつけられるので。正直に教えてくれて、ありがとうございます」

「必要以上に警戒しなくても大丈夫ですからね。ギルドマスターがあれこれ動いてくれていますし、ハオラン達も色々と手を回しているようですから」


 知らない所で大勢の人達に守られていたようだ。ルカは自分が子どもなのだと痛感した。冒険者ギルドで働くようになって、日本にいた時のような学生気分は抜けて大人になったと思っていたのだが。


「まぁ、難しいことは我々が対処しますから。貴女達がのびのびと過ごせるよう手助けするのも大人の役目です」


 アランの中では確実に、ルカ達は子ども枠のようだ。それが何だか情けなかった。早く大人になりたい。アランに張り合っていたケイもこんな気持ちだったのかなと、ルカは思った。


「ああ、お友達が来たようですよ」


 ルカには部屋の外のことは、物音1つ感じ取れない。だがアランの言葉が終わるや否や、分厚い扉が勢い良く開けられる。


「ルカッ、倒れたって聞いたけど大丈夫!?」


 ユウキの元気いっぱいの声に、ルカは救われたような心地になった。

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