14 穏やかでない胸の内
「へー、あの有名な勇者アラン様ねー、ふーん、さぞかしモテるんだろーなー」
ケイはじろじろと勇者アランを眺め回しながら、心の中でケッと悪態をついた。救国の英雄、人類の救世主、平和の象徴。転移者向け講習会で習ったアランを飾る文言が、次々と浮かぶ。
冒険者として旅をする最中にも、勇者アランの武勇伝は数多く耳にした。穏やかで優しく、気さくで親切、普段は飄々としているがイザとなれば頼りになる大人の男。おまけに料理上手とか完璧か。しかも眼鏡キャラ被りとか、なんて嫌な奴。眼鏡は1人で間に合ってるんだよ。
「ケイ、態度悪いよ。すみませんアラン先生」
「いえいえ構いませんよ。ケイ君ですね、はじめまして」
「どーも!ルカがお世話になってるよーで!」
差し出された手を思いきり強く握るケイ。身体強化魔法を重ね掛けしたのに、アランは平気そうだった。さすがは本物の勇者様、ひ弱な賢者如きが少々足掻いたところで、相手にもならない。
「こちらこそ、ルカさんにはお世話になってます」
「ちょっ、止めてくださいアラン先生!」
「事実を述べているだけですよ、師匠」
「師匠呼び止めてって言いましたよね!?」
おーおー随分仲が良いことで。
「師匠って何?」
「ルカさんに和食について教えて貰っているんです」
「代わりに私は護身術教えて貰ってるんだ」
「え、いいなー、アタシも習いたい!あ、名ばかり勇者やってるユウキです!」
「僕はソウマです、勇者アランにお会い出来て光栄です」
「マリナと申します」
「皆さん、宜しくお願いします。先日の突発的魔物大量発生への対処、お見事でした。素晴らしいパーティーですね」
「いやー、それ程でもー」
仲間達は速攻で取り込まれてしまった。勇者アランのネームバリューは伊達じゃない。信頼感とか安心感とかが半端ない。ソウマみたいな正統派イケメンというよりも、二枚目半といった雰囲気があって親しみやすい。
だけどなお前ら、コイツは出会ったばかりのルカの自宅に上がり込んでるような奴だ、見た目に騙されるな!
ケイは仲間達に注意喚起したかった。特にルカに。ルカはのほほんと性善説を信じている、危機管理が甘いお子様だ。ユウキのように自ら危険に飛び込んだりはしないが、ユウキには備わっている危機察知能力がないというか、あっても壊れている。だから周りが気をつけてやらないといけない。
その役目は幼馴染みである自分がずっと担ってきたのだと、ケイは自負していた。だから今回も、ちょっと目を離した隙にルカの懐に入り込んだ、油断ならない男を排除しなければならない。世間の評判など知ったことか。とりあえず、この男をルカの部屋から追い出さなければ。
「あの!今から仲間内で大事な話をするんで、部外者は遠慮してもらえませんか!」
「ああ、複製魔法のことですよね。無事に魔法書が入手出来たそうですね」
何で知ってんだよ!
「ケイ、アラン先生ね、ブックそのものにも興味があるんだって。見せてあげてよ」
「いや、でも」
「私も見たいんだけど。私は魔法の適性無いから、あまりブックを見たこと無いんだよね」
本好きのルカのウキウキと弾んだ声と、好奇心でキラキラ輝く瞳に負けて、ケイは自分の異空間収納からダブルの魔法のブックを取り出した。見た目はなんの変哲もない、ハードカバーの本だ。表紙に魔法陣が描かれている訳でもなく、茶色い革の装丁に『複製』と印字されているだけ。
だが、魔法書は契約出来る素質のある者が手にすると、魔力が巡り仄かに発光する。賢者であるケイが取り出した時、ダブルの魔法のブックは光っていた。それが神々しさを演出したのか、ケイからブックを手渡されたルカは両手で恭しく受け取る。
「おー、これが」
「シンプルな造りですね」
ブックを開いたルカの肩口から、アランが覗き込む。近いんだよ、距離感おかしいだろ。ケイは口の中で毒づくが、ブックに夢中な2人には聞こえない。
「うーん、普通の物語みたいだけど。童話?」
「ブックは適性がない者には、単なる読み物ですからね。私にもただの物語に見えます。ケイ君、貴方にはどう見えますか?」
「俺にもただの物語に見えますよ」
嘘は言っていない。書かれているのは単なる物語だ。ただ、誰の物語かが、契約出来る素質のある者とない者とでは違うだけで。
「これを読めば魔法契約が出来るんだよね。そう長くもない物語だし、読みやすそうだけど。条件が厳しいの?」
「聞かせる相手が必要なんだ」
魔法契約するための必須条件は、対象のブックを声に出して読むこと。その他の条件がある場合には、表紙を開いた最初のページに書かれている。このブックに記載されていた追加条件は、ただ1つ。特定の相手に魔法契約のための音読を聞かせること。
「ルカ、お前に聞かせろと、ブックが指定してる」
「え、私?なんで?」
こっちが聞きたい。よりによって、何でルカなんだ。
ケイは空気の読めないブックを、忌々しげに睨みつけた。




