13 仲間達の帰還
カランと共同玄関のドアベルが鳴り、ルカはグルンと顔を横に向けて中庭を見下ろした。だが入ってきたのは同僚の男性で、落胆を悟られないよう笑顔を作って手を振っておく。同僚が男性寮に入ったのを見送ってから溜息を吐いていると、クスクスと笑い声がした。テーブルの向かいに座るアランの目が、黒縁メガネの奥で笑っている。
「帰ってくるのは午後の予定でしょう?」
「そうですけど……」
隣国でのスタンピートを無事沈静化させたユウキ達が、複製魔法の魔法書があるダンジョンに潜って3週間。一昨日やっとダンジョン踏破の連絡がきて、昨日は翌日のドラゴン航空で帰ってくるとの連絡を受けた。ドラゴン航空のチケットは高額だが、その分速い。今朝隣国を出発したら午後にはこの国の王都、つまりはこの街に到着するのだ。
もちろん予定は予定であって、確定ではない。到着は午後というざっくりした時間設定でも、この世界では予定通りにいくことの方が稀だ。現代日本のように時刻表通り、1分と狂わず乗合馬車が来るなんて有り得ない。だがキッチリ時間通りに運行するバスや電車に慣れきったルカにとって、正午を5分も過ぎた今は、まごうことなき午後だった。
そわそわと窓の外を気にするルカに、アランが言う。
「とりあえず食べませんか?冷めてしまう前に」
テーブルにはパスタやスープ、サラダが所狭しと乗っている。料理しながら気もそぞろだったルカを見兼ねて、ほとんどアランが作ってくれたものだ。
「そうですね、すみません。いただきます」
アランは料理の講師をしているだけあって、手際良くパパッと昼食を仕上げていた。盛り付けも綺麗。トマトソースのパスタにはルッコラが添えられ、グリーンサラダには薔薇の花のようにクルクル巻いた生ハムが飾られている。
ルカはまず、パスタを口に入れた。
「美味し!」
モチモチのパスタに絡むソースは、トマトの酸味をベーコンの旨味が包んでまろやかにしている。ルカが以前作った時は、ちょっと酸っぱかったのに。アランは目分量で塩を入れ、味見もしていなかったのに。
「良かった、今朝は体を動かしたので、少し濃いめの味付けにしたんですよ」
今日は2人共仕事が休みで、朝からアランに護身術を習っていたのだが、ルカはそちらも身が入らなかった。集中出来ずに何度かアランに叱られたりもした。申し訳なくて、お詫びのつもりでお昼ご飯をご馳走しますからと誘ったのに。
「すみません、色々と」
「いえいえ、今日は仕方ないですよ。実は私も楽しみで、昨夜あまり眠れなかったんですよね」
本当か冗談か、ドレッシングを混ぜながらアランが言う。柑橘系の爽やかな香りが、ドレッシングから立ち昇る。
「お醤油の味見は、まだ先になるかもしれませんけど」
「ええ、魔法契約がまだなんですよね。でも私は複製魔法の魔法書そのものにも興味がありまして。図々しくも、女性の独り暮らしの部屋に上がり込んでしまいました。申し訳ありません」
おどけた調子で話しながら、ペコリと頭を下げるアラン。確かにルカは独り暮らしだが、ここは冒険者ギルドの寮なので周りは知り合いばかりだ。おまけにこんな真っ昼間、特に問題があるとは思えない。
「私がお招きしたんですから、図々しくなんてないですよ」
「ルカさん、私がこんな事を言う筋合いではありませんが、もう少し警戒心を持ちましょうね」
「警戒する必要、あります?」
「信頼されているのは嬉しいですが……護身術だけでなく心構えも教えないといけませんかねぇ」
「ここは安全だと思うんですが」
この冒険者ギルド職員寮は高い塀に囲まれていて、出入り口は共同玄関だけだ。共同玄関のある建物には管理人もいて、出入りをチェックしている。中庭を挟んだ男子寮には元冒険者の職員も何人か住んでいるので、セキュリティは万全だと思うのだが。
「これは危ないですねぇ。ハオランが心配していたのも頷けます」
「ええと、アラン先生?」
「ルカさん、ひとまず護身術だけでも急いで身につけましょうね」
「はい、それは頑張りますけど」
いまいち話が見えないルカは、首を傾げながらスープ椀に手を延ばす。持ち上げ掛けて、カランという音に反応し、取り落としそうになる。
「おっと、大丈夫ですか?」
「はい、すみませ──ん?」
「ルーカー、ただいまー!!」
中庭に入って来たユウキが、窓辺のルカに気付いて大きく手を振る。立ち上がって手を振り返すルカの目に、ユウキに続いて玄関の扉を潜る仲間達の姿が映った。
無事だとは聞いていたが、姿を見るとホッとして涙が滲む。ソウマ、マリナ、最後に入って来たケイと目が合った。ニッと笑い掛けたケイが、ふと視線を横にずらして目を見張った。
「おい!その男は誰だよ!」
ケイの怒鳴り声が、大きく中庭に響いた。




