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116 工芸菓子

 新年まであとひと月を切った、ある日。ルカが仕事を終えて家に帰ると、キッチンのテーブルに水槽が乗っていた。

 木枠の中に半分ほど入った水は透明度が高いためか薄っすらと青く、底に沈んだ剣と盾のオブジェが透けて見える。水面には蓮のような花が浮いていて、花弁の先端へと向かう薄紅から白へのグラデーションが綺麗だ。そして、色鮮やかな緑の浮き葉と蔓が描くのは。

 

「え、これもしかして王家へのお返しの!?」


 一見すると本物と見紛う緑が描くのがドラゴンの意匠だと気づき、ルカは思わず水槽にかじりついて叫んだ。いや、水槽ではない。よく見るとそれは、見事な細工の和菓子なのだった。


「凄い……本物にしか見えない……」

「これは、本当に素晴らしいですね……」


 ルカとアランがその出来栄えに呆然としていると、ソウマが照れ臭そうに頬を掻く。


「まだまだだよ。プロが作った工芸菓子はこんなもんじゃないから。だけど、今の僕に出来る最高の物を作った。アラン様、これは王家に献上するに見合うでしょうか」

「見た目は完璧です!これは全部食べられるのですか?」

「はい、周りの木枠以外は全て食べられます。工芸菓子は主に鑑賞用なんですが、お祝い返しなので味にも拘りました」

「まさしく王家に献上するに相応しい一品ですね!これほど美しい菓子は見たこともありません!しかも美味しいとは、ソウマ君はいつも私の想像の上を行きますね!」

 

 手放しで褒められ顔を赤くしたソウマが、工芸菓子が何で出来ているか解説してくれる。剣と盾はアガーで固めた羊羹、水の部分もアガーを使ったわらび餅擬きらしい。花と葉は餡子と砂糖と米粉を混ぜた生地、蔓は飴細工で出来ているのだそうだ。


 解説を聞きながらも、ルカの目は芸術的な和菓子に釘付けだった。水底に沈んだ剣と盾のメタリックな質感は、どうやって出したのか。水の中に所々混じった気泡が、より本物の水中のように見えるのだが、あれは偶然か意図的に作ったものなのか。薄い花びらの繊細なカーブ、水面を覆ったドラゴンの意匠は王家の紋章に描かれたそのままを映しとり、継ぎ目も歪みも見つからない。


「凄いよね、ソウマ!こんなの作っちゃうなんて!」


 片付けが一段落したらしいユウキが、テーブルの奥から話に加わる。マリナも布巾で食器を拭きながら、コクコクと首を動かして同意する。製作に携わったからだろう、ユウキもマリナも自慢げだ。


「うん、それに紋章そのものより、こっちの方が断然良い。綺麗だし、メチャクチャ格好良いよ」

「ええ、ソウマ君はセンスがありますね」

「良かった……これで駄目だったら如何しようかと」

「これに文句をつけるような人なんて居ないって」


 一番の大仕事を終えてホッとしたのだろう、ソウマの笑顔が眩しい。やり切った達成感とか満足感とかでキラキラしているソウマから、アランが献上用の和菓子を受け取った。


「これは、ソウマ君達への報酬を上乗せしなければなりませんねぇ」


 ソウマ達が帰り2人きりになってから、アランがぼそりと呟いた。小声でもはっきりと聞こえる、何せルカの耳元で呟かれたので。

 テーブルの上にはまだ、ソウマの力作が置いてある。アイテムボックスで保管するとはいえ生菓子なので、念の為にアランが保存魔法を掛け、ついでに鑑賞しているところだ。


「私もそう思います。ここは私の貯金から──」

「ルカさん、結婚費用は全て私が支払うと決めたじゃないですか。ルカさんの貯金はルカさんのために使ってください」

「だけど、やっぱり私も少しは」

「ここまで大掛かりになったのは、私が勇者なんて肩書きを持っているせいですから。それに竜人は、番とひたすらイチャイチャ結婚生活を送るために、金銀財宝を貯め込んでいるものです。私もルカさんを一生養えるくらいは貯蓄がありますから」


 金銀財宝を貯め込むのはドラゴンの習性だと思ったが、竜人にも当てはまるらしい。しかもその動機が、いかにも竜人らしい。


「だとしても、私の結婚式でもあるのに」

「如何しても気になるなら、私に体で支払ってください」

「そこだけ聞くと悪役のセリフですよ」

「竜人は大抵悪役ですから、合っていますね」


 アランが悪ノリして、ガオーなんて言いながらルカの首筋にカプリと噛みつく。それを引き剥がしつつ、ルカは考えた。ソウマ達への感謝は、報酬の上乗せだけでは返し切れない。何か他にも、彼等の為になることは出来ないか。

 1つだけ思いついた事があった。だけどそれも、ルカ1人でどうにか出来る事ではなかった。


「……アラン先生、お願いがあるんですが」

「ルカさんのお願いなら何でも叶えてあげますよ!私から離れるようなものでなければ!」

「アラーム鳴るから離れられないでしょ。そうじゃなくてですね、ソウマ達への感謝の印に、渡したいものがあるんです。要らないと言われる可能性もありますけど」

「ルカさんからの贈り物を要らないなんて事、あるはずがありません。私が責任持って受け取らせますよ!」


 よし、言質は取った。

 ルカがソウマ達に何を渡したいか聞くと、アランは途端に機嫌が悪くなり、駄々をこね始めた。子供っぽく唇を尖らせて、ブーブー不平を零す。


「駄目ですか?良い考えだと思ったんですけど」

「……その顔はずるいです。私がルカさんの見た目も大好きなの知ってて、そんな蠱惑的な表情で籠絡しようとするなんて!」

「そんなつもりは微塵も無いんですが」

「分かりました、ソウマ君達には言うだけ言ってみても良いです。その代わりルカさんには報酬の先払いを要求します!もちろん体で支払ってください!」

「却下です!」


 しかしアランの取り立ては厳しく、ルカは先払いの手付けくらいの報酬は払う羽目になり、弁当作りの予定が1日遅れる事になったのだった。

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