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112 増殖する結婚準備

「──なので、結婚式までは弁当作りで潰れそうです……」


 毎日恒例になったアランの愛妻?弁当を食べながら、ルカは報告がてら愚痴を溢していた。場所もいつもの修練場のベンチである。昨夜の反省を生かし、防音効果を発生する魔導具をギルドマスターに借りて、作動させながらの愚痴大会だ。

 ふむふむと聞き終わったアランが、言い難そうに言葉を紡いだ。


「ルカさん、申し訳無いですが、更に弁当の必要数が増えそうです。実は、こちらも少々面倒くさいことになってまして」


 アランは今日の午前中、王族や貴族から贈られてきた結婚祝いの品をチェックしていたらしい。そして、それ等に添えられたカードの殆どに、和食や和菓子に関する記述があった事を告げられる。


「要するに、お返しに和食や和菓子が欲しいと」

「そのようです。勝手に送り付けてきておいて、お返しを催促する人達の気が知れませんが。でも王家や高位貴族の方があからさまなので、無視するのも後々更に面倒な事になりそうで」


 この世界では、お祝い返しの風習は無いと聞いて油断していた。送り付け商法、という単語がルカの頭をよぎる。それを王家が率先してやっているのも腹が立つ。だが、確かに放置するのも拙いだろう。


「王様とか、和食よりよっぽど良い物食べてるんでしょうに、何で庶民の食べ物が食べたいんですかね」

「珍しいからですよ。それに尽きます」

「絶対にお城で出てくる食事の方が美味しいのに」

「そこは同意出来ませんね。ルカさんが作る料理が世界一です」

「……アラン先生、そんな風に余所で自慢したりなんて、してませんよね」

「……」

「してるんですね。まさか王様に自慢したりは」


 返事が無い。そりゃ王様も興味を持つわ。お祝い返しに寄越せと言ってくるわ。

 シュンと項垂れるアランを、取り敢えずヨシヨシと撫でておく。ここは仕方がないと割り切ろう。ルカの感覚では、お祝い返しをするのは一般常識だから、お返しは寧ろするべきだと思っているのだ。相手がお偉いさんで気を遣わなければならないのが、気が重いだけで。


「ハァ。ギルドや神殿で配る弁当と同じじゃ駄目ですよね。お祝いだからお寿司とかかな」

「王族用のお弁当、作るんですか?」

「作るしかないでしょ。これを機に和食をこの世界に普及させてやりますよ」

「ルカさんのそういう前向きなところ、大好きです!愛してます!」


 ここぞとばかりに抱きついてくるアランを躱すのは、ルカの身体能力では不可能だ。まだ食事中なのにとやんわり諭すと、弁当箱を取り上げられる。


「ルカさん、はいアーン」

 

 ルカは大人しく、アランに弁当を食べさせられた。如何しても受け入れられないこと以外はアランの好きにさせるのが、結果的に被害が最小限で済む。竜人の番への給餌行為は聞いていたので、そのうちやるに違いないと思っていた。この程度なら人間同士でもするし、今は周囲に人気も無いので許せる範囲だ。


「もぐもぐ……。アラン先生、王妹殿下はご自分で鑑定出来るから毒味してませんでしたけど、普通王族とか貴族って毒味しますよね」

「しますね。特に王族は必ず」

「だとすると、冷めても美味しい物か。その点お弁当はうってつけですけど、如何やってお城に届けるんですか?」

「私がアイテムボックスに入れて、直接届けますよ」

「それ、私はついて行かなくて良いんですか?」

「そうですね……ルカさんが嫌じゃなければ、国王陛下くらいには挨拶しておきましょうか」


 嫌だけど、面倒な事はまとめて済ませてしまいたい。そう正直に白状すると、アランは笑ってルカの額にキスしてきた。なかなか昼食が食べ進まない。決めなければならない事がどんどん増えるせいだ。


「後は自分で食べます。休憩時間が終わっちゃいそうなので」

「ではルカさんは食べるのに専念してください。口まで運ぶのは私に任せて」


 給餌行為は継続された。アランはせっせとルカに食べさせながら、新年の王侯貴族のしきたりについて教えてくれる。爵位が低い順に謁見の間に入り、王族に新年の挨拶を述べるのだとか。爵位が低い方が先なのを不思議に思ったら、高位貴族ほど身支度に時間が掛かるのと、侯爵家以上は新年の挨拶後に行われる晩餐会に参加するので待ち時間を短縮するためらしい。


「貴族の挨拶より先に国王陛下と謁見出来るよう捩じ込みます。その際貴族宛てのお返しも渡しておいて、挨拶ついでに配ってもらえるようお願いしましょう」

「王族を顎で使う気ですか」

「その位の貸しはありますので。私達の結婚式をその後にしておけば、引き留められる事も無いでしょう」

「更にその後に、お披露目が続くんですよね」

「そうなりますね。忙しい1日になりますが、そこを乗り切れば1ヶ月の番休暇が待っています!」


 そこが一番不安なんですが、と言い掛けて、ルカはデザートのゼリーと一緒に言葉を飲み込んだ。口は災いの門だと学習したばかりだ。


「初夜目指して頑張りましょうね、ルカさん!」

「……」


 沈黙は金、雉も鳴かずば撃たれまい。余計な一言は身を滅ぼすと、ルカは頑なに無言を貫いた。

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