111 結婚準備
結婚式の準備の大変さは、日本にいた時から聞いてはいた。だけどルカとアランの結婚式準備はそれほどでも無いと高を括っていた。お互い親族は居ないし、招待客も10人にも満たない。しかも最も大変そうなお披露目で配る和菓子も、ソウマが主体となって準備してくれる。だから、新年と被って迷惑を掛けるだろう神殿の人達に、弁当でも渡そうかと提案する気持ちの余裕があった。
しかしユウキ達への結婚報告をした翌日、ルカは気軽に弁当渡そうなんて口にした自分の浅はかさを恨んでいた。少なくとも冒険者ギルド横の食事処なんていう、誰が聞いているか分からない場所での発言には気を付けるべきだった。ルカが出勤した時には、ルカ達の結婚式を手伝うと弁当が出る事が、勝手に決定事項になっていたのだ。
そのせいで同僚達が入れ替わり立ち替わりやって来て、式を手伝ってあげるからね!と親切ごかしに言ってくる。弁当目当てなのが丸分かりなんですが。皆現金というか、食欲に忠実というか。
それでも中には純粋に、アランとの結婚は色々大変そうだからと手伝いを申し出てくれる人も居るので、無碍には出来ない。押し寄せる親切の押し売りをどう捌くか、ルカは朝から困り切っていた。そして困った時には上司に相談だと、ギルドマスターの部屋へと駆け込んだ。
「あー、こっちも困ってんだが。お前らの結婚式を手伝うからって理由の休暇届が山になってな」
「……ご迷惑をお掛けします……」
「誰かに手伝い頼んだのか?」
「いいえ、まだ誰にも。だいたい、まだ何一つ決まってないので、お手伝いを頼むような段階じゃありません」
「だよな。新年はいつも家族持ちを優先して休ませるんだが。この分じゃギルドに人が居なくなるし、かと言って手伝いをクジ引きで決めるのも揉めそうだな。仕方ねえ」
ギルドマスターの提案で、冒険者ギルドの職員全員が、何かしら結婚式の手伝いをする事になった。とはいえ結婚式自体は神殿の人達が執り行うので、ギルド職員の担当はお披露目部分だ。当日和菓子を配る係や行列整理する人だけでなく、お披露目の告知もしてくれるそうだ。そして責任者に副ギルドマスターを置いて、神殿との連携まで請け負ってもらえると決まった。
「ありがとうございます、でも副ギルマスに相談しないで決めちゃって良いんですか?」
「平気だろ、むしろ喜んでやるはずだ。聖女マリナと接点が出来るからな」
「あー……」
マリナを餌にするようで気が引けるが、背に腹は替えられない。幸い副ギルドマスターは、マリナを崇め奉っているだけで、個人的に如何こうなりたいというのとは違うようだ。マリナに迷惑を掛けたりはしないだろう。
「それと、一応これも伝えとく。まだ依頼も出てないのに、次の新年の神殿警備をやりたいって冒険者が来てるみたいでな」
「……それも弁当目当てじゃないですよね……」
「いいや、確実に弁当目当てだ。お前さん昨夜、神殿の人達に弁当渡すって話してたらしいな。それを聞いた連中が、新年に神殿警備していれば、その日だけは神殿関係者だと曲解したらしい」
「ええぇ……」
ちょっと勘弁して欲しい。昨日の今日でこれなら、今後もっと希望者が増えるかもしれない。しかも彼らが期待しているのは、そこらの屋台で売っているような弁当ではないだろう。松花堂弁当のような豪華な弁当を思い描いているのだろう。
「お披露目止めても良いですか」
「もう無理だろ、アラン殿と結婚するんだから諦めろ。次の新年の神殿警備に関しては、異例だがCランク以上の冒険者限定で依頼を出すことにする。それで多少は人数も絞れるはずだ」
「今年はDランク以上じゃなかったですか?苦情が出ませんか?」
「文句は言わせん。来年は例年以上の人手が予想されるから、実力が無いと警備が務まらんと通知する。なに、如何しても神殿警備に参加したけりゃ、新年までにCランクに上がれば良いだけだ」
ギルドマスターは簡単に言っているが、DランクとCランクの間には分厚い壁があると言われている。そうホイホイ上がれるものでは無い。
「これを機に、王都の冒険者のレベルアップが図れればワシとしても万々歳だ。せいぜい豪華な弁当で、冒険者のやる気を上げてくれ」
「冒険者ギルドの人数分だけでも準備するの大変なんですが」
「だからお披露目の準備は引き受けてやったろう。お前さんは弁当の準備に専念出来るように」
「そもそも警備の人にまで弁当配るなんて言ってませんよ」
「誤解を与えるような事を、食事処で喋るからだ。口は災いの門と言うだろう、勉強になったな」
既に発言の撤回は出来ないらしい。曲解というか、拡大解釈されただけなのに。これ何人分弁当作れば良いの?王都のCランク冒険者って何人居たっけ、それに神殿と冒険者ギルドの全職員を足したら──。
結婚式の準備は大変だ。ルカは、これがあと数ヶ月続くのかと思うと、少しだけうんざりした。元々ルカに結婚式への憧れなんて無かったので余計にだ。マリッジブルーになる人の気持ちが分かる。
だけど、こんなのは序の口だった。結婚準備は、特に結婚相手がアランのような超有名人だと格段に大変なのだ。




