109 優しさが辛い
「あれ?ルカ、何で居るの?休暇に入ったって聞いたけど」
同じセリフを聞くのは今日何度目だろう。朝から会う人会う人異口同音に尋ねられ、ルカは辟易していた。相手が取り繕わなくて良いユウキだったせいもあり、ルカは笑顔を省略して答えた。
「それ誤報だから。ユウキこそ如何したの?1人なんて珍しいね」
「うん。今日は皆自分のやりたい事をする日なの。アタシは体を動かしたくて、適当な依頼がないか見に来たとこ。ちなみにマリナは神殿、ソウマはスイーツ巡りに行ってるよ。ケイは宿でふて……寝てる」
「そっか。じゃあ、ユウキがソロで依頼受けるんだね。これとか如何かな、最近鉱物系モンスターの素材が少ないから、受けてくれたら助かる」
「良いよー!」
ルカが勧めた依頼票を掲示板から剥がし、ユウキがカウンターに向かう。その足をふと止めて、振り返ったユウキがニッと笑った。
「ルカ、結婚祝いは何が良い?」
「え?あ、昨日のことマリナに聞いた?」
「フワッとね。詳しい報告はルカからしてくれるんだよね?」
「うん、そのつもり。出来れば近いうちに、あとお願いしたい事もあって」
「早い方が良いよね。今日の仕事終わりに食事処でどう?皆を連れてくるよ」
もちろんルカに異存はない。仲間達には早目に話しておきたかったし、時間を置くと気まずくなりそうだし。それに、何時までアランが『待て』をしていられるかの判断もつかない。ユウキに皆への連絡係を頼んで、ルカは仕事へと戻った。
が、今日のルカはあまり仕事をさせてもらえない。番休暇が必要なのに無理して出勤してきたと思われて、要らぬ気遣いをされているのだ。書類仕事すら取り上げられる。しかも、何も無かったときっぱり言い切れないルカの態度が拍車をかけているようで、体が辛い時はきちんと休め、等と労られる始末。辛いのは同僚の優しさだ。
アランは約束は守ってくれた。だが、何もかもを我慢は出来なかったようだ。メインディッシュは我慢するから、前菜だけでも食べさせてくれと懇願されたのだ。空腹時にちょっとだけ食べると余計にお腹が空くのでは、とルカは危惧したのだが、アランに泣き落とされた。
「お願いです、キスする許可だけでもください!それ以上は我慢しますから!駄目ですか?やっぱり私を好きだというのは哀れな竜人への同情からで本心では竜人との結婚なんて人生の墓場だとか思ってますか?竜人にとっての番は理想でも番にとっての竜人は好みとかけ離れてるでしょうし幸せなのは私だけとか──」
黙って聞いていると一晩中泣き言が続きそうだったので、ルカは渋々許可を出した。しかし直ぐに後悔した。キスしたいって言われたら唇へのキスだと思うよね、ちょっと場所がずれてもせいぜい首筋位までだと思うよね、まさかガッツリ全身が対象だとは思わないよね!
番に自分の匂いや何やを付けるのは、竜人のマーキング行為の一種らしい。同じ竜人や鼻の効く獣人には効果的でも、人間相手には意味が無い。そう言って控えてくれるよう頼んだが無駄だった。せめてもの抵抗で、許可したのはキスだけだからと触るのも見るのも禁止したのだが。
「これはこれで楽しいし興奮します」
目隠しして鼻息を荒くする変態が出来上がった。変態な勇者なんて誰も望まないので、ルカは同僚の気遣いに対して何も弁解できず、甘んじて受け入れるしかないのである。という訳で、ルカはギルドマスターに直訴した。
「ギルマス、仕事ください。給料分は働かせてください」
ギルドマスターは説明しなくてもあれこれ察してくれたようで、黙って書類の束を渡してくれた。さすが年の功、応接用のソファを杖で指しているのも、ここで仕事すれば書類を奪われないからとの配慮だろう。
「ありがとうございます、場所お借りします」
「いや。副ギルマスが出したルカの番休暇申請は、取り下げで良いんだな?」
「はい。結婚するまでは必要ありません……たぶん、きっと」
「竜人相手だからな。大変だろうが、なるべく仕事を続けられるよう頑張ってくれ。お前さんなら上手く飴と鞭を使い分けて、アラン殿を尻に敷けそうだ」
「買い被らないでください」
竜人を尻に敷くとかどんな女傑だ。無理です。無茶振りは止めてください。
「結婚の届けはいつ提出する予定だ?」
「次の新年まで引っ張れたら良いなと。あ、結婚式もするつもりなんですが、出席して貰えますか?」
「ああ、もちろん。いつだ?」
「これも次の新年に、神殿の都合がつけばなんですが」
結婚式はアランのたっての希望だ。この世界では、豪華な結婚式をするのは王侯貴族のみで、平民の結婚式は神殿で誓いを述べ、結婚届出書にサインする程度らしい。招待客も身内や、ごく親しい人だけだとか。
ルカとしては、ギルドマスターはこっちでの父親代わりだと思っているので、断られなくて嬉しかった。兄代わりのハオランも呼びたいと思っている。あとはユウキ達4人。アランは身内は亡くなっているそうで、勇者時代の仲間──ジャック、ヒューバート、トラビスだけしか呼ばないと言っていた。ささやかな式にしたいという点では、ルカとアランの希望は合致している。
「アラン殿の結婚式だ、トラビス殿が何としても都合をつけるだろう。それよりお披露目は如何すんだ?」
「やらなきゃいけませんか?」
「新郎がアラン殿だからな。式の後、そのまま神殿を使わせてもらえば良いんじゃないか?新年の神殿詣でのついでに立ち寄ってもらえるだろ」
「それ、すごい人数になりません?」
「英雄殿の結婚だ、人が集まるに決まってるだろ。新年なら神殿に警備も配置されてるから丁度良い、ウチからも人を出してやるから」
式はともかくお披露目は大事になりそうだ。これはますます、番休暇なんて取っている場合ではない。ルカは如何すれば竜人の手綱を握れるか、誰かにアドバイスして欲しかった。だがギルドマスターに相談しても、役に立つ情報は得られなかった。
「そんな方法があれば、竜人絡みで国が消し飛んだりせんわ。ワシはお前さんが竜人の操縦方法を編み出してくれると期待しとるんだが」
だから無茶振りは止めてくださいってば。




