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108 竜人の番

「あの、アラン先生。そろそろ帰りませんか?」


 アランに抱き締められたまま、どの位時間が経ったか。天草蘭丸とトラビスはとっとと居なくなり、マリナも副ギルドマスターに連れられてとっくに帰ってしまった。帰り際に副ギルドマスターが、


「番休暇はこっちで出しとくから心配するな。頑張って耐えろよ!」


 とか言っていた。繁殖期のある獣人の番のための特別休暇制度なのだが、竜人の番にも適用されるらしい。ルカはそんな休暇など要らないと突っぱねたかった。でもアランの気が昂って赤くなった目を見ると、絶対に必要ないとも言い切れなかった。


 ところがアランは、ルカを抱えて頬をスリスリしたり匂いを嗅いだりはするものの、その場から動こうとしなかった。抱き付かれた時は、家に飛んで帰って身ぐるみ剥がされるのではと警戒したルカだったが、そんな気配は一向に無い。肩透かしを食らった気分だ。いや別に期待ていた訳じゃないけれど。


 しかも何度か呼び掛けているのに、アランの返事は無い。全く反応が無いのではなく、切なげにンンーと呻いてほっぺたスリスリが激しくなるのだ。そして思い切り匂いを嗅がれる。アランはルカの臭いを嗅ぐと落ち着くようで、スーハーしているうちに呼吸が穏やかになる。何だこれ?


「アラン先生、日が陰ってきましたし、ずっとここに居るのも神殿のご迷惑になると思います。帰りましょう」

「んー」

「如何かしたんですか?さっきから可怪しいですよ?」

「んんー」


 何というか、拗ねた子どもが母親に甘えているのに似ている。結婚届出書を出さなかったのが気に入らないのか?聞いてみたが違うようだ。恋愛経験など皆無のルカには、アランの行動の意味が見当もつかない。正直お手上げだ。


「アラン先生。ちゃんと言葉にして言ってもらわないと分かりません。何が不満なんですか?」

「不満なんて有りません。不安なんです」

 

 やっと返ってきた返事は予想外のものだった。マリッジブルーとか、そういうのだろうか。


「今家に帰ると約束を破ってしまいそうなんです。番休暇が1ヶ月くらい必要になりそうなんです。それだけならともかくタガが外れてルカさんを壊しそうで怖いんです。いや寧ろ滅茶苦茶に壊して私無しじゃルカさんが生きていけないようにしたいとか思ってるんですごめんなさい、ああ出来ることならこんな狂った内面なんてルカさんに見せたくなかったのに!」

「割とちょくちょく見えてますから大丈夫です」


 アランは通常運転だった。思っているだけなら実害は無いから、構わない……というか諦められる。竜人だから仕方ない。でも実行に移されると困る。


「そんなに我慢するのが辛いなら、別行動に」

「ルカさんは私に死ねと?」

「死にませんから。でも如何しよう、マリナを追い掛けて個別に結界を張ってもらいます?」

「……ルカさんは、私の何処を好きになってくれたんですか?」

「唐突ですね」

「だってこんな、年の離れた面倒で嫉妬深い男。これまでも色々やらかしてると自覚してますし、これからもっと束縛も酷くなると思います。竜人なんて事故物件、普通は受け入れてもらえません。なのにルカさんは私と結婚してくれるって、そんな平和なこと竜人には有り得ないのに。竜人なんて誘拐とか略奪とか監禁とかして番と無理矢理夫婦になるのが一般的なのに」


 アランが本当に不安なのは、ここなんじゃないだろうか。話を聞きながら、ルカはそう思った。ルカに好かれて嬉しい反面、まだ半信半疑なのだろう。だけどルカにだって不安はあるのだ。


「アラン先生こそ、私の何処を好きなんですか?番だからって、会う前から惹かれるってのが私には理解できません。番じゃ無かったら、私なんて見向きもされなかったと思うし。アラン先生ももっと美人で明るく性格の良い人が番なら良かったって思いませんか?」


 アランの腕の拘束が解け、ルカの背中に回っていたアランの手が、ルカの両頬に添えられた。アランは目を丸くして、まじまじとルカの顔を凝視する。アランの瞳はまだ赤かったが、煌々と燃える炎の色ではなくなっていた。


「ルカさん……そんな事、一度も考えた事すら有りませんよ。そんな風に思っていたんですか?」

「だって、私とアラン先生じゃ釣り合いません。アラン先生だって、生涯ただ1人を愛して添い遂げるなら、好みの相手が良いでしょう?」

「ああ、ルカさん違います!貴女は酷い思い違いをしていますよ!竜人の番というのはですね、その竜人の好みに、ありとあらゆる面でピッタリ嵌まる相手なんですよ。性格や考え方といった内面も、顔や体型などの外見も、能力や匂いや味や魔力の相性や身体の相性まで全て、何もかもです!つまりルカさんは私の理想そのもの、いやそれ以上の奇跡の存在なんですよ!」


 大真面目に力説された。途中竜人の変態性癖を予感させる単語が幾つか挟まっていたが、アランは至極真面目だった。真顔で最後まで言い切った。ちょっと感動した。ルカもかなり毒されている。


「ええと……ありがとうございます。アラン先生も私の理想にかなり近いです」

「具体的に何処を直せば、ルカさんの理想の夫になれますか?」

「約束を守ってくれれば」

「……努力はします」

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