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107 結婚届出書

 アランとルカ、真っ赤になって固まっている2人を見比べてから、トラビスはルカの方に声を掛ける事にした。こんな事もあろうかと、法衣のポケットに忍ばせていた書類をペラリと取り出してルカに渡す。素直に受け取った彼女にペンも差し出して、書類の所定欄を指差した。


「ここ、サインして」

「……これ、結婚届出書って書いてありますけど」

「あれ?思ったより冷静だね」


 今ならどさくさ紛れにサインさせられるかと思ったのに、きちんと何の書類か確認されてしまった。見た目の割にしっかりした子だ。アランの番だけあると、トラビスは妙な所で感心した。


「成人するまで結婚はしません」

「そうかい?でもアランのこの様子じゃ、直ぐにでもこの届けが必要になりそうだけど」

「アラン先生は約束を守ってくれると信じてます」

「ルカ、竜人の番の別名は生贄だ、大人しく喰われとけ」

「副ギルマスにセクハラ発言されたってギルマスに訴えますよ」

 

 次第に頭が冷えてきたのか、ルカが副ギルドマスターに向けるのは毛虫を見る目だ。副ギルドマスターの発言は、トラビスと内容は同じなのだが、オブラートに包まず直接的な表現をしたのがルカの気に障ったらしい。若者らしい潔癖さだ。このまま男女関係においても潔癖でいてくれれば、アランも安心だろう。


 リュートの音色が流れてくる。トラビスには聞き覚えのない音楽だったが、ルカは知っているようで、げんなりした顔になった。その表情のまま天草蘭丸に苦情を言っている。


「結婚行進曲止めてください」

「え、結婚するんだろ?」

「まだ先です。それにワーグナーよりメンデルスゾーンです」


 何の話をしているのかトラビスには理解出来なかったが、ルカが天草蘭丸と話す口調は苦々しい。外見に惑わされない所も、ルカは竜人の番に適している。これはますます逃せないと、トラビスはルカを懐柔することにした。


「ルカちゃん、サインだけでもして貰えない?提出するのはルカちゃんが納得してからで良いから。書類の保管も任せるから」

「それ、何の意味があるんですか?」

「ルカちゃんが確実にアランと結婚する意思があるって示しておけば、あと数ヶ月は『待て』が出来ると思うよ?それに、今でもかなり無理して我慢してるはずだから、少しはご褒美を与えないとアランが暴走するよ」


 ルカは迷っているようだ。チラリとアランに目をやって、様子を窺っている。アランはしゃがみ込んで顔を覆ったまま、コクコクと首を縦に振った。番からの好意を得て嬉しさに身悶えしながらも、しっかり聞き耳をたてていたらしい。

 クスッとルカが笑みを溢した。そして、手元の結婚届出書を暫し見つめ、意を決したようにペンを持ち直す。サラサラと書かれたサインはルカの国の文字なのだろう、トラビスには読めなかった。


「ありがとう。複雑な文字だね」

「あ、こちらの字で書かなきゃいけませんでしたか?」

「大丈夫、本人が書くのが大事だから」


 結婚届出書は契約魔法が込められた、特別な用紙で出来ている。偽造を防ぐためだ。

 トラビスはルカから書類とペンを回収し、指の隙間から覗き見しているアランに渡す。


「アランも──」

「サインします!!」


 シュバッと立ち上がって、引ったくるように結婚届出書を受け取ったアラン。ルカのサインを見つめて涙ぐみ、鼻をすすりながら、自分の名前を丁寧にサインした。


 トラビスは、アランが握り締めたままの結婚届出書に聖属性の魔力を流した。アランとルカのサインが黒色から金色に変化する。両方とも色が変わって良かった。2人共に、この結婚に前向きな証だ。これが政略結婚とかだと、どちらかが、あるいは両方が黒色のサインのままだったりするのだ。その場合は一旦届出を保留され、双方騙されたり無理強いされたりしていないか調査が必要になる。


「良かったね、アラン。ルカちゃんもアランとの結婚を望んでるよ」

「幸せ過ぎて死にそうです」

「死ぬな。ルカちゃんを未亡人にするのかい?未亡人ってモテるんだよ」

「ルカさんが他の人と結婚したら、相手に取り憑いて呪い殺します」

「本当に出来そうだから恐いなあ」


 トラビスのサインも書き加え、もう一度魔力を流して正式な書類に整える。出来上がった結婚届出書をルカに渡す前に、ダメ元で一言つけてみた。


「今提出しとけば、また神殿に来る手間が省けるよ?」

「どうせまた不審物の仕分けに呼ばれますよね。渡してください」

「手強いなー」


 ルカは結婚届出書をアイテムボックスに仕舞っていた。これでは誰も手出し出来ないが、持ち歩いているのと同義なので、ルカが神殿に来る度に提出を促してやろう。しつこく言っていれば根負けしてくれるかもしれない。


 トラビスは、人目も気にせずルカに抱き付いたアランを見て、いや、と考えを改めた。

 この調子なら、こっちからせっ突かなくても近々書類が提出されそうだ。いつ頃提出されるかジャックやヒューバートと賭けをしてやろう。皆同じように近日中と予想して、賭けが成立しないかもしれないが。

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