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103 和風ポトフ

 目を覚ますとルカは自分の家のベッドにいた。アランが運んでくれたのだろうが、その道中を想像するとかなり恥ずかしい。うあ~っと声にならない悲鳴を上げていると、コンコンと扉を叩く音がした。返事をしなければ、ああでも落ち着くまで寝た振りでやり過ごしたいとモダモダしているうちに、扉が開いてアランが入ってきてしまった。


「ルカさん、起きてますよね」

「……はい」

「夕食を作ったんですが、食べられますか?」

「……頂きます」


 ダイニングキッチンへと続く扉から、光と共に良い匂いが入って来る。窓の外は真っ暗で、夜も更けているようだ。神殿に行く前に早めの昼食を取ってから、何も口にしていなかった。ルカのお腹がクゥと鳴ったが、素知らぬ顔でベッドから下りる。


 テーブルには2人分のカトラリーが、角を挟んで並べられていた。アランが鍋を運んで来て、中身を皿に盛る。じゃがいも、人参、プチオニオン、ブロッコリーとソーセージが、湯気を吐く透明なスープに浸かっている。


「いただきます」


 スプーンでブロッコリーを掬い、口に入れる。ブロッコリーに含まれていたスープがジュワリと染み出してくる。口に広がるコンソメ風味と、醤油の旨味。ホッとする味だ。


 小さな籠に入っているパンは、薄切りのバゲットと丸い雑穀パン。ガーリックバターが添えられているが、使わずそのままバゲットをちぎってポトフのスープに浸した。スープを吸ってふにゃりとしたバゲットを、たっぷりのスープと一緒にスプーンで口に運ぶ。モグモグと咀嚼していると、視線を感じた。


 チラリと目を向けると、アランが泣きそうな顔でルカを見ていた。


「え?あの、如何しました?」

「ルカさんが、私の作った料理を食べてくれてるのが嬉しくて……」

「いつも食べてますよね?」


 アランはそれ以上何も言わず、黙って食事を続ける。ルカも首を傾げながらも食べ進めた。今夜のアランは口数が少ない。いつも話を振ってくれるアランが無言なので、食卓が静かだ。


 ルカの皿が空になった頃合いを見計らって、アランがやっと口を開いた。


「ルカさん、貴女に謝らないといけません」


 悲壮感漂う声に、ルカは何事かと姿勢を正した。


「何でしょう」

「……この家に、周囲の音を拾う魔導具を置いていました……」

「ああ、やっぱり盗聴器仕掛けてたんですね」


 何だ、その事か。ルカとしては想定内だったので、特に驚きもしなかった。だがルカのやけにあっさりとした態度に、アランの方は目を見張って驚いている。

 

「知ってたんですか?」

「知っていたというか、そうだろうなーと。この前大掃除してもらった時に、幾つか物が無くなってたんで。盗聴か盗撮の魔導具だったんだろうなって思ってました」

「……そうですか……」


 ルカがあまり気にしていないようなので、アランは気持ちが楽になったのだろう。ほっと胸を撫で下ろし、幾分バツが悪そうに話し始めた。


「仰る通り、先日回収した小物はいわゆる──盗聴、のための魔導具です。ルカさんが初めて部屋に招いてくれた時から、少しずつ増やしてました」

「私が買った置物だったと思うんですが」

「同じ物を買って魔導具に作り変え、ルカさんの物とすり替えました」

「あー、なるほど。でも如何して今更謝罪を?」

「今日神殿で作業しながら、己の所業を省みたんです。客観的に、自分がしてきた事を突き付けられたと言いますか。恥ずべき行いだったと反省しました」


 神妙に受け答えするアラン。黙っている事も出来たのに、告白し謝罪してきたのは誠実だと思う。こういう所が憎めない。だけど、何でも正直に話せば良いというものでもない。


「実は、媚薬や体液をルカさんが食べる物に混ぜるのは、私もやってみたいと思っていたんです。だけど踏み留まって良かった、ルカさんが気を失うほど嫌悪する行為をやらなくて良かった。神殿でルカさんが、私が作った料理を食べたいと言ってくれた時、とても嬉しかったんです。私が料理に異物混入したりしないって、信じてくれているんだと分かって。だけど実際に食べてもらうまでは、少し不安もあって」


 喋りながら感極まったのか、アランはまた涙ぐんでいる。食品に異物混入は、さすがにルカでも許容出来ない。踏み留まってくれて本当に良かった。良かったが、思わずポトフを鑑定しそうになったルカ。だって、やってみたいとは思ったんだよね?そこまでぶっちゃけないで欲しかった。知らぬが仏でいたかった。


「ええと、食べ物を粗末にするのは駄目ですから。これからも、絶対にやらないでくださいね」

「はい、約束します。ルカさんに嫌われたら生きていけませんから」

「私に嫌われなくても駄目ですから」

「分かっています。あ、でも口移しで食べさせたら唾液が入ってしまいます。如何すれば良いでしょう」

「アラン先生、本当に反省してます?」


 ルカがジロリと睨むと、アランがウルリと目を潤ませて俯いた。そんな殊勝な仕草に苦笑するくらいには、絆されている。


 そう、絆されているのだ。神殿で過激な贈り物を鑑定している時、ルカはひたすら気持ちが悪かった。よく知りもしない相手から、あんな物を贈られる天草蘭丸に同情していた。

 だけどよく考えてみれば、ルカだってアランに盗聴盗撮されていたのだ。なのにアランと婚約までしてしまっているのだ。これが別の人からのストーカー行為だったら、迷わず衛兵に突き出していただろうに。


 やっぱり、そういう事だよね……。異物混入願望を聞いても、引くだけで嫌いになれない時点でお察しだよね……。


 ルカははっきりとアランに対する気持ちを自覚して、内心頭を抱えた。

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