102 出張鑑定
聖女マリナの御威光は絶大だった。主に副ギルドマスターに対して威力を発揮して、マリナの望みを実現させた。副ギルドマスター以下多くの人々の嘆願で、天草蘭丸の映像が撮影される事になったのである。
しかも実務に長けた副ギルドマスターは、まだ撮影されてもいない天草蘭丸の映像販売を、大々的に告知した。ファーストライブの映像が販売中止になり、冒険者ギルドに苦情を言い立てていた女性達を抑えるためだ。
魅了魔法の効果が消えても天草蘭丸の人気は衰えなかった。熱が入り過ぎて迷惑なファンまで居る始末。その行き過ぎた行為は、天草蘭丸を庇護した神殿にまで及んでいた。
「済まないね、呼び付けてしまって」
現在天草蘭丸の後見人のような立ち位置のトラビス神官は、迎え入れたルカとアランに申し訳無さげに謝罪した。今日のルカは出張鑑定のために神殿にお邪魔している。アランはその付添いだ。
「本来ならこちらから出向くべきなんだけど、これを持ち歩くのはちょっと……かなり嫌がられて」
通された部屋には大きなテーブルがあり、見るからにプレゼントですと主張する、派手なラッピングがされた包みが山と積み上がっていた。事前に貰った鑑定依頼書には、神殿への寄贈品の鑑定としか書かれていなかったが、きっとこれ等は天草蘭丸個人への贈り物なのだろう。包装紙にハート型の封がしてあるし。似顔絵っぽいものが描かれてたりするし。
「実は、蘭丸さんが来てから神殿への寄付や寄贈が増えたんだ。それはとても有り難い事なんだけど……」
神殿の運営は寄付金で成り立っている。高貴なる者の義務が浸透しているこの国では、これまでは王侯貴族からの寄付が多くを占めていたそうだ。平民からの寄付も無い訳ではなかったが、たいていは祈りに来た時に小銭を置いていくか、農作物を供えていくかだったとか。それがこの頃は、手作りの菓子やら衣服やらを手に、女性達がやって来ることが増えたのだという。
「初めは皆喜んでいたんだよ。甘い物なんて神殿では滅多に食べられないからね。だけど、異物が入っているとなると……」
言葉を濁したトラビスに、アランが容赦なく踏み込む。
「具体的に、何が入っていたんですか」
「……髪の毛、だと思いたい……」
「故意に入れられていたと?」
「だって、チョコクッキーにびっしり入ってたんだよ……さすがにあれは、うっかり入る量じゃないよ……」
想像してしまい、ルカは気持ち悪くなった。しばらくチョコクッキーは食べられそうにない。トラビスも思い出して吐き気を催したようで、手で口を押さえている。アランも顔を顰め、胡乱げにテーブルの上の包みを眺めた。
「なるほど、それでルカさんに危険物を選り分けて欲しいと」
「疑うのは善意で贈ってくれた方達に申し訳無いけど、あんな事があってはね。皆も気味悪がってしまって。数が多くて大変だけど、お願い出来ないかな」
喜んで、とは言えなかったが、気の毒なのでルカは引き受ける事にした。トラビスが全員に手袋を配り、自身も装着する。完全に不審物の扱いだ。だがここに至る経緯を考えると、直接手で触りたくないので、ルカも手袋を両手にはめる。
トラビスが包みを開封して、手紙等が同封されていれば選り分ける。そしてアランに渡された菓子や、念の為に衣類や小物も鑑定してゆく。
「盗聴や現在地特定の魔法が掛けられているかもしれませんからね」
自分の事を棚に上げ、シレッとそう宣うアランに呆れつつ、ルカは次々と品物を鑑定した。そうすると出るわ出るわ。唾液が入ったケーキに髪の毛が編み込まれたベスト、媚薬入りのキャンディ、相手を操る魔法陣が組み込まれたブレスレット等々。
「まともな贈り物の方が少ないですね……」
「私より酷いですねぇ」
「アラン、不法行為は嫌われるから正攻法でね。それにしても、こんなに多いとは。これは早急に対策を立てないと」
まだ贈り物の山は半分残っていたが、ルカはもう鑑定するのが嫌になってきていた。気持ち悪いし、気味悪い。まともじゃない贈り物はアランが瞬時に灰にしているが、鑑定結果を見るのも辛い。
「ルカちゃん、嫌ならもう辞めても良いよ?正直僕も嫌になってきた」
「だけどこれ、鑑定じゃないと分からない危険物もありますし。引き受けたからには最後までやります」
「ありがとう。だけど、もう無理だと思ったら遠慮なく言ってね」
その後もひたすら心を無にして鑑定を続けたルカ。アランは鑑定結果を聞く前に、ルカの顔色で判断して危険物を焼却処分していった。口にするのも悍ましい添加物入りの食品があったので、鑑定結果を見て吐きそうになったりもした。アランが燃え上がる危険物を放り出して、ルカに飛びつき背中を擦る。
「ルカさん、もう十分です!のこりは全て焼却処分しましょう!」
「……大丈夫です。ちゃんとした物まで捨てるのはもったいないし、純粋な好意からの贈り物はきちんと届いて欲しいです。あと少しだし、続けます」
「ですが」
「アラン先生、終わったらご飯作ってもらえませんか?アラン先生の料理が食べたいです」
「幾らでも作りますよ!」
最後の1つを鑑定し終わると、気が緩んだルカはふらりと倒れそうになった。支えてくれたアランにしがみつき、ホッと息をつく。いつもなら恥ずかしくて直ぐに離れるが、今はそんな気力もない。だらりと力を抜いてアランに身を委ねると、心配そうに、けれど喜色の滲んだ声でアランが囁く。
「お疲れ様でした、ルカさん」
「疲れました。眠いです」
「今日はもうこのまま、ゆっくり休みましょう。後は私に任せて、おやすみなさい」
「はい……おやすみなさい……」




