100 お説教タイム
案の定ギルドマスターには怒られた。主に、『聖なる大豆』という新たな回復アイテムについて、報告を怠った事を重点的に怒られた。冒険者ギルドの職員として、ルカには新アイテムをギルドに報告する義務があるという。それを一般公開するかはギルドマスターが判断し、責任を負うべき問題だとも言われた。
そこは納得出来たルカだったが、ルカ以外の面々はお咎め無しというのには、ちょっとだけモヤモヤした。冒険者には新アイテムを発見・入手しても報告義務はなく、あるのはせいぜい報告推奨だとか協力要請だとかいった、拘束力の無いものらしい。皆で一緒に作ったのに、自分だけ怒られるのかとルカがブツブツ言っていると、ギルドマスターの杖でポコンと叩かれた。様々な点で保護されている冒険者ギルドの職員と、基本自由だが自己責任の冒険者では立場が違うと、懇々と説教された。
「申し訳ありませんでした」
「まあ、今回は大目にみるが、本来なら始末書ものだからな?隠匿した内容によっては懲戒処分もある、今後は気をつけろ」
「はい」
「それからもう1つ、これは一般職員には知らされてないが、ルカは鑑定士だし知っておいた方が良いだろう。関わる可能性もあるしな」
そう言って冒険者ギルドマスターに教えられたのは、異世界からの転移者に対する、いわゆる検疫についてだった。転移者に対して真っ先に浄化魔法を掛けるのは、ルカも自身の経験から知っていた。けれど転移者によって持ち込まれた動植物に対しては、更に詳しい検査と隔離が必要だとは知らなかった。
「病原菌は浄化で対処出来るが、異世界からの動植物がこっちの生態系に与える影響は、時間を掛けて調べんと分からんからな。異世界では無害な植物でも、こっちの環境では有害な毒素を発生させたりなんて事例もある。これまで食品に関しては除外されておったが、今後は食品も検査と隔離が必要かもしれんな」
聖なる大豆のあの成長速度を考えると、ただの植物の種子がバイオテロに発展するのも容易に想像がつく。ルカは考え無しに大豆を買い取って、浮かれていた自分が恥ずかしくなった。
「重ね重ね申し訳ありません」
「おう、よーく反省しろ。今回はイレギュラーが重なって不運な面もあったから説教で済ますが、これも場合によっては責任問題だからな」
本来なら、冒険者ギルドの職員が対応する前にルカが天草蘭丸と接触するのは有り得ない事だった。通常強力な魔力の揺らぎが観測され、それが異世界転移の予兆だと判断されると、転移先を魔術で書き換えると同時に転移先に設定された冒険者ギルドに連絡がいく。連絡を受けた冒険者ギルドの担当者が待ち構えているところに、異世界からの転移者がやって来るのが常なのだ。
しかし今回、転移先を書き換える魔術に不備があったらしく、副都の冒険者ギルドに転移するはずだった天草蘭丸が王都の冒険者ギルドに現れた。そこにたまたま居合わせたルカが、たまたま天草蘭丸と同じ日本人だったせいで、事態がややこしくなったのだった。
この件に関しては不問に付すとの裁定に、ホッと安堵するルカ。その目の前に、冒険者ギルドマスターの、シワと傷だらけの手が差し出された。
「お前さんが買った豆は全部没収だ」
「はい……。あ、ユウキ達が持っている分は如何すれば?」
「そっちも提出してもらいたいが……帰って来てから相談だな」
ルカの大豆は強制的に没収だが、ユウキ達の大豆については応相談らしい。理不尽だ。いや、立場の違いからくる対応の差なのは理解してるけど。せっかくの大豆が……。
がっくりと項垂れたルカの肩を、付き添って一緒に説教を聞いていたアランが抱き寄せる。ポンポンと宥めるようにルカの肩を叩きながら、アランはギルドマスターと交渉を始めた。
「実は私も、ルカさんから譲り受けた『聖なる大豆』を3粒持っています」
「アラン殿ならそれを提出する意味を、しっかり理解してくれとると思うが」
「はい、理解していますよ。ですがこのアイテムはかなり稀少で、その上かなり有用です。ただで寄越せとは仰いませんよね?」
「あー、回りくどい駆け引きは要らん。昨夜から激務で疲れとるんだ、要点だけで頼む」
ギルドマスターの目の下にはくっきりとクマが出来ている。徹夜で魅了事件の後始末に追われていたのだろう。そこに余計な仕事を増やしたルカは、申し訳なくて身を縮ませていた。しかしアランは、では遠慮なく、と自身の要望をつらつらと述べた。
「要するに、生った大豆とやらをルカに渡せと」
「全部とは言いません。ルカさんが欲しいぶんだけです」
「どれだけ収穫出来るかも、まだ分からんのに。はぁ、まあ良いだろう、検査が終わってからなら好きなだけ持っていけ。どうせ食えるかどうかも調べんといかんしな」
「あ、ありがとうございます!」
「その代わり、大豆について知っている事を、レポートにして提出すること」
「はい!」
聖なる大豆は緊急時の回復アイテムとして冒険者ギルドで保管され、ルカが植木鉢で育てた大豆の木は魔法植物研究所で引き続き育ててもらえるよう、ギルドマスターが頼んでくれる事になった。ルカとしては願ったり叶ったりだ。普通の大豆が手に入ればそれで良いと思っていたら、専門家が大豆栽培に手を貸してくれる可能性が出てきたのだ。
「本当にありがとうございます、ギルドマスター!よろしくお願いします!」
「あー、分かった分かった。説教はお終いだ、昼飯食ったら午後からしっかり働け」
「はい!アラン先生もありがとうございます!」
「ルカさんが喜んでくれて良かった。大豆が手に入ったら、私と料理しましょうね」
「はいっ、あ、ギルドマスターにもずんだ餅差し入れますから!」
疲れ切ったギルドマスターに、早よ行けと手振りで追い出された。扉を閉める際、ギルドマスターの深い深い溜め息が、隙間から漏れ聞こえた気がする。大豆料理第一号は必ずギルドマスターに差し入れしよう、ルカはそう決めた。




