ショート 衣に魅入られた者
くだらない話になりました。
カツの衣はサクサクのままだ。提供までのスピードが違う、しかしこれは……二度揚げだな。高温で表面を香ばしくカラリと、風味を逃さずに低温でしっかりと加熱し、網へと上げた後の余熱で中心に火を通す。
その間に余分な油が落ち、サクサクのままの状態で手元までやってくる。
千切りキャベツの水分もほどよく残っている。このシャキシャキ感、カツを頬張った後に口の中をさっぱりとした甘みが引き締めてくれる。ごはんではなくカツ・キャベツ間でのループも可能としている。
ソースに貼られているラベルの犬がニヤリとこちらを見る。どうだ、俺様の味は。そのカツにピッタリだろう。俺は無言のままカツへと箸を伸ばす。カリ、サク、肉汁が口内にほとばしる。豚肉の脂身がほどける。ソースの刺激と塩分が白米へと援軍要請を出す。
しかし、茶碗の中に白米が無い。すかさず手を挙げておかわり――。
いや、もうすでにおばちゃんがメシを"盛って"来ている。私が手を挙げる動作の時点ではカウンターの中に居たはずだ。双子か……? 残像でも見ていたとでもいうのか。
空の茶碗が積載量ギリギリのものと置き換えられ、戦闘は継続される。
残り、3切れ。
ソースを足す? そんなことはしない。何のために「端の3切れ」に掛けなかったと思っている。
皿にべたりと置かれたからしを箸ですくいあげ、カツの先端へと乗せる。
テーブルから塩の瓶をもちあげて、ゆっくりと振りかける。
ソースだけで楽しむだなんてことは、許されない。最初にパンチのあるソースを楽しむことで塩オンリーのシンプルさが際立つ。
熱さを保ったままのカツが断面から湯気を放ち、俺を誘う。
本能のままに食い尽くせと。
一口で半分、白米、残りの半分。たった一切れでライスタワーは三分の一ほど削り取られる。
ペース配分など考えるものか。喉を通り過ぎていく肉たちに感謝しつつ、もう二切れを睨む。
まぁ待て。お前たちの相手はコイツが終わってからだ。
わかめと油揚げの入った椀……味噌汁へと手をのばす。赤と白の合わせ味噌、煮干しでしっかりと出汁をとったのであろう、すっきりとしている中にも風味が生きている。これだけで茶碗一杯分の白米と釣り合いが取れる。
茶碗の中身をもう半分口へと放り込む。残り3分の1。先程までであれば、一切れでまたおかわりが必要になるだろう。
しかし俺はそんなことをしない。それこそ敗北宣言のための挙手だ。ペース配分を乱しました、3杯目をお願いします……そんな無様な真似をするつもりはない。
一切れと茶碗の中身を堪能する。テーブルの上には最後の一切れが乗っている、この皿のみとなる。
最大のタブーとは何か。
ごはんのバランスを考えず、おかずだけ残してしまうこと。
いいや、違う。
最後の一切れを口に咥えたまま、俺は出入り口へと駆け出した。
――――――
「次のニュースです。都内のとんかつ店で"食い逃げ"とみられる犯行が連続して――」
スマホの画面から目線を上げた。のれんの文字は頭に叩き込んだ最後の店と合致する。
一日で全店舗を制覇して、俺はグランドスラムを達成する。
カツを狩る者として、名を残す。
お題
東京、ごはん、容疑者