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第1話

   

 灰色のスーツを着た男が、ガラス戸を押し開けた。からんという乾いた音のベルが鳴り、店の中からは「いらっしゃいませ」の言葉が聞こえてくる。後者は生きた人間の声のはずなのに、どちらも形だけの無機質なものとして、彼には感じられた。


 有野が足を踏み入れたのは、繁華街の地下にある、小さなバーだった。店内を見回すと、カウンター席に座る友人の姿が目に入る。

「よう、有野。遅かったな」

 細面(ほそおもて)の顔に笑みを浮かべながら、友人がグラスを掲げる。「ここだ」と合図しているかのような仕草だった。

「ああ、悪い。ちょっと支度に手間取った」

 軽く謝りながら、友人の元へ歩み寄り……。

 そこで有野は気づいた。友人の反対隣に座る、一人の女性の存在に。

 彼女も有野の方へ視線を向けている。

 有野は表情を曇らせて、口調もわずかに暗くして、友人に問う。

「なあ、松本。二人だけで飲もう、って話じゃなかったのか?」

「初めまして、山口です。松本さんと同じ会社で働く後輩です」

 松本より先に答える女性。赤いカジュアルドレスで着飾っている様が、有野には、妙にケバケバしく感じられた。


「まあ、座れ」

 悪びれた様子もない松本に促されて、有野は隣に座る。松本を衝立(ついたて)代わりにして、山口という女性の視線を避ける格好で。

「きちんと説明しなかったのは確かだが、でも『二人だけで』とは言ってないぞ。それにお前、知らない女性が一緒って知ってたら、来てくれなかっただろ?」

「それはそうだが……」

 もちろんだ、と言いたいところだが、それでは女性に失礼な気がして、有野は曖昧に答えた。松本の言葉に耳を傾けながら、店のメニューに目をやると、よくわからないカクテルの名前が並んでいた。

 居酒屋で飲むならば、有野はとりあえずビールを注文する。だが、この店にビールはないようだ。アルコール度数の順に書かれていると仮定して、一番上が一番飲みやすいカクテルだと判断。メニューの先頭にあるカクテルを選んだ。

 こうして有野が逡巡しながら注文する間も、松本の説明は続いていた。

「お前、まだ決まった相手はいないだろ? 会社の後輩にさ、紹介してくれって頼まれちまって……」

「松本さんが、いつも有野さんの話をするんですよ。凄くいい人で、大学時代から優秀だった。今も趣味と仕事ばかりで、恋人を作る暇もない、って」

 赤いドレスの山口が、ひょこっと顔を出して、話に加わってくる。せっかく松本の体躯に遮られる形だったのに。

「いや、優秀だなんて……。言い過ぎですよ」

 謙遜の言葉を口にする有野。顔には出さぬよう努めたが、初対面の女性と話をするだけで、気持ちがモヤモヤする。酒を飲む前から、悪酔いしたような気分だった。

   

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