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アルゴリズム ver.1.3  作者: 浜津スクノ
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why today?

「いらっしゃいませ!」


私が店に入ると、いつもの彼の、いつも通り爽やかな笑顔が私を出迎えてくれた。SSRの笑顔が爽やかさ上限突破で課金待ったなしね!


「いらっしゃいあせー」


レジへ向かった男性客には棒読み挨拶。うふふ、私への愛を感じるわ。


「お弁当は温めますか?」


彼の声を聞きながら、そうとは悟らせない何食わぬ顔で、愛読しているファッション雑誌を手に取る。これが案外苦労するのよ?やりきる私はまさに女優。


「537円が一点と162円が一点で…699円になりまーす」


淀みの無い接客。なんて完璧なのかしら。今すぐ一流ホテルからスカウトされてもおかしくないレベルね。


ところで今日、私はある目的を持ってここに来た。さっき持ったファッション雑誌じゃない。今、手を伸ばしているビタミン天然水でもない。


「700円お預かりしあーす」


いえ、ビタミン天然水は大切よ?というよりビタミンCが大切。ただ、CCCレモンみたいな炭酸は苦手なのよね。今度アセロラジュースでも試してみようかな…


「1円のお返しです。ありがとうございあーす」


かちゃかちゃたーん!と聴こえてきそうな、滑らかなレジ打ちが彼の研鑽を物語る。あの指使いならピアノで世界も狙えるはず。『天使の指先』ってやつね!


それはともかく。今日はある目的があってここに来たの。うふふ、楽しみ…



「あー。あー。あーあーあああー」


彼が発声練習してるわ。良い挨拶をするためには必要よね。こういう職務に対して真面目な所も好き。この発声練習、録音していいかしら?


「あーーー……ウオッホン! げっほ! ごっほ!」


喉の調子が悪いの!?それとも風邪!?まさか結核!?沖田総司ィ!サンダンヅキィ!


「ごほっ…………ふぅ」


落ち着いたみたい。彼の事は心配だけど、狼狽なんて見せられないわ。私には私のイメージがあるんだから。クールにいきましょう。Let's think cool.


「…………?」


いけない。彼が咳き込んでたから見つめちゃってたみたい。彼がそれに気付いて私を見つめ返している。もしかして、目と目が逢う瞬間好きだと気付いた?あなたは今どんな気持ちでいるの?なんちゃって。


「……………」


「……………くふっ」


まずいわ! なんだか知らないけど笑っちゃいそう。私のクールなイメージを崩壊させるわけにはいかない!かくなる上は!


「……んん」


咳払いで取り繕いました。あまりに自然。草が生えそうになっただけはあるわ。いえ、ここで実際に草を生え散らかしたらただの危ない女になっちゃうんだけど。あれ?でも草を生やさなかったという事はつまり不自然だったって事?んん?


「……んん」


彼も咳払い一つ。以心伝心ね、うふふ…




「いらっしゃいませ!」


レジを挟んで立つ私と彼。バルコニーではないけれど、ロミオとジュリエットを思い出す。


「680円が一点と、144円が一点で…」


今ならタイミング的にも申し分ない。いける、いけるわ。


「824円になります」


ああ、ドキドキする。おくびにも出さないけど。


「1000円お預かりします」


言うわ。言うのよ。言え。


「176円のお返しです」


今ッ!


「ずっと好きでした愛してます結婚と幸せな家庭を前提に付き合って」


お釣りを渡そうとした彼の手を「がしっ」と音が出そうな勢いで握り、一息に告白した。してやった。


「えー、と…」


大丈夫。私はこの日の為に彼好みのクールな女を演じてきた。すぐ私の望む返事を…


「ごめん」


え?




ウィーン




「あ。いらっしゃいませ! ありがとうございまーす」


手を振りほどき、新たに入って来た女性客に笑顔を向ける彼。その笑顔は私に向けるものより、もっとずっと素敵だった。


「仕事、どう?」


ホットの缶コーヒーだけをレジに置いて、彼に話しかける女。正直に言って、女の私から見ても美人だった。滲み出る取り繕っていないクールさが憎らしい。


「あー、うん。いつも通り。121円ね」


親しげに返す彼。私には見せてはくれないもの。


「そう。はい」


言葉少なに、でも二人の間には柔らかな空気があって…


「201円お預かりします。80円と…ちょっと待ってて」


バックヤードに引っ込む彼。この後の展開が読めてしまった私は耐えられなくて、自動ドアへ足早に歩き出す。




ウィーン




「…お待たせ。これ、バレンタインのお返しね」


最後に聞いた彼の声は、とても幸せそうだった。私が聞きたかった声だった。なのに、


「…ぐすっ……」


我慢できず涙が零れた。通りを歩く人々の視線が私に突き刺さる。でも、そんなのは胸の痛みに掻き消されて空気と変わらなかった。


「うっ…うぅ……」


時刻は3月14日午後11時56分。日付が私の誕生日に変わる4分前。


「ぐすっ………最悪」



ホワイトデーなんて大っ嫌い!




(了)

『バレンタインで、ええ?』と対になる作品で、読み比べてみると発見があるかも?

女性視点ではありますが、かなり極端なキャラクターにしたので、世の女性がこんな事を考えているわけでは(多分)ないのでご注意を。また、ホワイトデーなのに女性から渡そうとする話にしたかと言うとまさに出オチですね!

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