Ep.06 実戦練習
翌日、部室には全員が集まっていた。
現在、曲芸飛行研究部の部員は四名。
まずは、結花との顔合わせだ。
――入学当初からこの部に所属している、2年1組の吉田 水穂。
――廃部寸前の曲研に入ってくれた唯一の後輩、1年4組の望月 亮人。
――いまや俺達の世代の模擬戦闘トッププレーヤーの結花。
――そして、いきなり部長にされた俺。
ホント、なぜ俺よりも所属歴の長い吉田さんが部長に指名されなかったのか……。
理由なら想像はつくけれど、だからといって俺は曲芸飛行を語るタマじゃないと思うのだが。
ともあれ。
自己紹介を終えると、今後の活動方針を決めるために話し合いを行うことになった。
「えっと、まずは俺からみんなに謝らせてほしい」
空戦研究会との部活対抗試合を押し進めてしまったこと、図らずとも俺の選手復帰に部を利用してしまったことを謝る。
結花も、珍しく頭を下げていた。
「私からも、ごめんなさい。急に来て、かき乱したのは私だから」
「いいのいいの、むしろ大歓迎」
吉田さんが口を開く。
「どうせ曲芸飛行大会は無くなっちゃったんだし、新しいことを始めないとね」
救われる思いだ。
「亮人は……どうだ? 正直に言ってくれ」
唯一の後輩――亮人にも意見を求める。
「ボクもいいと思いますよ、それに、先輩たちの飛行が見られるなら」
どうやら、亮人は俺と結花の過去を知っているらしい。
とにかく、部として模擬戦闘会への出場に軸足を移していくことに異論はないようだ。
これから、俺と結花は昨日に引き続き訓練飛行に向かうのだと告げると、2人も協力してくれるという。
人手は多いに越したことはない。特に、今日からは実戦形式での特訓をスタートさせるので、客観的に見た感想を聞けるというのは貴重だ。
ひとまず、4人でガレージに移動した。
* * *
昨日と同じように、発航前点検をする。
その後、地上の吉田さんや亮人と無線で通信する準備をした。
二人は模擬戦闘に特別詳しいわけではないが、曲芸飛行には造詣が深い。
俺の動きを客観的に意見してもらう算段だ。
昨日と同じように俺から離陸し、後から離陸した結花と並ぶ。
無線で、結花から練習内容の指示が飛んだ。
「今日は試合形式でドッグファイト練習よ。フィールドの対角上からスタートね」
――ドッグファイト。
戦闘機同士による、近接格闘戦だ。
相手を追いかけ、翻弄し、機銃でもって飛行不能に追いやることを目的とする格闘戦。
模擬戦闘では本当に相手を撃ち落とすわけにはいかないので、模擬弾を使用し、疑似的な損傷判定と審査員による技術点によって勝負が決まるシステムだ。
飛行速度は水平350km/h以上でのリミッター作動が規定されており、速度が上昇する下降時にも450km/hを超えるとアラートが作動、5秒間無視すると失格になるルールとなっている。
この速度規定は、様々な型式の飛行機が参戦する模擬戦闘において、型式ごとの一方的な有利性を避けるため、そして観戦上の都合や模擬弾の安全性を確保するためのものだ。
今回のドッグファイト練習も、この模擬戦闘会ルールに則って行う。
「結花ちゃんと宙杜くん、準備は大丈夫?」
地上から、吉田さんの無線が入る。
「大丈夫だよー」
「俺も平気」
俺と結花がそれぞれ準備完了を伝える。
「それじゃあ、よーーいっ」
「スタートっ!」
海上15km四方に定めたフィールド。その対角からそれぞれスタートする。
お互いが規定の350km/h近くで飛ばすと、1分少々で出会う計算だ。
昇降性能の悪いこの機体で少しでも有利な展開を望むなら、最初に上昇しておいたほうが良い。
大会規定では、観戦上の都合から2000m以上への上昇は技術点から減点対象となる。
まずはそのギリギリのところまで上昇することにした。
2分少々で上昇を終える。
速力を上昇に費やしたので、大して進んでいない。結花の二式戦と出会うまで、もう少々かかりそうだ。
更に1分弱が過ぎて、とうとう二式戦が見えた。
いよいよドッグファイトが始まる。
弾数は結花の二式戦のほうが数段多い。まともに撃ち合ったらこちらがジリ貧になるのは必至だ。
結花が真正面から模擬弾を撃ち込んでくるのを、機体をロールさせて躱しつつ、後ろに回り込む方法を思案する。
二式戦は、重武装の戦闘機だ。
模擬弾がかすった程度では撃墜判定にはならない。
模擬戦闘会のルールでは、エルロンやエレベータ等の動翼、そしてキャノピーに命中すれば一発撃墜判定となるため、なるべく相手の後ろを取って、狙いやすい位置から狙うのが鉄則だ。
結花の弾幕が途切れたところをついて、後ろに回り込もうとする。
――しかし、読まれていたようだ。
急な横転で高度をロスした俺を俯瞰するかのように、結花は機体を上昇させる。
「しまった……」
そう思ったときには遅かった。
次の瞬間、急激に機首を下げた二式戦が斜め上から突っ込んでくる。
いくら小回りのきく九七式戦でも、垂直方向の格闘戦には無力だ。
ひとつ勝ち目があるとしたら、それは相手に上を取らせず、ひたすら避けては相手の隙を狙うこと。
ひとたび馬力の強い型式に上を取られてしまったら、貧弱なこの機体では相手の上に出ることはできない。
どうにか操縦桿を両手で握って抵抗を試みるが、機体後方に被弾してしまった。
「撃墜判定です」
無線機からは、俺の敗北をしらせる亮人の声がした。