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コトハのあめ玉  作者: 空超未来一
『迷子のボールペン』
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迷子のボールペン:壱

 私は『普通』に憧れていた。

 みんなと同じように生きたいのに、神と人間の間に生まれた子だから、いつかこの世界の乱れを正す正義のヒーローになる使命が与えられている。いいや、私はありふれた平穏を望むけれど、周りがそうも許してくれない。宇宙人、地底人、幽霊、未確認生物、なぜ私は平穏でいられないのだろう。


 違う、そうじゃない。

 私は特別な人間でもなければ、『普通』の人間でもない、それ以下の存在だ。

 頭のいい子に生まれたかった。頭が良ければお母さんに褒められるし、友達に勉強を教えられる。困った人を助ける知恵だってしぼれるに違いない。

 運動のできる子になりたかった。毎日熱心に打ち込む運動部の人たちの姿はカッコいいし、なにより冬の体育が憂鬱になることがなくなる。持久走は人類が生み出した悪い文化だ。

 私はつくづく運が悪い。前世で何をしたのだろうといつも小石を蹴り飛ばしたくなる。

 ううん、それもきっと私がわがままだからだろう。

 運が悪いのは私のせい。

 勉強が苦手なのも、運動ができないのも、全部私の努力が足りないからだ。

 輝いて見える人はきっと私には想像ができないほどの努力を重ねているのだろう。私にはそれだけの熱量がない。


 神さまって残酷だ。

 だって人はみんな平等に作られるべきじゃないか。お店に並んでいるお菓子だって均一で美味しいのに、どうして。

 でも。

 高校生になって一ついいことがあった。

『ゲンカク』ってなんだか危ない匂いがする部活動だけど、そこで、私というちっぽけな存在を受け入れてくれるお友達と出会うことができたのだ。……まあ、その、最近はちょっと過激な活動内容なんじゃないかなと思わないこともないけど……。

 それでも私の世界は鮮やかなパステルカラーで色づいていた。



 ――――私が、あんな過ちを犯さなければ。



 結局のところ、環境がよくなっても私は私らしい。

 頭が悪ければ、運動オンチ。

 こうやって同じことをぐるぐるぐるぐるメビウスの輪のように考える、腐った人格。世間では私のような人間をメンヘラって呼ぶらしい。

 あれ、私は何が言いたくてタラタラと垂れ流しているのだろう。

 ……そうだ。

 考えるまでもないことだった。

 私には勇気が欠けてるんだ。



 *



 まともな人間など誰一人として存在しないのではないか。

 俺はここ数カ月でそう思わざるを得なくなっていた。


「本屋に来るとお腹のあたりがそわそわしません?」

「……お花摘みならすでに実行済み」


 このご時世、女子は女子らしくなどといったら差別だなんだとどこかの団体から非難を浴びるかもしれないが、男子高生にも夢を持たせてほしいものだ。女子とはともかくいい匂いがするもので、けがれとは無縁の存在なのだと。自分で言ってて気持ち悪いが。

 俺が声を大にして言いたいのは目の前の二人があまりにもお子ちゃまだと言うことだ。


「おー、これってけしからん部類の本ですよね? なんて刺激的な……」

「女子が鼻息を荒くして読むもんじゃあない……」

「それは偏見ってもんですよ佑哉君! 女子だって勉強しなくちゃいけないんです。男子だって自室で自習してるんでしょう?」

「……」


 否定できないから悔しい。


「……けしからん、けしからん」

「泡子、お前は次々とページをめくるな」


 俺の人生、こんなはずではなかった。

 ありふれた日常を送っていたはずのに、破天荒な琴葉とマイペースな泡子に出会ってしまったせいで、異物が混入した機械のように当たり前の毎日が狂ってしまった。

 すべては現象学研究会、通称『ゲンカク』に入部したことから始まる。

 小難しい名前をしているが、机をはさみ、論文を引用して討論し合うような部活動ではない。お菓子を食べてだらけるだけの暇人の集会だ。……いや、それで済むのならまだよかったかもしれない。

 実際、俺たちの学校での立ち位置はといえば『幽霊妖怪都市伝説七不思議何でもござれ』の万屋だ。噂話とはウイルスよりも感染力が強いもので、とある不可思議な事件を解決しただけで、いつの間にかお化け退治専門の部活と化していた。


「はあ……」

「最近依頼続きだったもんね。お疲れ様」

「……お前がいてくれて本当によかったよ、もここ」

「ドキドキするはずの台詞なのに、なぜだろう。切ない……」


 部員は部長の琴葉と泡子のほかに、もここもいる。

 ゲンカク唯一の常識人で、彼女がいなければ今頃ゲンカクという集団は組織として機能していなかっただろう。

 彼女を紹介するとするなら、母性のヒト。ガイア。おかんだ。


「こら、この本は置いておくの」

「え~、いいところでしたのに」

「……もう少しでゴールだった」


 もここが二人の手綱をにぎり、文房具売り場へと移動する。いつも通りの光景ではあるが、いやはや、母親には敵うまい。

 本屋の文房具売り場とは意外と充実しているものでつい目移りしてしまうものだ。教壇の魔法使いに抗えるよう大人たちが寄ってたかって創り上げた珠玉の数々。

 琴葉が目を輝かせてはしゃいでいる。


「色々な文具があるんですねえ。あ、この匂い付き消しゴムとか懐かしい!」

「消しゴムに匂いをつけようと思ったのはなぜなんだろうな」


 何気に、小学生の時からの疑問だったりする。


「……鼻につけて永遠にブドウの匂いをかいでた」

「甘いもの食べたくなりますよねえ」

「実は私、給食が足りないときはこれでしのいでた」


 もここの告白に琴葉と泡子が身を乗り出して同意する。男子と女子の味覚は違うというが、ここまで甘いものを好むものなのか。一般男子高生の俺は聞いただけでも胸焼けがしているというのに。

 と、スウィーツトークが続いたせいか、琴葉がひと際大きな奇声を上げた。


「見てください、ポッキーの鉛筆ですよ! 本物と見分けつかないじゃないですかこれ!」

「……授業中に間違えて食べそう」

「千パー同意です!」

「どこまでいやしんぼうなんだお前らは」


 頭を使うと糖分を欲するのはわかる。わかる一方で、この二人が授業中に爆睡していることを俺は知っている。


「はあ……。もここ、お前からも何か一言頼む」

「…………」

「もここ?」

「……え? ああ、私はトッポ派だから! ごめんね」

「唐突に戦争の火種を持ち出すんじゃない」


 ちょうど一週間前、放課後のティータイムにたけのこの里ときのこの山がテーブルにあがった。そのときの戦争といえばひどいものだ。巻き込まれたパイの実と小枝さんの立場を思うと、背筋がぞっとしてたまらない。


「ねえ、知ってる?」


 それは珍しく、もここからの話題だった。


「そのポッキーの鉛筆、ボールペンバージョンもあるんだよ?」


 この手の話だった。


「へえ! あれですかね、ポッキーの匂い付きみたいな!」

「どうなんだろう。もしかすると、もしかするかもね!」

「……クラスのみんなが使えば、教室がチョコの匂いで染まる」


 想像しただけで胸焼けがする。

 そういうのはバレンタインデーだけで十分だ。いや、決してチョコレートが欲しいというわけではなく……。



 *



 結局、眼鏡にかなう文房具は見つからなかった。ひとまずフードコートで腹を満たしながら、次なる目的地を相談することにする。

 ハンバーガーのケチャップを口元につけた琴葉が首をかしげた。


「そういえば、どうして文房具を買いに来たんでしたっけ?」

「ボールペンのインクが切れたんだよ。ほら、もここ英検控えてるだろ」

「思い出しました、今週でしたよね! 調子はどうです?」

「あはは……っ」


 どうにも英検の進捗状況はよくないらしい。母性に溢れたもここも普段はこうして子供っぽさが垣間見える。顔に出やすいのもあってギャップを感じる。

 世の中は非常に理不尽で、能天気に生きている琴葉は学年トップクラスの成績を誇り、真面目に板書をうつすもここの点数は芳しくない。


「…………」

「……どうしてぼくを見るかな?」


 泡子は言わずもがな残念な子だ。

 塾にも通って頑張っているのを知っているため、もここにはぜひとも報われてほしいものだが、果たして女神さまは微笑んでくれるだろうか。


「大丈夫ですよ、もここ。心配しなくも受かりますって」

「でも私、勉強苦手だしなあ。どうして受験しようと思ったんだろ」

「……気の迷いは誰にでもあるもの」

「フォローしたつもりだろうけど、フォローになってないぞ泡子」

「え」


 鏡を見て練習でもしているのか、完成度の高い悟り顔が黒こげクッキーのように崩れていく。

 くすくすと、もここが小さく笑みをこぼした。


「ありがとう、泡子ちゃん」


 ずずずと炭酸の抜けたジュースがストローを登る。

 しばらくの間、静かな空気が俺たちの間に横たわった。店内で流れる流行りの曲が身体に染みて一体化する。

 氷が溶けたらしい。

 がらっと、崩れる音がした。


「……あのね、みんな。少し相談したいことがあるんだ」


 またしても、話題を投げかけたのはもここだった。

 ふわふわな髪が空調に揺れて、表情を覆う。

 第一声は雑音にかき消された。


「もここ?」

「…………」


 喉を鳴らし。

 唇をしめらせて、彼女は再び挑戦する。


「消えたボールペンの行方を捜してほしいの」


 紡がれたのは意外な言の葉だった。

 ボールペンを捜してほしい……?


「あ、いきなりこんなこと言われても分からないよね! ごめん」

「いや、謝ることではないけど……」

「そうですよ。深呼吸でもして、わたしたちに聞かせてください」


 すうっと、もここは律儀に三回深呼吸を繰り返した。

 緊張がほぐれたのか、肩の力を抜いてこう切り出す。


「私が通ってる塾でね、不思議な事件が起こったんだ」

「事件?」

「うん、塾のボールペンが一晩のうちにみんな消えちゃったの」


 ボールペンが消えた?

 塾のボールペンというと、備品のことだろうか。


「誰かが盗んだじゃないか? 生徒の誰かが借りパクしたとか」

「……えっと、無くなったのは十本くらいだから誰かが返すのを忘れたとかじゃないと思う」


 なるほど……たしかにボールペンを十本借りパクすることはないだろう。そもそもボールペンを十本盗むメリットがわからない。


「何が発端だったんですか?」


 と、琴葉が話をうながす。


「昨日の火曜日の話なんだけどね、塾に行ったら塾長が混乱してて。夕方に開校するんだけど、教室に来たらボールペンが全部なくなってたんだって」

「ボールペンが無くなった程度でパニックになるもんなのか?」

「問題なのは泥棒が入ったかもしれないってこと。玄関と窓の鍵はしまってたらしいから、入れないはずなんだ」

「なるほど、つまりは完全密室だったわけですね!」

「店内では静かにお願いします」

「あ、すみません」


 しょんぼりと肩を落として席に座る琴葉。隣で安堵している泡子を見る限り、自分も調子に乗ろうとしたが出遅れて難を免れたってとこだろう。命拾いしたな。

 ……話を整理しよう。


「月曜日の閉校時点ではボールペンはあった。けれど火曜日の開校時点でボールペンは消えていた。つまりその間にボールペンが盗まれたと」

「でも施錠はされていて密室だった。鍵は塾長が持ってる」


 ボールペンが無くなっただけとはいえ、不可解な点が残る出来事だ。いつもの心霊まがいの謎ではないとはいえ、考えがいがある。


「佑哉君がいつもの雰囲気に変わりました!」

「……面倒事は御免とか言ってるわりに、ノリノリ」

「素直じゃないですよねー」

「ふ、二人とも……」


 ……別にノリノリとかではない。ちょっとしたスキップくらいだ。もここが間を取り持ってくれなければダイナミックチョップを二人にお見舞いしているところだぞ。

 それはさておき、もここが俺たちに相談を持ちかけてくれたのだ。真面目に考えるとしよう。

まずは状況を把握することから。


「もここが通う塾ってのはどれくらいの規模の教室なんだ?」

「うーん、みんなが想像してるよりも小さな場所だと思うよ。学校の教室の半分くらいの広さかな」


 だとすれば休み時間にボールペンを盗むことはできない。

 人の目をかいくぐること自体、難しい。


「生徒の様子が確認できるよう塾長の席から教室を一望できる形になってるよ。うちの塾は個別指導の1対3で、生徒同士の間に区切りも敷かれてない」

「塾に行ったことがないからわからないが、先生一人と生徒三人で一組なのか?」

「うん。それが3、4組あって教室で授業をしてる感じ。学校の机を四つ向かい合わせに並べて正方形の席を作る……そう、学校の班活動みたいな!」


 なるほど、授業形態は班活動を思い浮かべればいいのか。それが教室に散らばって授業をしていると。

 ううん……。


「授業と休み時間中に誰かが盗んだってことは推理から外れるな」

「私もそう思ってる。こっそり盗むなんてできないし」

「じゃあ塾が終わってからですかね?」


 琴葉が最後のポテトを口にくわえる。

 この事件、思ったより厄介かもしれない。……首に手をやり、さすっている自分に気がつく。行き詰ったときにやってしまう癖だ。

 と、そのときだった。


「ああーっ‼」

「大声あげて、びっくりするだろう!」

「アイス食べたくなりました」


 唇についたポテトの食べかすをちろりと舌でからめとる琴葉。

 頭痛がしてきた。


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