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異世界転生を夢見るお前らへ  作者: 龍ヶ宮禅
9/19

あたしはゆうれい 上

 俺は幽霊になった。


 その幽霊は綺麗な黒髪をなびかせて歩く薄幸の美少女。下半身に脳みそがある欲望に忠実な男に幻想を見せてあげる代わりに素敵な性病をプレゼントする。


 哀れな男たちは地方都市の便利屋を目指す。高い金を払って性病を治してもらう訳だ。


 逆ギレした男たちには更に素敵なギフト。どれだけ網を張って追い詰めても煙のように消えてしまう不思議体験。幽霊少女は吸いかけのメビウスを置いて、紫煙といっしょにどこかに消える。


 退屈な現実が横たわっているだけの都会で、一筋の超自然的な体験ができる。ユニバーサル・スタジオも真似できない夢の世界へご招待。


 それでも本当はだれも不幸にならない。今回はそんな話。




 やっぱり臭かったな。許してくれ、俺はある本を読んでそれに影響されてるんだ。




 何をやっても上手くいかない日はあるものだ。今日がそれだった。


 まず朝起きてコーヒーを飲む。朝飯の黒パンをかじりながら金策を練る。客を待ってるだけじゃ海の中でゆらゆら揺れているイソギンチャクと変わらない。脊椎動物のできるところを刺胞動物に見せてやらねばならない。


 ベランダの椅子でコーヒーを飲んで、一服しようとタバコの箱を漁ったが中身は空っぽ。しかも運悪く瑞香からまとめ買いしたはずのアメリカン・スピリットが全部切らしていた。


 仕方なく瑞香がまとめ買いのときにおまけにつけてくれたメビウス・オプションレッドの五ミリを吸う。


 これがとんだ一品だった。一〇〇%オーガニックのアメリカン・スピリットのまろやかな味わいと違ってメンソールが強すぎてタバコ吸っているような感覚がまったくない。キシリトールガムを六コくらいまとめて口に放り込んだ感じ?上手く表現できない。成人してもしこの文章を覚えていられる酔狂な奴は吸ってみるのが早い。


 それもこいつには無駄な機能がぶち込まれている。フィルターの部分にカプセルが入っていて潰すと林檎の味がする、という。潰してみると確かに林檎だ。だが、駄菓子の林檎味のような化学合成臭い味わい。これならお祭りの林檎飴でもなめてるほうがまだマシだ。俺は二度とこのカプセルは潰さないと誓う。


 俺は落胆しながらお気に入りのリュックサックにこの自伝を書くためのノートパソコンを放り込んだ。


 ふと、バッグに手をつっこんでみると指先に煤が付く。嫌な予感がして中身を出してみると入れっぱなしになっていた携帯灰皿の蓋が開いて、吸い殻がバッグの中にぶちまけられていた。


 もうこれだけで凹む。おまけにパソコンに細かい煤が入り込んでしまったらしく起動しなくなった。東芝のダイナブック。日本製品の没落が悲しい。


 嫌なことはまとめて起こるもので、通信魔法ではるか彼方の街から呼び出しがかかった。


 相手は師匠。二人の子供の件で俺はすっかり弱みを握られてしまった。こうして師匠の魔法研究が忙しいときは呼び出しがかかる訳だ。




 ジョグジャカルタからはるか離れた都市。バンダルスリブガワンは転生者も異世界原住民も人口が集中する超大型都市だ。


 無論大学研究設備も充実している。師匠の仕事場もここにある。


「禅!ここに魔力注入!」


「禅!この書類を整理しろ!」


「禅!何度言ったら分かる、書類は魔法陣の製法の――」


 禅!禅!禅!師匠は人使いが荒い。


 師匠は骸骨に薄い肉と皮膚をかぶせたような不健康な男だ。髪は適当な坊主で、牛乳瓶の底のように分厚いレンズの黒縁眼鏡を掛けている。東条英機みたいな風体。東大出身の筋金入りのエリート。


 今日は昼まで研究補佐の学生が講義で来られないらしい。それまでのつなぎに俺が呼ばれたということだ。いくら借りがあるにしても勘弁してくれといったところだ。


 ああ、アメリカン・スピリットが吸いたい。師匠はこのご時世に缶に入った骨董品のようなタバコを吸っている。一体どこから仕入れてくるんだろう?


 休みなく使いっ走りにされてようやく昼過ぎ、師匠から労働の任を解かれた。さあ帰ろう、そう思ったところで凄まじい騒音。


 車のクラクション。久しぶりに聞いた。改造しているのか重低音がやたら強い警笛。研究室の窓がびりびり震える。


「禅!帰るならあの車を黙らせてこい!」


 そんな無茶な。


「嫌だよ。どうせ勘違いしてる転生者だろ?あいつらとトラブルになるとろくなことがないんだ」


 師匠は丸めた紙を俺に無造作に投げつけた。広げてみると見たことのない魔法術式の羅列。


「変幻魔法だ。それを使って適当な人間に変身してあいつらを黙らせろ」


「こんなのもらっていいの?」


「構わん。件の子供二人のために開発した魔法の副産物だ。手慰みで開発しただけで大した魔法じゃない」


 ワーオ。さすが研究者は違う。


「あいつらを黙らせたら報酬で別の魔法術式もくれてやる」


「やけに太っ腹じゃん。さすが東大出身」


「あいつらは最近この街にきたチンピラだ。最近しょっちゅう騒ぎ立てて研究に支障がでている。それから」


 師匠は俺を睨んだ。メガネのせいで目がひどく小さく見える。


「私の出身校に略称を使うな、馬鹿にされているようで腹立たしい」


「さすが東京大学出身」


「禅、お前は私を馬鹿にしてるのか?」


 わけがわからない。エリートの考えることは不思議だ。



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