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異世界転生を夢見るお前らへ  作者: 龍ヶ宮禅
2/19

「お父さんを殺してください!」 下

 結局、俺がジョグジャカルタに帰れたのはそれから四日後だった。転移魔法を使って異世界中を飛び回った。


 俺が『ガラム』に入った瞬間、マスターは客がいるというのに叫んでいた。魔族の言葉だから内容は分からない。空き部屋にいるシモノフかズブロヨフカを呼んだんだろう。


 シモノフが血相を変えて走ってきた。それを追いかける二つの小さな人影。よかった。殺しても自殺もしていない。


「龍ヶ宮さんだ!」


「……」


 子供二人が俺の背後に視線をやった。老貴婦人といった小奇麗な佇まい。


「おばあちゃんだよ。私が死んじゃったのは二人があかちゃんのときだから、覚えてないかな」




「ほんとに?ほんとにおばあちゃん?」


「おばあちゃんだよ」


 世代を超えた邂逅。映画だったら感動的なハグを交わして大団円だが、現実はそう甘くない。まだ信頼しきれていないのだ。


「お母さんがいつも買ってくるパンの種類は?お母さんが持ってた大きな古時計は?」


「あの子、お金はないのにいっつも大麦パンを買ってたわね。見栄ばっかり張って。大きな古時計は私が小さい頃からあって、居間の真ん中にあるわ。お昼丁度になると赤い鳥に長い針と短い針が重なるの」


 子どもたちの質問を、老貴婦人はひとつずつ丁寧に答えていく。


「おばあちゃん……おばあちゃんだ」


 質問責めが終わると二人の子供はさめざめと泣き始めた。老貴婦人は二人を抱きしめる。


「おばあちゃん……?」


 女の子が顔を上げた。老貴婦人の顔を見て、それから俺の顔を見る。


「おばあちゃんの身体、どうして冷たいの……?」




 説明は子供にもわかるようにゆっくりゆっくり噛み砕いて説明した。ことの巻末はこうだ。


 はじめは俺も子供たちの祖母を生き返らせるつもりだった。魂と記憶とを呼び起こす魔法を異世界中を回って探した。


 たとえ死人でもその意識は、世界の何処かに残っているものである。中二臭い言い方をすればアカシックレコードとも言われている。残渣のように希薄な線をたぐり寄せることで、なんとか当時の意識を復元する事はできた。


 だが、一つ問題があった。死後、時間が立ちすぎていること。


 簡単に言えば、白骨化が進み、棺が朽ち、意識の復元ができても入れ物がない状態だった。


 適当にだれかを拉致してきてそいつの脳みそを引っ掻き回して廃人にし、老貴婦人の意識をクリーンインストールすることもできなくはない。だが、それをしたら俺は人間として本当に終わってしまう。


 それで目をつけたのが魔法人形だ。本来転生者が軍隊を作るのに使う技術。仮初の身体と劣化コピーの脳みそを積んだ忠実な下僕。


 これを完全な人間の脳みそに近づける作業に四日間のうち半分以上を費やした。そもそも人間らしさなど求められない魔法人形に人間らしさをプラスする。前代未聞の試み。倫理的に問題がありそうな「プロジェクトX」。


 そこで俺は人のツテを頼った。知り合いの転生者の師匠。こいつもまた曲者だったが、俺がやっていることをアカシックレコードにアクセスし事実関係を確認すると協力してくれた。


 かくして二人の子供は救われた。死んだはずの祖母が現れた母親は死にそうなくらい驚いていたが、俺やシモノフ、ズブロヨフカの再三に渡る説明の末ようやく分かってくれた。


 両親に暴力を振るわれても、老貴婦人が二人を守る。なにせ魔法人形は元軍用である。なんの技能もないただの酔っ払い男とメンヘラ女。むしろその気になればいつでも殺せる。


 二人の子どもたちはようやく家族というものを知る機会が与えられた。


 女の子に言われた。私達はあなたに何もしていない。申し訳ないと。


 感謝されたくてやったわけではない。俺がこうして活動するまでは異世界には児童虐待という言葉が存在しなかったのだ。俺の活動のおかげでそういう言葉が生まれるなら、それで誰かが救われるならそれでいいと。


 きっと現世でも同じようなことは何度もあったのだろう。LGBT。セクハラ。パワハラ。そういう名前が与えられる前の、名もなき被害の被害者は声を上げることもできない。


 どこの世界にもお人好しは必要とされている。今回がたまたま俺だったと言うだけだ。


 二人には大層感謝された。今から必死に勉強して、今回の件に協力してくれた師匠のもとで魔法を学ぶんだと意気込んでいる。


 あと二人は新しい名前を老貴婦人にもらうという。これからの人生をやり直すため。







 ここまで聞けば誰もが納得するハッピーエンド。これから先は胸くそ悪い人の汚さと醜い帳尻合わせの記録。気持ちよく読み終えたいなら、この先は読むな。今すぐ次の話に飛ぶことだ。読者諸君のために次の話は笑えるモノを用意すると約束しよう。もう一度書いておく。気持ちよく終わりたいなら、この先は読むな。







 二人の祖母の意識を呼び起こして一番にやったことは簡単な降霊術を使った問答だ。ウィジャ盤。こっくりさん。それらと同じ要領。


 質問はこうだ。


『お前は孫を愛せるか』


 わからない、という。


 次の質問。


『お前は子供を愛したか』


 無回答。


 次の質問。


『お前は子供を愛そうとしたか』


 即座にイエス。


 次の質問。


『お前は両親を愛したか』


 若干の間。


 ノー。


『お前は親を殺そうとしたことがあるか』


 ゆっくりと。


 イエス。


『お前は変わろうとしたか』


 イエス。


 最期の質問。


『お前は変われたか』







 ノー。







 結果的に俺と師匠は帳尻合わせを行なった。


 『模範的』な『普通』の家庭があった家族のアカシックレコードにアクセス。


 母親が子を愛する無条件の愛情をダウンロード。


 祖母の根幹部分にそれをインストール。本当はこんな簡単にはいかない。記憶と意識は結びついているから、アカシックレコードと見比べながらつじつまを合わせていった。


 かくして『祖母』は『老貴婦人』になった。


 老貴婦人はこのことをもちろん知らない。二人にも決して教えない。


 そんなことは、知らなくていい。


 二人が知るべきなのは家族の暖かさだ。人として持つべき基本的な信頼関係。




 俺は『ガラム』を出て家に向かった。アメリカン・スピリットに火をつけ、吹かしながら歩く。


 四日間まともな休息をとっていないから身体がひどく重い。あの二人のために金を使いすぎた。金策も考えなきゃいけない。


 しかしなぜだろう。今回の依頼は俺に対してマイナスの側面が大きかったのに晴れやかな気持ちだ。こんな気分になれるなら徳を積むのも悪くないかもしれない。

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