ボーカロイドの悲哀 下
ボーカロイドというものに馴染みはあるだろうか?
決して奴らはアニメのキャラクターなんかじゃない。ヤマハの方針でああいう外見だがれっきとした音楽制作ソフトウェア。アマチュアの作曲家の歌詞を一万円弱のギャラでいくらでも歌ってくれる魔法の専属歌手。
どいつもこいつもボーカロイドというと「千本桜」やら「メルト」やらが全てだと思っているやつが多すぎる。
マイナーでも良いボカロ曲を作るやつはいる。「Radwimps」みたいなかっこいいギターが好きなら「ナナホシ管弦楽団」や「はるふり」、しっとり系が好きなら「keeno」、テクノポップが好きなら「EZFG」のように、ボカロとは一つのジャンルであって音楽のスタイルはその中に細分化されるはずなのだ。
でもまあ、ボカロっていうジャンルが現世で確立したのも分かるよ。そういうアマチュアを全部ひっくるめるボカロっていう概念はわかりやすいよな。
だってプロフェッショナルがひしめき合ってるのに、わざわざアマチュアの音楽なんか聞かないよな。
俺の曲もそうだったから、それはよく分かる。
「どう、というと」
俺は思わず眉を寄せた。俺はカウンセラーでもこいつのマネージャーでも無いんだが。
「……すいません、こんな漠然とした質問で」
クミは頭を下げた。謝られても困る。
「でも、私はどうしたら良いのかわからないんです。私に曲を卸してくれていた作曲家の人たちは……」
クミはそこで一度区切った。淋しげな、それでいて諦念のこもった視線で床をなぞる。
「みんな、プロの音楽家に曲を卸すようになって私はお払い箱なんです」
「……そう落ち込まなくても良いんじゃないのか」
思わず思ったことが口に出た。
「お前は曲を歌って、ちやほやされたかったのか、自己表現だったのか、どっちだ?そこを取り違えるとこの先どんなに成功したっていつまでも悩み続けることになるぞ」
「……それは、どういう意味ですか」
「そのまんまだよ」
俺はタバコを咥えたまま答えた。
「創作なんて好き勝手にやればいい。子供がサッカーボールを蹴るみたいに、好きに歌えばいいだろう」
「でもそれじゃ食べていけないんです」
「お前、どういう作品が売れると思う」
クミは一瞬口をつぐんだ。
「……人の気持ちを代弁するような優しい言葉を告ぐんだ歌詞とか、耳に残るメロディとか……」
「違うね」
俺は短くなったタバコを灰皿に押し付けた。
「売れるのは客にとって都合のいいものだ。あなたの努力は私が見てますよ、あなたは今のままで大丈夫、ありのままでいよう、そんなんばっかりだ。
現実を見ればだれもお前の努力なんて見てないし自分を磨かなきゃ生きてけないしありのままのお前を愛してくれるやつなんかいやしねえ」
隣のシモノフが俺をじろりと睨んだ。この女を泣かしたらあとでこってり絞られるだろうか。
「……あなたの言っていることは矛盾しています」
気丈にもクミが反撃してきた。
「さっきは好きに歌えばいいと言っているのに、今度は都合のいいものがいいなんておかしいです」
「わかってるよ」
俺は新しいアメリカン・スピリットに火をつけた。
「俺は自分を満足させる形の創作しか知らん。ただお前はこういう考え方ができないと一生苦しむぞ。
今楽しめるように歌えばいい。今楽しいと思えることは、今が一番楽しめるんだ」




