ボーカロイドの悲哀 上
魔法を学び始めたばかりの駆け出し魔法使いがはじめに学ぶのは、なんの魔法だと思う?
フィクションの世界ではどいつもこいつも初心者が火球をぶん投げる。「ドラゴンクエスト」かよ。
本当の初心者が学ぶ魔法はライターの火より小さな炎を掌に灯す魔法。タバコに火をつけるにも、燃焼促進剤の入っていないアメリカン・スピリットだとなかなか火がつかないくらいの本当に弱い火力。
大体、魔法なんて不安定なものを扱うのに、はじめからエネルギーの塊を遠隔投法なんて出来ると考えるほうが間違っている。異世界原住民のうち、魔法が使えるようになるにも相応の訓練が必要になる。
魔法を仕事にしようと学んでいるやつが言われる言葉トップスリー。「向いてないんじゃない?」「夢見るのやめて真面目に働いたら?」「地に足をつけて将来を見据えなよ」どっかで聞いたことあるよな。お前も言われたこと、言ったこと、あるいは自分に言い聞かせたことあるだろ?
10万以下のエレキギターはおもちゃだと評するやつがいる。10万までのエレキギターは積んでるピックアップも、木材も、コストダウンの産物でどうしようもないクズだというやつがいる。
本来音楽とは音を楽しむと書く。たしかに楽器一つひとつの質が重要なのは分かるが、何もそこまで言わなくていいじゃないかと俺は思う。
『ガラム』のステージで五人の若いバンドが演奏していた。
曲目は『ヨルシカ』の『ただ君に晴れ』。ボカロP上がりのミュージシャンが作曲作詞した俺史上五本の指に入る名作。ボカロP時代の名前でn-bunaって聞いたこと無い?『透明エレジー』とか『ウミユリ海底譚』とか有名だと思うんだけど。今度聞いてみるといい。
小太りのエルフの少年がZennのドラムセットを叩く。バスドラムが空気を揺らす。やはり生演奏はいい。Line6のギターアンプから流れ出すグラスルーツのレスポール・モデルの音色は、ヘッドホンで聞くよりも重厚。
ボーカルの髪をツインテールにした少女の透明感のある歌声はタバコの紫煙の中の一筋の清涼剤。
演奏が終わって俺がシモノフと談笑していると獣人の少女が俺の前にやってきた。
「すいません、ちょっといいですか?」
よく見るとさっきまでステージで歌っていた少女。後ろにはさっきのドラマーやレスポールを握っていた少年少女が控えている。
「どうした」
「便利屋さんの転生者がこの店に来ると聞いていたんです。依頼したい事があるんです」
無言のシモノフからの視線。この巨人は意外に子供好きだったりする。いいパパになるだろう。
「わかったよ、話を聞こう」
「私、昔この街で歌手をやっていた終音クミと申します」
そこまで言われて俺はようやく少女の顔を凝視した。言われてみればどこかで見た顔。
「『万本楓』とか『融解』とか、聞いたことありませんか」
聞いたことがある。俺は頷いた。一時期若年層で流行っていた、気がする。
「私、プロになっても特定の作曲家の人だけにとらわれないような歌手でいたかったんです」
終音クミ。俺の流行に疎い脳みそをフル回転させてキーワード検索。プロアマ問わず色々な作曲家作詞家の歌を歌って異世界の音楽界に旋風を巻き起こした。一時はアイドル的な人気を誇っていたが最近は何かと埋もれがち。
「今回の依頼……というより、相談に近いかもしれませんが……」
クミは髪をかきあげて、困ったように眉を潜めた。
「私は、これからどうやって生きていけば良いんでしょうか?」




