死に損ない共のマスターベーション 下
俺は老害八人を七〇年前のジョグジャカルタの郊外に放り出した。天気は快晴。そいつらには生きていてくれないと困るので、望遠魔法で遠くから見物する。
意識を取り戻した一人が、何やら叫びながら他の老人を叩き起こす。
老人たちは何か話しながら、八人で肩を寄せ合っている。反対することしか知らない人間は行動がともかく遅い。俺はアメリカン・スピリットを吸いながら監視する。
二本めのアメリカン・スピリット吸い終えたあたりで、ようやく動き出した。道をゆく人々を見てはひそひそ話。盗聴魔法を使うとあらかた他人のファッションセンスがどうのこうの。
街のど真ん中に来て、馴染み(あるいは馴染みだった)店に来てようやく自分がタイムスリップの被害者だと気づいたらしい。ここからは俺の盗聴記録。
「おいどうなってるんだ。ここはまるで五〇年前じゃないか」
「いいじゃない、せっかくだから色々回っていきましょうよ」
「いいや、まずは衛兵を頼るべきだ。おれたちの経歴を聞けば分かってもらえるはずだ」
呑気なババアと頭の固いジジイ。またしてもここで一悶着。こいつら放り出して帰ってもいいだろうか?
ようやく動き出して、衛兵の詰め所へ。ヤンヤヤンヤと騒ぎ立てる老害に不幸な衛兵は眉を寄せた。
「仮に、あなた方が未来人だったとしましょう」
「ああそうだ。だからそう言ってるじゃないか」
「なら、未来の魔法技術などそれを証明できるものはありますか?」
老害たちが黙った。師匠ならこうはならなかっただろう。過去の栄光しか頼るものがないとこうなる。どうやら俺も老人から学ぶことは多いようだ。
連中がうろついているのを見て数人の動きが悪くなっているのがわかった。
シャツの色が変わるくらい発汗しているのは弓のように腰の曲がった男。歩きながら頭が前後左右に揺れる。
心配したババアを押しのけて、リーダー格らしきジジイが具合の悪い男を背負う。老老介護。美しい友情。あるいは女の前でカッコつけたがるのは男として生涯変わらぬ性なのかもしれない。
ふらふらしながら飲食店に入るが、無論まだ涼風魔法は一般向けには解放されていない。蒸し暑い店の中で冷たい飲み物を流し込んでいる。
「どうしてここは涼風魔法が無いんだ!」
「涼風魔法、良いですよね、いつ実用化されるんでしょう」
暇そうな獣人の店員が話に乗ってきた。
「なんでも猛暑に耐えかねた一部の若者が頑張って開発してるそうですよ。よく知ってますね」
「なんで早く実用化しないんだ」
「開発予算がおりないとか実用性に乏しいから魔法科学院が動かないとか、色々聞きますねー、でも一番大きいのは」
「なんだ」
「魔法なんかで周りの環境を変えるのは間違ってる!って。自分たちの先祖は自然の中で生きてきたのに、そんなものは必要ないって魔法科学院の重鎮が言ってるそうですよ」
「……」
「いらっしゃいませー」
店員は入ってきた客の相手に向かった。
日が暮れても暑さは引かない。人通りの少ない街路でとうとう一人が倒れた。顔が真っ青。人は案外簡単に三途の川を見る。
ぶっ倒れた男にリーダー格のジジイが声を荒げた。リーダー格の方も男を背負っているせいで体力はそろそろ限界。
へたりこんで熱帯夜の中で死にゆく老人達を見て、俺はゆっくり腰を上げた。
一日限りの神秘体験はそろそろ幕引き。
現代のジョグジャカルタの大通りに放り出したあと、俺はISDのレミントンをミーティングをセッティング。場所は前と同じ第一一大通りのラーメン屋。
「さすが転生者、行動が早いですね」
ガタイの割に少食なレミントンは半チャーハンをオーダー。
「これでどうにかなればいいんだがな。俺がとっちめたのは中核の数人だけだ」
「いえいえ、これで十分ですよ」
レミントンはにっこり笑った。
「熱狂的に反対運動する人間に引きずられてなんとなく反対してる人間って多いものですよ。言うほどこの国の老人は悪い人ばかりでない」
俺は年老いた人間達の思考回路を追体験しようとしてすぐに諦めた。あら捜ししかできない連中の言うことまで気にできるほど俺は暇じゃない。眼の前の餃子定食のことしか考えられないくらいが人間ちょうどいいのだ。




