死に損ない共のマスターベーション 上
その日は気温三〇度を超える真夏日だった。「カゲロウデイズ」でも流れていそうな快晴。俺は第一一大通りのラーメン屋に入る。「アメリカン・スピリット上下」では迷惑を掛けた。
エルフのおっさんが一人で回す小さな店。テーブル席が五つにカウンター席が八。俺はカウンターに座る。時間は昼前ということもあって客はまばら。
「醤油ラーメン一つ」
「お好みは」
「味濃いめ、麺硬め、脂多め」
俺は現世では二郎系ラーメンを愛していたが、あいにく異世界には無い。
出てきたラーメンは豚骨ベースのどろりとしたスープが特徴的なこってり系。脂とスープが分離している毎日食ったら健康に悪そうな外見。俺にとってはこれでもパンチが足りないので備え付けのニンニクをこれでもかとぶちこむ。それにラー油、胡椒を加える。
異世界に豚やニンニクがあるのかって?どこの世界でもカウンターパートになるような動物や食材はある。それをここで独自設定として名称を垂れ流してもサムいだろ。
ラーメンを食っていると新しい客が来店した。獣人、それも珍しい獅子人族。でかい図体を窮屈そうに縮めて俺の隣に座ったそいつは自然な素振りで俺に話しかける。
「私はレミントン・コンコードです。このような打ち合わせの形になって申し訳ない」
「かまわない。そっちも事情があるんだろ」
「はい、私が表立って転生者に依頼する訳にも行かないもので」
いかつい外見なのに、紳士的な対応。
「この国には今深刻な病が蔓延しています」
「異世界赤十字には頼れないのか?」
「そういうものでもないんですよ……」
レミントンはエルフのおっさんが出した辛味噌ラーメンにゆっくりと手を付けた。
「熱中症です」
アメリカ出身の転生者が持ち込んだ制度で、ISD、Independent School Districtというものがある。それっぽく訳すなら地域独立教育機関。文部科学省がそれぞれの地域ごとにあるようなもの。
レミントン・コンコードはジョグジャカルタのISDの幹部格。
「涼風魔法はご存知ですね」
俺は頷いた。氷属性魔法と風属性魔法の合わせ技で作られた魔法。要するに異世界版クーラー。
俺は知らないが開発にはなかなか時間がかかったらしい。人間、二つのことを同時に出来るようには作られていないのだ。歩きスマホしているやつが駅のホームから落ちるのと同じ。
「今このジョグジャカルタでは涼風魔法の魔法陣を教育施設に設置するか否かで議論が紛糾しています」
「逆に、なんで設置しないって意見を支持しているやつがいるんだ?」
「なんでも、子供が環境に対して弱くなるとか、高齢者が自分たちの若い頃はなかったからそんなものは必要ないと。むしろ涼風魔法を設置する魔法陣を組むにも金がかかる、そんなものは無駄だと」
俺はため息をついた。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすというが、実際はそんなことはしない。自分の子供を千尋の谷に突き落として教育したつもりになるのは人間だけだ。




