百人に一人のハズレくじ 下
ワーオ。俺はこれだけでなんとなく理解してしまった。『普通』を追い求める真面目な男。思い当たる節々。
「ウィンチェスターはなにか問題を起こしたことはあったのか?」
「無いと思います」
シウコアトルは断言する。
「色々な人の心の声を聴いてきましたが、称賛する声や嫉妬する声こそあれ、間違ったことをすれば真摯に謝罪できる人間でした」
「わかった、ありがとう。ところで」
俺はちょっとした疑問を口にする。
「俺の心からはどんな声がする?」
「……それは」
水の巫女は困ったように髪をかき上げる。
「……知らないほうが良いと思います」
オーケー。提案を受け入れよう。
俺はもう一度ウィンチェスターの個室に戻った。仕事用の机に置かれたノートを開く。遺書みたいな丁寧な字で記録が並ぶ。
余白に蛇がのたくったような乱雑な字。
『お前が悪いんだ』
『全部お前のせいだ』
『死んでみろクズ』
『死ぬのが正しい』
『今すぐ死ね』
鉛筆と一緒にペン立てにささっていた肥後守。
乾ききった血がこびりついていた。
「……息子の自殺の原因がわかったんですか」
「はい」
やりたくないことをやらなきゃいけない瞬間というものは人生で何度もある。
「あなたの息子さん、ウィンチェスター・レキシントンは統合失調症を患っていたと考えられます」
統合失調症。インターネットの軽薄な掲示板では『糖質』なんて略語もある(『統失』打ち間違いではない)。「池袋ウェストゲートパーク」の「真島誠」も言ってた。『実態は変わらないのに、意味だけどんどんぼかされていく。おれたちはそのうちセックスのことを遺伝子撹拌作業なんていうようになるのかもしれない。なあベイビー、今夜おれと撹拌しないかなんてね』
「あの……統合失調症というのは、そんな難病なんでしょうか。病に侵されて死んでいくのを恐れて、自殺したということでしょうか」
無知な異世界原住民に対して知識を披露して拍手喝采を望んでいる君には『異世界はスマートフォンとともに』を勧める。きっと気に入るはずだ。俺はアイスクリームの下りまで読んで投げたけど。
統合失調症は大体百人に一人くらいで発症する精神病。お前の高校中学が総生徒千人なら、統合失調症患者は十人。多いと取るか少ないと取るかはお前次第。
症状はまさに十人十色。自分の行動が監視されてるなんて言い出すやつもいれば、宇宙人の電波で攻撃されてるとか、世界が今にも破滅するなんて言うやつもいる。
いつだって世間は馬鹿にできるネタを探すから、「統合失調症の患者が書いた自画像」なんてものを晒し上げるウェブサイトもある。ウィンチェスターも何らかの症状が出ていたんだろう。詳しいことは本人にしか分からない。
ウィンチェスターの親父さんが帰ったあと、俺は音楽を掛けた。「ELLEGARDEN」のベスト盤。一曲目の「My Favorite Song」が流れ出す。
ボーカルの細美武士の名言。
『みんなさ、日々闘いあるだろ?負けんじゃねーぞ。ツラいときは家族とか友達とか頼れよ。でさ頼る人がいないときは、音楽に頼れよ。俺はずっとそうしてきたから』
人生、音楽に頼るだけで上手く行くなんてことはないのだ。上手く行くやつもいるかも知れないが、ユニバーサルな手法にはなりえない。
友人の転生者である神宮寺瑞香は決してリストバンドを外さない。同じように、俺も死ぬまでタンクトップは着ない。




