百人に一人のハズレくじ 中
ウィンチェスターの部屋は軍人のものらしく整然としている。簡素な机には数冊の仕事の記録を示したノート。六畳の部屋に趣味のものは隅に置かれたYAMAHAのクラシック・ギターだけ。三本の音叉のロゴ。ナイロンの弦。
「そこの梁で首を吊っていた」
藤宮は努めて冷静な声で言う。
梁はだいたい一五センチ、ロープを掛けて首を吊るには十分。
ねじ曲がった釘が、梁に突き刺さっていた。
「この釘は?」
「わからん」
「多分、ウィンチェスターはここで一回首を吊ったんだろう」
「馬鹿な、なんで梁に縄をかけずに釘なんて打ったんだ」
「意図して失敗しようとしたんだろう」
「そんな無駄なことをしてなんになる」
「人の心はそんな簡単じゃないぜ」
自殺というのはトライアルアンドエラーの産物だ。俺も自分の体重でビニール紐を何本も切った。
自殺者が死にたいという確固たる意志を持っていると思ってはいけない。希死念慮とはつまり『死にたい』と『生きたい』の境界を反復横跳びしている状態なのだ。
「自殺未遂の記録を追っていこう。首吊りだけじゃないはずだ」
経験者はかく語りき。
第三中隊の戦士たちに話を聞きたかった。藤宮はミーティングのために戻っていった。
藤宮に付き従っていた二人の獣人はスミスとウェッソンと言う。無口で頑強。Gショックみたいな奴ら。
「ウィンチェスターは最後の派兵のときも普通だった」
「戦闘にも手は抜かなかった。剣を振るって、魔物の首を落とした」
称賛。もう本人に届くことはないけれど。
「戦闘中に自ら自分の命をなげうつような行動をしたことはあったか?」
「ない。あいつはたとえ殺す相手でも敬意を払っていた」
無双系なろう小説の主人公に爪の垢を煎じて飲ませたいね。たとえフィクションでも、人を殺すということには相応の責任が伴う。登場人物然り。作者ならなおさら。
「でも、ちょっと不思議なことを言い出したことはあったかな」
「どんなことだ?」
「曰く、俺は『普通』の人間か?って」
『普通』とはなんなのか。『凡庸』ということか、それとも『均一』ということか?
「ウィンチェスターの使っていた剣を見せてもらえないか」
スミスとウェッソンは顔を見合わせて、二言三言交わしたあと、『サンノゼ』を出ていった。戻ってきたときは一メートルちょっとのバスタードソードを大事そうに持っていた。
バスタードソード。切ることに適したゲルマン系の剣と、突くことに適したラテン系の剣の混血、だからバスタード(混血)と呼ばれる。考えることは現世でも異世界でも同じ。
この刀剣は決して芸術作品ではない。だが、大事に使っているのが分かる。どこまでも真面目なやつだったんだろう。
バスタードソードの剣の柄は鹿の角。加工のしやすさと手頃さ。そして鹿人族の彼にとっては特別な意味があったのだろう。
「鹿人族の角は、普通の鹿と同じように生え変わる」
ウェッソンがしみじみと言う。
「鹿人族は生まれて始めて生えた角で剣かナイフの柄を作るんだ。成人したとき、その剣を与えられる。そこからすべての鹿人族は一人前の戦士として扱われる」
一人前の戦士。お前はこの剣を持って何を考えていたんだ?
『サンノゼ』の小さなステージで、パフォーマンスが始まった。ひらひらした際どい衣装で踊る、魚人族特有のヒレのような耳を持った美しい女。
際どい衣装なのに、不思議とエロスを感じない。長い手足はまるで体操選手のように引き締まっている。胸の双丘は生き物のように弾む。両手に持った波打った刀身をもったナイフが水面のように煌めく。
スミスが耳打ちした。
「あの魚人族の女にも聞いてみろ。魚人族の巫女だったが、色々あってこの街にたどり着いたと」
「あの女はウィンチェスターの情婦がなにかか?」
「そういう噂もあった、だがあの女は人の心が読めるらしい」
異世界の古明地さとり。
「わたくしシウコアトル・ブエノスアイレスと申します」
しずしずと魚人族の女が自己紹介。
「転生者の龍ヶ宮禅だ。ウィンチェスターの自殺の理由を追ってる」
じっと俺の目を見て、それから後ろのスミスとウェッソンを見やる。無言で頷く。それでとりあえずの信頼を得られたらしい。
「あんたは人の心が読めると聞いた。ウィンチェスターの心の動きを読んだことはあるか」
「心を読む、というのは表現が適切ではありません。流れ込んでくる、のほうが正しい」
シウコアトルが訂正する。
「私はこうしている間にも、色々な人の心の中身を聴いている」
「ウィンチェスターはどうだったんだ?」
「上手く表現できないのですが……」
シウコアトルは眉間に皺を寄せた。
「例えば、誰かに叱責されたあとの人間の頭の中には、叱責した人間の声が反響している。中隊長の声だったり、傭兵団長だったり。
だれかに嘲笑されて屈辱を受けた人間だったら、そのだれかの嘲笑の声が響いている。
ウィンチェスターの頭の中にも叱責と嘲笑の声が響いていました。でも不思議なのは、その声がウィンチェスター自身のものだったことです」




