百人に一人のハズレくじ 上
『俺達が生きているこの国では、毎日百人近く人間が音もなく消えていく。
そのうちのほとんどは報道されることもなく、身近な者以外には知られる機会もない。ただある日突然、そいつはこの世界から消えうせて、やつがいた場所に真空の傷を残していく。いっちまったやつは、まあいいだろう。だが残されたものはたまらない。
だってそこにあるのは、あらゆる疑問や感情を吸い込む完璧な真空なのだ。なぜ、どうして、もっといっしょにいたかったのに。残された者が無数に投げる言葉は、ただ誰もいない空間に飲まれていくだけだ。返事はない。解答もない。理解も、納得もない。永遠に続く一方通行の問いかけである。それは日々の暮らしのなかに口を開けた透明な深淵だ。永遠に閉じることのない傷口なのだ。』
「池袋ウェストゲートパークV 反自殺クラブ」、「文春文庫」、「石田衣良」186ページより抜粋。
曰く、退役軍人の自殺率は凄まじく高いという。米軍の例では一年で八千人。PTSDが原因だとか、人を殺すことがもたらすストレスだとか、ゲテモノでは戦死した戦友に呼ばれるとか。まあ色々原因は考えられる。
今回俺の元に依頼を持ち込んだ依頼人もそういうことを考えているようだった。
鹿のような立派な角を生やした獣人。五十歳くらいの男。
「私の息子は」
つぶやくように言った。
「勇猛な戦士でした。村でも有数の剣の腕がありましたが傭兵になってもっと稼ぐんだと、ジョグジャカルタにやってきました」
ありがちな話。
「私の元に届いた手紙では、ジョグジャカルタで一番の傭兵団の入団試験に受かったと。これから頑張るんだと」
でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、ロック。だからこの話はここでお終いなんだ。――「ブラックラグーン」「広江礼威」は天才。
「傭兵団から連絡がありました。寮で首を吊って自殺したと」
ご愁傷様。
「遺書は?」
鹿人族の男は一枚の黄ばんだ紙を取り出した。
『私、ウィンチェスター・レキシントンは一身上の都合により自殺致します』
簡潔。丁寧な字。
「私は」
ウィンチェスターの親父さんは絞り出すように言った。
「私の息子がどうして自殺したのか知りたい。たとえ私のエゴでも、どうしても知りたい」
そんなことをしてもウィンチェスターは帰ってこないと言いかけて、やめた。
そんなことは本人が一番良く分かっているはずだから。
俺は便利屋でも、「銀魂」の「坂田銀時」のような人間でもない。「池袋ウェストゲートパーク」の「真島誠」のようにこわれたガキの友達が多いわけでもない。ニコチン中毒のフレンズは今回役には立たない。結局足を使う。
ウィンチェスターの所属する傭兵団は名を『サンノゼクラン』と言う。事務所代わりの酒場は『サンノゼ』の看板を掲げる。
夜になって、俺は『サンノゼ』に踏み込んだ。ジョグジャカルタ随一の傭兵団ということもあってただの荒くれ者の集まりではないらしく、酒を飲んで暴れるような人間はいない。
「マスター、ジンライムを」
マスターの魔人族の男が手際よくカクテルを作る。
「なあ、マスター。ウィンチェスターって男を知ってるか」
魔神族が赤い瞳でこちらを睨んだ。
「たとえ死んでも、俺達の仲間を侮辱することは許さん」
後ろから声がした。いつの間にか三人の男が立っている。真ん中のリーダーらしき人間の男に、付き従う二人の獣人の男。
「お前は誰だ」
「龍ヶ宮禅。転生者の便利屋だ。ウィンチェスターの親父さんの依頼で動いている。自殺の理由が知りたいと」
「……古賀峯一だ。『サンノゼクラン』の第三中隊のリーダーと努めている」
警戒したまま古賀が言う。
「ウィンチェスターはどこの中隊に所属していたんだ」
「俺の第三中隊だ」
古賀がふーっと息を吐いた。俺のとなりに座る。ウィスキーのオンザロックをオーダー。
「なにか、おかしい様子はあったか」
「特には、なかった」
「借金とか、人間関係は」
「あいつは真面目だった。借金なんてするわけがない。人間関係も真面目そのものだ」
「ウィンチェスターの寮の部屋を見せてもらえるか」
「俺達が調べた後だが」
「筋金入りの軍人と、便利屋の俺じゃ目をつけるところが違うかもしれない」
「……」
「転生者は現世で何をしてこの世界に来るか知ってるか」
古賀は首を横に振る。
「自殺だよ」
俺が使ったのは一メートル98円のロープ。ジョイフル本田はあの世行きの片道切符も手配してくれる。チケットぴあもびっくり。
自殺は退役軍人と文学家だけのものではないのだ。これを読んでいるお前も無関係じゃないかもしれない。「WANIMA」の歌詞みたい人は生きていけるものではない。




