あれからちょっとした自分の変化
それからの私は、憑りつかれたかのように、カフェ・ラベンダーのサボンへ通うようになっていた。
営業でこの付近に来た時はもちろんのこと、仕事の帰りなども一日一回は足を向けていた。その店の存在は私の一日の励みとなっていた。外回りでそのまま退社になることも多い。家へ帰る方がずっと近い所からわざわざ、ここでのドリンク一杯のために電車を乗り継いだこともあった。
私はすぐにラベンダーのサボンの大きいのを買った。商品として売られている実物は、丁寧に包装され、裏面に関西方面で製造された住所が書かれていた。ネット販売もされているようだ。この場所にも興味を持った。うちの会社でもこうした化粧石鹸を取り扱ったらどうかという意見を出したこともある。
しかし、わが社では、そういう高級感のある固形石鹸を需要に合わせて少量だけ作るこだわりに渋面が作られた。それよりも家族で年齢を問わず誰もが使える液体せっけんや、すでに泡立てた洗顔用せっけんの方が売れるということで却下されていた。
気に入ったと言うと、硬派っぽいイケメンマスターの顔が意外なほどクシャリと崩された。この人、見かけよりはずっと素朴な人なんだろう。そんな性格が笑顔に表れていた。
どうしてこのカフェはラベンダーのサボンっていうんだろう。そしてなぜ、カフェで石鹸を売っているんだろう。そんな疑問もわいた。ここにきて、そのことを訊ねる人も多いと予測できる。
でも敢えて私は訊ねようとはしない。いつか誰かの話の断片に、このことが耳に入ってくるかもしれないという期待を持っていた。
常連さん同士のこぼれ話などだ。そう、例えば、こんなふうに。
≪ねえ、知ってる? ここのマスターって夜中に石鹸づくりをしてるんだって、とか、親戚の人がそういう店を経営しているらしいよ。その名前を広めるために店で置いているって聞いたよ≫など。
それらはすべて私の想像である。その通りかもしれないし、全く違った理由で置いている可能性大だ。そんなことを思いながら、コーヒーを飲む。楽しかった。
ここにいる客のうち、何人が週にどのくらいここを訪れているんだろう。なぜ、ここに入ろうと思ったのか。私のように、このカフェの名前に惹かれてここを訪れた人もいるに違いない。そんなことを思いながら、周りの人に目を向けていた。
いくら気に入ったカフェでも私は長居はしない。時には、コーヒーのテイクアウトだけのために寄るということもある。カフェに通うということだけだが、ずっと味気ない毎日を送っていた私の生活は、なんとなく活気を帯びていた。ここに来たいという願望をかなえることで幸せを感じるようになった。
人とは、こんなに小さなことで幸せになれるんだという発見につながった。
そのカフェを見つけてから一か月が過ぎた。少しは私の生活も張りをみせていたが、社内では相変わらずの存在だ。一匹オオカミってこと。
休憩中に声をかけられれば答えるが、自分からは話しかけようとしない。特にプライベートでは皆無だった。きっと想像もつかない産物みたいに思われているかもしれなかった。
その方が好都合だった。