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私は鹿嶋 郁という。小学校の時は名前を書くのが大変だったけど、今はすごく気に入っている名字だ。
それでも昔から人付きあいが苦手の不器用な女子。背は高い方で遠くから見ると少年と間違われることもある。それだけのっぽで凹凸のない体だ。髪は手入れが必要ない程度のシャギーカットのショート。色気はゼロ。
気づくともうすぐ三十歳になろうとしていた。
今日は定時に仕事場を出た。
いつもは少し残業をして、他の人たちとの退社時間をずらして帰る。仕事が終わった解放感に沸き立つ、あの明るい雰囲気が苦手だったから。でも、今日は残業をする気も起こらず、他の皆の帰り仕度が整う前にさっさと席を立っていた。
エレベーター前で、総務部長が若い女の子たち四人を連れて、ワイワイ騒いでいた。その会話から察すると、これから食事兼飲み会をするらしい。
私はそういう場に誘われない人種だったから、気にも留めないで一緒にエレベーターに乗った。しかし、その部長は私のことをよく知っていた。私はつい先月まで商品開発部に属していた。一日に一度はかならず総務部へ書類を提出するために通った所だった。
軽く頭を下げた。向こうもこっちを誰なのかわかったようだ。笑顔を向けてきた。
「ねえ、鹿嶋さんも一緒にどう? 大勢の方が楽しいからさ」
それはおそらく気を使って誘ってくれたんだと思う。一体どこの誰が、私がいた方が楽しいって思うのかという疑問。だって、その証拠にその言葉が発せられたほんの一瞬、周りの女子たちが固唾を飲み込んだ様子がわかったから。そう言われた私もそのうちの一人だったが。
気のいい、空気の読めない部長。そんな心遣いもちょっぴりうれしかったが、余計なお世話だった。気前がいいから若い女の子たちが寄ってくる。それを自分の人気ととらえてしまっている。人のいい部長のことをそんなふうに考えている自分に嫌気がさした。
なんて嫌な人間なんだろう、私って。ただ、好意で声をかけてくれただけなのに。 同時に部長が哀れに思えてきた。
私は無理して笑顔を作り、今から約束があるからと丁重に断った。その後のほんの数分、いや数秒ものエレベーターが苦痛だった。やっと一階に吐き出され、私は誰にということもなく、その空間に一礼すると、後ろも見ないで歩き出した。
会社のビルから出て足早に歩きだす。後ろから女子社員たちの賑やかな笑い声が聞こえていた。そんな風にはしゃぐ女子たちを可愛いとも思うし、時にはうるさいとも思う。私の若い頃でもそんな笑い声を立てず、はしゃぐこともなかった。いわゆる、無愛想で愛嬌なしの可愛げのない女子社員。最初から窮屈感を匂わせていたらしい。年を重ねた今でも周りに笑顔を振りまけない不器用な私は、孤立していた。