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ウィッチ

作者: 文代 呉波

 朝、学校に着くと、もうミツキはいた。席を通り過ぎるときに軽く挨拶をして、荷物の整理をしてから彼の席に行く。彼は僕の高校での数少ない友達の一人だ。出会ったのは高校に入ってからだが、気が合うというか何というか、気づいたら二人でいた。僕たちは学校に来ると、いつもしゃべっている気がする。勉強や部活に、最近はまっていることとか、ふと思い立ったどうでもいい話とか。

 午前の授業が終わって昼休みになる。授業中とは打って変わって、教室内に柔らかな空気が流れてくる。数人のグループで集まって一緒に昼ご飯を食べたり、他のクラスやベランダで集まっていたり、一人で黙々とさっきの授業の続きをしていたり。僕たちは僕の机をはさんで食べながら喋っている。

 「あのな、」とミツキが話しかけてくる。「昨日さ、『ユメタビ』っていうゲームを見つけたんだ。面白そうだったんだけど、ユウは知ってる?」いや、と言って、どんな内容なの、と聞いた。

「えっと、舞台が主人公の夢の中なんだ。その夢の中の八つの世界でそれぞれアイテムを見つけて敵を倒すゲーム」

 面白そうだね、と言うと、ミツキは少し饒舌になってまくし立てた。

「だろ?やってみてよ。それに出てくる敵がさ、すっごくかわいいんだよな。特にウィッチってやつ。名前の通り魔女っぽい恰好してるんだけど、帽子がブカブカで目が隠れてるところがいいんだよね」

 分かった分かった、と落ち着かせて、やってみるよと言っておいた。あれだけ言われるとしないわけにはいかないだろう。

 部活が終わって家に帰る。ご飯を食べ、お風呂に入り、課題を済ませてやっと自由時間になる。パソコンを立ち上げ、「ユメタビ」をダウンロードした。ゲームの開始画面は黒背景にタイトル、はじめからの選択肢だけという簡素なものだ。ゲームを始めると、まず説明が出てくる。夢の中に行くと、色分けされた八つの扉があるさいしょのへやという場所に着く。それぞれの扉に入ってアイテムを見つけ、敵を倒す。八つの敵を倒し、夢から覚めるとゲームクリア。説明を聞く限りはシンプルだ、と思った。

 ゲームはよくあるRPGとは違った雰囲気に思えた。扉を開けるとそこは、広大な荒れた街だったり、壁が蛍光色に光る建物の中だったりする。そしてその世界の中には主人公とアイテム、そして敵しかいない。夢の中だからどこへでも行けて何でもできるというイメージなのかと好意的に受け取った。

 さんざん迷ってとりあえずアイテムを集め、敵を全員倒しきると、もう夜も遅くなっていた。


 もやもやした気分のまま次の日になった。「……で、どうだった?」とミツキに聞かれた。面白いのかよく分からなかった、と言うと、失敗したとでもいうように顔をしかめた。

「そっか。まあ、あれは雰囲気を楽しむやつだから、アイテムとか敵とか、考えないで一回やってみてよ」

 その夜もまたはじめからゲームをした。覚えている場所が多くてすぐにもクリアできたが、ミツキが言っていたように夢の中をぶらぶらと歩いた。するとそのうち考えることがなくなってきて、この部屋はどんな意味があるんだろうとか、そこにあるものの意味を考えるようになった。

 例えばミツキお気に入りのウィッチ。身長は主人公より少し低いくらいで、明らかに大きいサイズのローブを着て魔女のトレードマークともいえるとんがり帽子を目元まで深くかぶっている。紫の扉の部屋にいるそいつは、クマのぬいぐるみを渡すといなくなる。ぬいぐるみはもともとウィッチのじゃないかな、一人で探しまわっていたんじゃないかな、とも思うが、いろいろな解釈ができそうだ。


 考察しながら夢の中の旅は進み、ゲームをクリアして寝た。ちょうど自分がゲームの中の世界に行った夢を見た。学校に行き、ミツキにそこそこ楽しめたと思うと言った。

「良かった。やっぱり先に言っておいたほうが良かったな」二周目だから余裕があったとも言えるし楽しめたから大丈夫だ。そうそう、それで昨日、自分が八つの扉の前に立っている夢を見たんだ。

「へえ、色んな扉を回ったの?」ああ、そうだけど自分が行きたいところってわけじゃなくて。全部の扉を適当に巡っただけみたいな。アイテムもないし敵もいないし。

「いいじゃん。ゲームの世界を体感できるなんて、いいなあ」

 ミツキは本気で羨ましい表情だ。毎回思うけどすごい顔に出やすいなあ。


 それから毎日、夢を覚えていては、それを話のネタにした。しかし数日経つと忘れてしまうので、ノートに夢の内容を思い出せるだけ書いておくことにした。夢日記みたいなものだ。

 脱獄したらいつのまにか校内でゾンビゲームが始まっていた夢。ゲームの影響を受けすぎだろと言われた。

白黒の世界で探し物をする夢。昔のテレビを見ている気分で新鮮だった。

やたらと歯が抜ける夢。歯が関係する夢は何かメッセージがあるらしい。

夜の学校でウィッチと会う夢。会話の内容を忘れたと言ったらものすごく残念な顔をされた。

ラーメン屋でラーメンを頼んだら豚骨スープだけが入ったお椀が来た夢。今度一緒に食べに行くことになった。

ミニトマトでリバーシをする夢。意味が分からないのは僕も同じだ。


 一カ月もすると夢の話をすることが多くなって、ミツキも夢日記を書くようになった。夢日記を書き続けて思ったのは、日が経つのと一緒に、夢にウィッチが出てくる回数が増えてきたということ。遠くから見つめられているだけときもあるが、気づいたら目の前に立っていたり、叩かれてすぐに逃げられたこともあった。ミツキに、どうにかならないのかな、と聞いてみても、「会えるだけいいじゃないか……」と悲しい顔をされてしまうので相談するのはやめた。

 その日の夜。ぼろぼろでコンクリートがむき出しの廃病院の一室にいた。扉はなく、ベッドと古びたラジオだけだったが、休憩をするにはまずまずの場所だった。扉側の壁にもたれかかっていると、ウィッチが現れた。なんでいるんだと言ったが、ウィッチは数秒黙っていた。そしてぽつり、「きらい」と呟いて、どこからか分厚い装丁の本を取り出した。

 本を開き、理解できない言葉で呪文を唱え始める。僕ははじめ少し困惑していたが、次第に怖くなってきて、夢から覚めろ、とひたすら念じた。しかし一向に覚める気配はなく、ただ異様に思われる言葉が延々と聞こえるだけだ。怖い。体の芯から震えが来る。ウィッチが唱えるのを止め、間をおいて何かを口に出す前にやっと夢から覚めた。思わず、なんだったんだ、と声が出た。


 学校に行ってミツキを見つけると、挨拶もそこそこに見た夢のことを話した。

「ひえー怖いなあ、もしかしたら本当に何かあったりして」怖いこと言うなよ、と少々涙目になったが、しゃべっている内にあまり気にならなくなってきた。心が軽くなった気がして、席に着く前に、ありがとうと軽く言った。ミツキは苦笑いをして、短くおう、と答えた。

 その日は特に何事もなく、ほっとしながら家に帰った。母に、どこか具合悪いんじゃないの、と聞かれたが、具合が悪くなるようなことはしていないと言った。いつもより早めに寝た。


 教室に入ると、ミツキとウィッチが楽しげに会話をしている。どうしてこいつがここにいるんだ。夢を見ているのか?それとも現実で幻覚を見ているのか?驚いている僕に気づいて、ミツキは「やあ、どうしたの」と当たり前のような顔で聞いてくる。ウィッチは顔をこっちに向けたまま黙っている。震え気味の声で、いや何でも、と言った。

「もしかしてケンカでもしたの?」

してないと思うんだけどね。ウィッチはまた「きらい」と零した。夢のときのように本は持っていないようだ。気まずい雰囲気になってしまい、間を取り繕おうとミツキが必死にしゃべっている。気悪くしちゃったなあ、ごめん、と言って自分の席に戻った。授業もあまり頭に入らず、一日中気分が沈んでいた。

 家に帰って、「ユメタビ」をしてみた。嫌われている理由が何かないかと思った。少し進めたところで大事なものを忘れていたことに気が付いた。アイテムのクマのぬいぐるみ。あれを渡せばいなくなってくれるんじゃないか。


 学校に行くと、ミツキが一人でいた。ウィッチはいないんだね、と言うと、「何の話?」と不思議な顔をされた。覚えていないならしょうがないと特別話す気にもならず、適当にはぐらかした。

 部活が終わってから、近くの大きな店でクマのぬいぐるみがないか探してみた。ゲームでのデザインに似ていそうな、首に赤いリボンをつけたテディベアを選んで買った。家に持って帰ると、母に怪訝な顔で見られた。深くは聞かれなかった。


 朝起きると、買ったはずのテディベアはすっかりいなくなっていた。仕方がないので学校に行くと、ウィッチがいた。おはよう、と言ってもやはり返事はない。どうやらミツキはいないようなのでなんとかしゃべりかけてみる。

 どうしてそんなに怒ってるの。「……」昨日さ、ウィッチに渡そうと思ってテディベアを買ったんだけど、今朝見たらなくなっててね。「……それじゃない」

 思わず、えっ、と漏れた。ウィッチは続ける。

「欲しいのはそれじゃない。特別なもの。私が取りにいけないから、ユウが取ってきてくれるって言った」そっか。それじゃあどこにあるか教えてくれないかな。

「もう知っているはず」と言うと、背を向けてどこかへ行った。

 放課後、先生に職員室に来るように言われた。職員室の方へはほとんど行かないので迷子になりかけた。途中で変なところに入ってしまったのか、見覚えのない廊下に出た。教室の扉が並んでいたが、一つだけ紫色の扉があった。ゲームでウィッチがいたのは紫の扉だった。この中にあると確信めいた気持ちが浮かんだ。

 扉を開けると、ゲームの中とは全く違う、ものが積み上げられている狭い物置部屋だった。段ボールや教科書の束にまじってラッピングされた箱が置いてあった。その箱を持って職員室へ向かった。

 廊下から室内を見ると、先生と一緒にウィッチがいた。ついでに渡してしまおうと箱を持って職員室に入ると、いつの間にか職員室ではなく、教室にいた。ウィッチは箱を見て口元を緩めた。「ありがとう」と言われて、「ユメタビ」の主人公になって、一つ役割を果たした気分になった。

 「私はまだ、そこにいるから。忘れないで」と言って、ウィッチは砂が風に吹かれるように消えていった。そこで目が覚めた。僕は急いで夢日記を書いた。部屋には赤いリボンをつけたテディベアが置いてあった。


 ミツキに夢を一通り話すと、ミツキはなるほどとでもいうように大げさにうなずいた。何の事か聞いたら、

「いや、昨日、妙に落ち込んでたなって思って。そういうことだったんだな」と言われた。

「テディベア、ちょっと違うらしいけど大切にしろよ」

あれからウィッチが夢に出てくることはない。きっとあのぬいぐるみを持ってどこかへ行ってしまったんだろう。ゲームはもう開かないことにした。

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