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終 章 3


 タイトは、フォレスティン村とファルフォス王国との国境に立っていた。

「さて、ここまで来るのに、人目を忍んでいたためとはいえ、四日も掛ってしまった。自分の足の遅さに、自分で驚いてしまったよ。書置きを残してきたとはいえ、アスリーンのことだ、もしかすると、既に・・・」

 そう言うや、否や、タイトは、背後の(くさむら)から自分に向けられた殺気を感じた。そういうことには、(うと)いタイトでも感じるほどの殺気である。相手に隠す気が全くないのだ。

 タイトが、振り返ると、叢から、何者かが飛び出して、襲い掛かってきた。

「うおーっ」

 タイトは、襲い掛かってきた者を優しく抱きとめた。それでも攻撃の手を緩める気配のない相手に対して、タイトは、許しを乞うた。

「ア、アスリーン、分かった、許してくれ、アスリーン」

「貴方、あんな紙切れ一枚で、私から逃げ切れると思ったの。甘いわ。例え、地の果てに逃げても、必ず、探し出して見せます」

「すまない、アスリーン。君とフラニーの生活を僕の勝手のために壊すことが僕自身には耐えられなかったんだ。君とフラニーの幸せを踏みにじる権利は、僕にはないからね。何よりも、君たちには、返しきれない恩義があるのに、僕の我が儘(わがまま)に付き合ってくれなんて言えやしないよ」

 タイトが、そう言うと、アスリーンは、怒りの余り、タイトの頬を引っ叩いていた。

「貴方、私たちが不幸になるとすれば、貴方を失ったときだけです。私は、貴方の我が儘についていきたいの。私がついていきたい気持ちは、私の意思でしか止めることはできないわ。そして、私には、その気はありません。だから、だから・・・お願い、私たちも連れて行ってください、貴方・・・」

 アスリーンは、泣いていた。タイトは、叩かれた頬を抑えながら、アスリーンを自分のもとに引き寄せた。


「御免、アスリーン。僕は、君から嫌われることを恐れて、コミュニケーションを取れなかったようだ。

 エミリオ将軍のことは言えないな。でも、僕は、魔王と呼ばれることになる男だよ。それも自らの意思で、その道を歩むことを受け入れた男だ。今更、変えることはできない。その道は、険しく、遠い。きっと苦労を掛けることになる。

 でも、僕も、もう、自分に嘘はつけない。悔いのない明日を迎えるため、アスリーン、フラニー、僕についてきてくれ。

 絶対に守るなんて、確かなことは言えないし、言ったところで、そんな確かな明日を迎えることは僕にはできない。

 でも、僕は、魔王だから嘘つきなんだ。だから、言うよ。君とフラニーのことは、絶対に守ってみせる。

 これは、僕が生きている明日ならば、必ず、実行される。これは、僕が生きるための絶対条件だよ、(たが)えることはない」


 タイトに、そう言われると、アスリーンは、唇を重ねてきた。タイトは、当然のように、それを受け入れた。そんな二人の間には、例え、娘であるフラニーでも立ち入ることはできなかった。

「貴方、ついていきます。ついていかせてください。愛しています。例え、貴方から嫌われても。貴方の隣にいる女性は、どうか、いつまでも私でいさせてくださいね」


「僕に、その権利はないよ。僕にあるのは、君が、ずっと、そう思ってくれるように、君のことを思い続ける気持ちだけだよ。

 例え、その気持ちを君から否定されようとも、君の心が僕から離れようとも、僕にとっての真実は変わることはない。

 そして、必ず、君を、もう一度、振り向かせてみせる。何度でも、諦めることなく。何故なら、君を愛している。

 だから、僕は死なないよ。そして、生ある限り、君のことを思い続ける。君といる幸せを誰にも渡したくないからね。

 僕は、魔王だから。絶対に、どんなことがあろうと、君を諦めたりしない。執念深いんだよ、魔王って奴は」


 そこまで、聞くと、さすがに、娘であるフラニーも黙っていられなかった。もう、とっくに限界を超えていたのだ。

「あぁ、馬鹿らしい。いい加減にしてね。見てるこっちが恥ずかしくなるわ。少しは、見せつけられる娘のことも考えてよね。男が、皆、パパのような人ばかりじゃないのよ。私、人間不信になっちゃうわ」

「え、すいません。フラニー、つい、自分の気持ちに正直になり過ぎて、お前のことを忘れていたよ」

「パパ。パパが、そんなことだから、ママが、危険も(かえり)みず、飛び込んでいっちゃうのよ。もう少し、確りしてください。時には、『愛している』じゃなくて、『この馬鹿者』ぐらいの言葉を掛けてみたら、どうなの」

「え、パパの中には、ママとフラニーに対しては『愛している』という言葉と『ありがとう』という言葉の二つしか存在しないんだ。他の言葉をパパは知りません。フラニー、こんなパパについてきてくれて本当にありがとう。そして、愛しているよ」

「フーン、本当にパパは口が達者なんだから。陛下や将軍、そしてママのことは、丸め込めても、私は、そうはいきません。誤魔化しても駄目です、パパ。パパが、魔王と呼ばれようと、私は怖くはありませんからね。みんなはパパに甘すぎます。そのお腹を見てみなさい。ハッキリ言って、パパは、不細工です。カッコいいと思っているのは、ママだけです。ママは、変わっているうえ、目が悪いんです。だ・か・ら、私が、確りと鍛えてあげるから覚悟しなさい」

「えぇー、勘弁してください、フラニー様。助けてくれよ、アスリーン」

「魔王よりも、うちの娘は強いんだから、諦めなさい。でも、フラニー、私も、パパが痩せて、これ以上、カッコよくなることはないと思います。今でも十分にカッコ良いですからね。だ・け・ど・も、健康のために、もう少し、痩せてもらうと言うのなら話は別です。大いに賛成です。フラニー、厳しく鍛えておあげなさい」

「はい、ママ。ママのお許しが出ましたから、ビシビシとスパルタ方式でいきますからね」

「ひぇー、お許しください、誰か、助けてー」

 タイトは、自分では走り出したつもりでいたが、その歩みは遅く、あっという間にフラニーに取り押さえられ、観念させられた。

 アスリーンは、その姿を見て、本当に自分は幸せなのだなと実感できた。そこで、アスリーンに、ある疑問が生じた。

「ねえ、貴方。今回のシャインソール王国の事件は、陛下やダグ、エミリオ将軍、そしてアルテア王妃たちが、愛を失った辛さから起きたことなの。そうだとしたら、私たちも、そういう風になるのかしら。あんな恐ろしいことを起こすような魔王になってしまうの」

 娘と大騒ぎしていたタイトの表情が、真剣になるのを感じ取り、フラニーは黙って身を引いた。

「アスリーン、それは、とても難しい質問だね。いいかい、また、同じことを言うが、あくまでも、これは、僕の意見であり、万人の真実とは限らない。それでも良ければ話はするけど、それで構わないかい」

 勿論(もちろん)、アスリーンに反対する意思はなかった。アスリーンは、タイトに先を即すように無言で頷いた。


「分かった。では、僕の意見を言うよ。

 愛のために、死ねるという表現を使う人がいるが、それは間違いだ。愛のために共に生きることが、正しいと僕は思っている。つまり、愛とは、互いに育むものであり、どちらか一方が欠けても成り立たないものなんだ。

 だから、愛のためには、どちらも死んでは駄目だ。それで、この前の話のときに僕は、君たちのために絶対死なないと宣言したんだよ。僕は、アスリーンとフラニーを本当に愛しているからね。

 問題は、愛する者を失った時点で、残された者は当然、愛を育むことは、もうできない。では、残された者は、何を育むのか。

 実は、愛は盲目と言われるぐらい、純粋なものなんだ。そして、その思いは、(ただ)ひとりに向けられている。そう、愛する人にだ。

 ここで、もうひとつ、同じような作用をする思いがある。それが、怒りだ。怒りは、非常に純粋で、怒りの対象にだけ向けられる。

 そう、つまり、愛を失った者は、愛に非常に近い思いにすり替えて、ひとりで怒りを育んでいくことになるんだ。

 そして、その怒りを育まないためには、如何するかなのだが・・・・。これが、非常に難しいことなんだよ。それでも、言えることは、今日、この瞬間、悔いを残さないほど、相手を愛し、相手から愛されるために一生懸命努力することだと僕は思っている。

 愛する者を失って、怒りを育むことになるのは、失った相手に対して悔いがあるからだ。そのため、もっと愛したい、相手から愛されたいと言う愛の気持ちが、強い怒りの気持ちに変化するのだと思う」


 そこまで言って、タイトは首を振り、アスリーンを見つめ、喋り直した。


「・・・、(いや)、それこそ詭弁だ。僕は、確実な未来はないと言っている。それで本当に悔いがないかは、その時にならなければ分からないことなんだ。だから、努力すべきは、アスリーンとフラニーが生き続けいく努力をしてもらえるように、僕の愛情の深さを理解してもらうことなんだ。つまり、この瞬間に君たちが生きていることが悔いのない人生なんだよ。

 そうか、そうなんだ。やっと分かった。悔いのない人生を迎えるために必要なことは、自分が相手以上の努力をすることによって、相手にも努力をしてもらうことなんだ。僕ひとりの努力では、絶対に悔いのない明日を迎えることはできないんだよ。だから、愛は、二人で育むものなんだ。

 人は、生きるために行動する。だから他人を求めることは、生きるためなんだ。つまり、人は、一人では生きられない。

 人は、自分と他人との間にある隙間を関係によって埋め、人間という集団として共に生きていくんだ。その集団としての最小単位が、アスリーン、君とフラニーと僕とで作り上げた家族というものなんだ。

 人は、一人では生きていけない。だから集団として最も堅固な家族という集団を形成しようとする。

 人は悔いが、積もり積もると後悔となる。後悔があると、人は生き(づら)くなるんだ。だから、悔いのない明日を迎えようと努力する。

 つまり、悔いのない人生は、イコール愛する家族と共に生きていくことなんだ。共に生きるということは、共に努力すること。どちらか一方の努力だけでは、成立しないんだよ。

 ありがとう、アスリーン。君は、本当に最高だよ。僕の心に光を照らしてくれた」


 そう言って、タイトはアスリーンを抱き上げ、口づけを交わした。そうなのだ、悔いのない明日は、決してひとりでは迎えられないのである。愛する者がいるからこそ、今日、この瞬間に悔いがないのだ。タイトは、自分の間違いに気がついた。

 自分ひとりの努力で悔いのない人生を送っていたなどと、何を(おご)り高ぶっていたのか。自分を非常に恥た。しかし、それを気づかせてくれたのは、他でもない、愛して止まないアスリーンなのである。それが、非常に嬉しかった。自分が愛する人は、何て素晴らしい人なんだ。その事実が、本当に嬉しかったのである。

 一方、アスリーンも、また、嬉しさの余り、涙を浮かべ、タイトにキスのお返しをして、喋り出した。


「何を言っているの。本当に素晴らしいのは貴方よ。そうよ、未来のことなんて分からないわ。だから、お互いが生きる努力をするのよね。

 もし、明日死ぬことが分かっていたら、誰が生きる努力をするのかしら。分からないからこそ、努力できるのよ。

 だから、私も努力するわ。貴方に負けないくらい。その努力を認めてもらって、貴方に努力してもらって、私より長生きしてもらうの。

 そして、私は、貴方に看取られて天寿を全うするのよ。こんな幸せな人生はないわ」


 アスリーンが、そう言うと、黙っていられないというように、タイトが口を挟んできた。

「おいおい、ちょっと待ってくれ。それだけは譲れないぞ。生きる努力に関しては、絶対に譲れない。だから、君の方が、僕より長生きしてもらって、僕を看取ってもらうんだ。これだけは、絶対に、そうしてもらう」

「あら、それはどうかしら。貴方の体型からしても、努力不足だと思うけど」

「あ、あー、言いましたね。こ、これは、脂肪が詰まっている訳じゃないんだ。頭に栄養を行き渡らせるために、一時期蓄えているに過ぎないんです。君だって、その体型じゃ、栄養不足なんじゃないのか」

 そんな、夫婦の会話を聞いて、口を挟むのも、もう馬鹿らしくなり、フラニーは、独りで歩きだしていた。その姿に気付いた二人は、慌ててフラニーを追いかけた。そして、二人だけの会話は続く。

「君がいるから、生きられるんだ。共に努力して、共に永遠の園に旅立とう」

「ええ、私も貴方がいるから生きられるの。愛しているわ、共に旅立つ、その後も」

「ずーと、一緒だ。アスリーン。例え、君から別れると言っても、やっぱり、別れてやらない」

「あら、私は、絶対に別れるなんて言いません。例え、貴方が、別れたいと言ってもね」

 二人は、笑いながら、フラニーを追いかけていった。今日も、タイトは、幸せな人生を送っているのだ。



最期まで読んでいただき、ありがとうございました。

大変拙い文章で、申し訳ありません。

人と人との繋がりこそ、人生における宝だと思っております。

皆様方と拙い作品を通して繋がれたことを心より感謝して、共に生きていけるよう、頑張っていきたいと思います。

本当にありがとうございました。

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