第一章 シャインソール王国 3
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アルテアは、今日も独りで寝室にいた。ルーファスと結婚して三年が経っているのに、ルーファスが、アルテアの寝室を訪れたのは、結婚した日の初夜だけであった。その時も、アルテアの手を握ることすらなく、三時間ほど、椅子に腰かけて読書に耽っているだけだった。
確かに、アルテアも好きこのんで、このシャインソールに嫁いで来た訳ではない。だが、ルーファスの態度は、とても許容できるものではなかった。自国では、国民から王国一の美女と言われてきた自分である。その自分をルーファスは、全く女性として扱ってくれないのだ。
自分の立場は、理解しているつもりである。もう自分の住む場所は、このシャインソール以外に存在しないのだ。だからこそ、自分の立場を守るためにも、何としても世継ぎを儲けなくてはならない。それなのに、ルーファスの態度は、夫としても一国の王子としても理解ができない。
そんな日々が一年も続くと、アルテアの心の中でもルーファスの存在意義は、王太子妃という地位を確立するだけの存在と化していた。そう決断すれば、元々が一国の王女であったアルテアである。その自由奔放な性格が目立つようになってくる。
二年前から城に出入りしており、懇意とするようになった宝石商から高価な宝石を買い付け、その宝石で着飾った姿を披露するべく、頻繁に舞踏会を開くようになった。購入する宝石の代金も舞踏会を開く費用も全て税で賄われている。しかし、アルテアは、そのようなことを全く気にする様子はなかった。
アルテアは、どうにも寝つけないので、夜風に当たるため、窓を開けた。すると、心地好い風がアルテアを包み込み、室内の澱みも消えた。気分が良くなると、耳を澄ました訳ではないが、夜風に混じり、声が聞こえてきた。
「なぁ、お前は、どう思う」
「そうだなぁ、確かに、ルーファス王子には、まだ、お世継ぎもいないし、日頃の言動を見ていると、やはり、フランク王子の方が、次期国王にむいているだろうなぁ」
「そうだよなぁ、ルーファス王子は、短絡的で、気性も激しい方だ。それに比べて、フランク王子は、聡明で思慮深い方だ。やはり、次の国王になるのは、フランク王子であって欲しいものだなぁ」
「そうでないと、今や世界最強の王国となったシャインソールも六代目にして、その権威を失うことになりかねない」
「そうなったら、また、初代国王時代に逆戻りだぞ。毎日戦争、戦争と、俺たちは戦場を駆け巡り、常に命を危険に晒すことになる」
「冗談じゃねぇよ。俺たちは、全く戦争の経験がないんだぞ。今更、戦国時代に逆戻りされても困るじゃねぇか。」
「もし、戦争が始まったら、俺は少しでも有利な国に移り住むぞ」
「そうだな、隣国のファルフォスがいいんじゃねぇか」
「あぁ、ファルフォス王国は、シャインソール王国に次ぐ、王国だ。シャインソールが無ければ、間違いなく、世界一の王国になれる。だから、ファルフォスの国王は、シャインソールのルーファス王子に、最愛の王女であるアルテア様を嫁がせたのだからな」
「そうなれば、シャインソールとの間に血縁関係が生まれ、ファルフォスは安泰という訳だ」
「だがな、そのアルテア様が問題だ」
「全くだ。ルーファス王子だけでも問題なのに、そのお妃様ときたら、王子に輪をかけた我が儘ぶりだ。国中の民がお妃様の金遣いの荒さに辟易としている」
「そうなんだよなぁ、王子も問題あるが、あのアルテア様の方が、今は問題だよな。なんせ、このままいけば、国庫が空になり、間違いなく、将来的には、また税が上がるという噂だぜ」
「そんなことになったら、二世の時代に逆戻りだ。ルーファス王子は、そんなことも理解できないのか」
「あぁ、また、王国の権威は失墜することになる。そうなれば、先の話の通り、周りの国が黙ってはいまい」
「どう転んでも、戦争か。本当に、夫婦揃って困ったものだ」
どうやら、夜警に当たっている兵士たちの会話のようである。夜警といっても、この世界最強の王国に攻め入る者などいる筈もなく、名ばかりのものであった。そのため、夜警に当たる兵士たちは、常に退屈しのぎに、アルテアとルーファス王子の悪口を言っているのである。
しかし、アルテアは、そんなことでは、既に動じなくなっていた。そのような陰口は、とうの昔から耳にしていたのである。アルテアは、笑っていた。
「明日は、宝石商を呼んで、ミランダに、七日後の舞踏会で着るドレスに合わせた宝石を見繕ってもらわなくては、間に合わなくなるわね」
アルテアの心は、既に七日後の舞踏会に飛んでいた。アルテアの心には、シャインソール王国のことなど全くと言っていいほど存在していない。
「私は、世界最強の王国のトップレディになる女性なのよ。その私が、世界で最も輝いていなくて良いはずがないわ。この王国には、世界一輝く女性が必要なの。そう、それが、私なのよ」
アルテアの心の中には「自分のことを如何に美しく魅せるか」、それだけしかないのである。
「王国など如何でも良い。私の美しさが、皆の心を動かすのだから」
アルテアは、そう言うと、大きな声で笑った。その声を、先ほどの噂話をしていた兵士たちが聞きつけた。
「また、アルテア様が大声で笑っているよ」
「あぁ、全く、この夜中に迷惑だな。幸せ過ぎて気でも違っているんじゃないか」
「その幸せは、俺たちの不幸の上に成り立っているんだぜ、好い気なもんだよ」
「なんで、俺たちは、ルーファス王子やアルテア様なんかを警護しなくてはならないんだ?なあ、何でだ」
「それは、お前、仕事だからに決まっているだろう」
「そうだよな、俺たちも家族を養わなくちゃならないからな」
「全ては、金のためだ。金が無ければ、明日の飯にもありつけねぇ」
「あんな奴らのためだけなら、とうの昔に警護なんか、辞めてらぁ」
そう、二人が話していると、突然、声を掛けられた。
「おい、お前たち、いい加減にしろ」
暗闇の向こうから、馬に跨った男が近づいてきた。世界最強のシャインソール兵団を率いるエミリオ・プラーム将軍である。エミリオは、カスバーン家と並び、貴族の中でも名門であるプラーム家の現頭首なのだ。
父であるアルフレッド・プラームから昨年家督を譲り受け、頭首となったばかりである。しかし、そんなことは関係なく、このシャインソール、否、この世界では、エミリオの名前を知らない者はいない。
何故なら剣の腕においては、最強のシャインソール兵団の中でも随一であり、皆からはクライス・ド・ソール一世、またの名を剣聖シャインソールの生まれ変わりと称されるほどなのだ。いくら平和になったとはいえ、まだまだ、剣の力は大きく、その腕前の高き者は、皆から羨望の眼差しで見られるからである。
「いつまでも、くだらない話をしているのなら、反逆罪を適用して、今、この場で私が成敗してくれる。早く、持ち場に戻らんか」
エミリオ将軍の真剣な眼差しに射抜かれた夜警の兵士たちは、
「申し訳ございません、直ぐに警備に戻ります」
そう言って兵士たちは駆け足で、その場を去っていった。
エミリオは、上を見上げて、アルテアの寝室の窓が閉まっており、明かりが消えていることを確認した。そこで、独り佇み、考えた。
「最強ということも考えものだな。敵がいない現在、シャインソール王国は平和そのものだ。しかし、それが、このような問題を抱える原因になるとは、初代、クライス・ド・ソール一世様も、さぞや悲しまれていることだろう」
そうなのである。平和な時代が長く続いたために、シャインソールは、最強とは名ばかりな存在となっている。もし、今、他国からの侵略があれば、本当に、この王国を守ることができるのだろうか。平和ボケした兵士たちの顔が思い浮かばれた。特に、ある男の顔が大きくエミリオの脳裏に浮かんだのである。




