第五章 魔王の真実 4-2 <後編>
確かに、城に出入りしていることは知っていた。それをミランダ自身が、自慢していたのだ。しかし、ダグが、タイトの言葉の中で一番引っ掛かっているのは、ミランダのことを六世が愛しているという部分ではない。
「タイトさん、ミランダの復讐と言っていましたね。そして、ミランダが、現在も行方知れずという事実から、導き出される答えとは、まさか・・・」
「そうだよ、ダグ、陛下の強い思いから察すると、ミランダは、もう、この世にはいないだろうね。どうでしょうか、陛下」
六世は、落ち着きを取り戻しており、確りとした口調で答えた。
「タイトよ、本当に、お前は何者なのだ。まるで、あの場に、実際にいて体験したように喋りおる。そう、タイトの言うとおり、ミランダは、余に別れを告げに来て、その場で、自分の胸に短刀を突き立て、この世を去った。ミランダの遺体は、余が、自ら、ミランダと密会の場所としてきた城内にある余専用の保養地に埋葬した」
ダグは、そのことは、既に理解していたが、未だに理解できない事柄がある。それが、ミランダの死とキャサリンたちの因果関係である。
「で、でも、それが、キャサリンの死と、如何つながるというのですか」
「ダグ、人の心は繊細で非常に脆いものなんだよ。君も知ってのとおり、ミランダは、村一番の美女と言われていた。おそらく、ミランダにとって自分の美しさだけが、生きることへの自信となっていたのだろう。ミランダは、お城に出入りするまでは、村でも全く目立たない娘だったと記憶しているが、どうだい」
「えぇ、確かにその通りです。タイトさんの言うとおり、お城に出入りするようになってから、自分の美しさを鼻に掛けるようになりました。だから、村の女性たちから爪弾きになっていたのです」
「君たちは、ミランダが、自分の美しさを自慢していると言うが、本当に、そうなのかな」
「それは・・・、しかし、ミランダは、やれ、王妃様から呼ばれて忙しいとか、今度のお城の舞踏会に呼ばれていると、女性たちに言いふらしていたんです。そんなことを聞けば、村の女性たちは、ミランダが自分の美しさを自慢していると思うにきまっているじゃないですか」
「確かに、ダグの言うとおり、ミランダの話を聞かされている方は、そう、感じるだろうね。況してや、君は、直接、キャサリンから、そういう気持ちになった事実を聞いている。しかし、それは、聞かされている側の事実であり、それを話しているミランダの本心を言い当てている訳ではない」
「そんなことは、ありません。ミランダは、間違いなく、自分の美しさを自慢していたんです」
「よろしい、ダグ、そこまで、言い張るならば、直接、ミランダから聞いたんだね。
もし、ミランダと直接話していないなら、何故、分かるんだい。その根拠を述べられるかい。
人の心の中は、絶対に他人が覗くことはできないんだよ。況してや、時には、自分自身のことが、自分で理解できないほど、人の心は複雑なんだ。そんなミランダの心を自分の思い込みだけで判断してはいけない。
そもそも、その判断ミスが、今回の悲劇を呼んだんだよ」
ダグは、頭を大きなハンマーで、思いっきり殴られたような衝撃が走った。確かに、ミランダと直接話してはいない。そんなミランダの気持ちを、ダグは、理解したような気でいたのだ。
そして、その間違った判断が、キャサリンを死に至らしめた本当の理由だったとは、自分が今まで踏みしめていた確かな大地が崩れ去り、奈落の底に突き落とされた気分である。
「私が三日前に登城が遅れたのは、ミランダのことを村の皆に聞いていたからなんだ。
そこで得た情報から察するに、キャサリンたちは、今まで、ミランダから自慢話を聞かされてきた鬱憤から、言い合いになったようだね。
それが、ダグ、君がキャサリンにフォレスティン村の集会場で告白した当日の朝だったようだ。自分たちは、村祭りで質素な恰好で踊っているときに、ミランダは、その美貌を利用して、城の人間をたぶらかしてお城の舞踏会に参加するなんて許せない、と言うような旨の言い合いだったようだ。
そこで、ミランダは、口論から、たまたま手が出てしまった村の女性によって、かすり傷を負うことになってしまったんだ」
「ちょっと、待ってください。まさか、そんなことでミランダは自殺したのですか。だって、傷と言っても致命傷ではなく、かすり傷程度なんですよね。そんな、馬鹿なこと・・・」
ダグが、言い終わる前に、タイトが口を挟んだ。
「ダグ、先ほども言ったが、人の心は、繊細で脆いものなんだよ。
ミランダにとって、自分の美しさは、生きるための活力だったんだ。かすり傷を受けた場所は、おそらく、前髪で隠れる、額部分だったと思う。そうでなければ、その場で、ミランダ本人が半狂乱になって暴れていたはずだからね。
そんなことが起これば、皆の心の中に強い印象として残っているはずさ。でも、実際には、私が、聞かなければ思い出すこともない些細な出来事だったんだ。
ミランダは、キャサリンたちとの口論の後、城に上がるため、失礼がないように、一度自宅に戻って、身支度しなおしたのだろう。そのときに鏡に映る自分の姿に、驚愕したに違いない。額に、ほんの僅かな、かすり傷を発見したんだ。
それで、ミランダには十分だった。自分を支えてきた美が、傷つき、汚れてしまった。そう思うと、生への活力はなくなり、自然と死の淵を彷徨うことになったのだと思う。それでも、最後に陛下のもとにやってきたのは、愛ゆえなのでしょう」
六世は、その場面を思い出したのか、両目を抑えていた。
「ダグ、君なら分かるだろう、愛する人を失う苦しみ。君もキャサリンを失った事実があれば、それだけで復讐の動機としては十分だったはずだ。だから、君は、陛下が、どのような理由でキャサリンの命を奪ったかを知るよりも早く、復讐のために動いたのではないのかい。つまり、ダグ、君が、どんなに否定しようと、陛下がフォレスティン村の女性に復讐したい気持ちは、ミランダの死と言う事実だけで十分なんだよ」
タイトの言葉を、どうしても受け入れたくないダグは、反論を試みた。
「でも、タイトさん、あいつは、ミランダを傷つけた張本人ではなく、無差別に村の女性を殺したんですよ。そんなのは、復讐ではない。ただの快楽殺人だ」
タイトは、悲しい顔になり、ダグに諭すように語りかけた。
「ダグ、陛下も君と同じ気持ちだと言ったはずだ。君は、何故、直接キャサリの命を奪っていない貴族を手に掛けたんだ」
そのひと言で十分だった。ダグは、全てを理解した。
「そう、例え、直接、手を下していなくても、その場で傍観する行為は、殺人を肯定していることと同じである、と陛下が同じように考えることが理解できないのかい」
ダグは、両膝をつき、自由の利く右腕を石畳に叩つけた。何度も何度も、タイトが制止するまで続けた。右手の拳が割れて、血が滲んでいた。
「ここで、陛下が村の女性たちに手を掛けるに至る動機を、もうひとつあげてみたいと思います。それは、正に、最初にお話した国王から引き継がれる教えにあります。
先代の五世陛下は、歪められた教えを伝えられ、更に、その教えを自らの考えで歪めていったのです。
その結果、六世陛下に、その教えが伝えられるとき、五世陛下は歪んだ教えのとおり、自分の意思を抑えず、実行することが正しいと思い込んで伝えてしまいました。
三世陛下、四世陛下、そして、自分の代の現在に至るまで、もう十分に国民の信頼を得たと確信した五世陛下は、今までの歴代陛下よりも、自分の権力が大きいことを周りに顕示してみたくなったのです。
その自分の欲望のことも、おそらく、五世陛下は、六世陛下に伝えたのだと思います。その結果、神隠しという伝説にのっ取って数人で抑えてきた欲望を、一気に何倍にも増やす計画を立てたと思われます。
その数は、ひとつの村の人間を全て犠牲にするような計画だったと私は考えていますが、陛下、どうでしょうか」
「フン、余は、もう、驚き疲れたわ。またしても、余と父との会話の場にいたように話しおって。寸分たがわず、現実と一致しておる」
「ありがとうございます。ここで、問題が起きました。五世陛下の標的に挙げられた村が、フォレスティン村なのです。そう、陛下の愛してやまぬミランダのいる村です。当然、庶民の女と恋に落ちたなど、城の人間が知るはずもありません。当然、父親である五世陛下に知らせるわけにはいきません。そこで、陛下は、父である五世陛下の暗殺を決意されたのです」
「な、なんですと、先代陛下は、ご病気でお亡くなりになったのではないのですか。陛下自ら、お手を下したのですか」
驚きのあまり、ジェラルドは、いきなり口を挟んでしまった。
「フン、余にいつも薬を調合してくれる医師に、父の呑む薬に毒を混ぜるように命令したのだ」
六世は、いとも簡単に、父親殺害を認めたのである。
「陛下、結局、陛下も歴代国王同様に、教えの呪縛から逃れられなかったのですね。陛下は、恐怖を持って、薬を調合する者を支配し、自分の意思を貫かれて先代陛下のお命を奪ってしまったのです。おそらく、ミランダの命を守るためもあったでしょうが、父親である先代陛下に押さえつけられたことによってできた心の隙間に魔が差したのでしょう」
すると突然、ここまで、全く喋ることのなかったアルテアが、大きな声で笑い出した
「アハハハ・・・、これで全てが理解できましたわ。この国で起こっている不吉な出来事は、全て狂った国王と、愚かな庶民が起こしたこと、全く、馬鹿らしい限りですわ」
「王妃様、何を言われるのです。仮にも陛下は、王妃様の夫なのですよ。その人を支えることなく、突き放すなんて、私には、許すことができません。そもそも、陛下の心に、別の人が入り込んだのは、全て、貴女の所為ではないのですか。貴方が、国民の血税で私利私欲を貪り、贅沢三昧な日々をお過ごしになったからです」
アスリーンは、同じ妻という立場にあるアルテアの考え方が許せなかった。相手が、この国のトップレディであることなど、頭から既に消えていた。
それに、アスリーンがアルテアに対して言ったことは、全国民が知る事実なのだ。今更、隠し立てする必要はない。
「フン、何も知らない、庶民の女が何を言っているのです。王国女性のトップに君臨する、この私が、誰よりも華やかでいることは当たり前ではありませんか、アハハハ・・・」
アスリーンの我慢が限界に達しようとしていた。この女が全ての元凶なんだ。自分中心の考え方など、先ほどまで六世に抱いていた思いと同じである。つまり、この女こそが魔王なのだ。
アスリーンが、いよいよ、アルテアに飛び掛かろうと身構えたところに、タイトの制止が入った。
「止めるんだ、アスリーン。固定観念で見誤ってはいけないよ。王妃様、確かに、今、アスリーンが言ったように、王妃様が、シャインソールで起こっている件で果たした役割は、非常に重要なものであります」
「タイト、貴方も、あの女と同じように、私の普段の生活が陛下を狂わせたと言うつもりなのですか」
アルテアの質問を、タイトは、真っ向から否定した。
「いいえ、私は、そうは思いません」
「そうであろう。私は、何も悪いことはしておりません」
「いいえ、それも違います」
「え、それでは、どうだと言うのです」
「王妃様は、もっと直接的に、この件に関与しているのです。どうか、その長い手袋をお外しください」
アルテアは、タイトの瞳に宿る強い意志を見て取った。何者も逆らうことを許さない強い意志である。もう、アルテアは、逆らうことなど無駄であることを悟ったのだ。黙って、左右の手袋を脱ぎ捨てた。アルテアは、全員に自分の両腕を晒した。
すると、アルテアの右の二の腕に長さ十センチほどの、剣で作られた傷があることに気が付いた。タイトは、素直に従ってくれたアルテアに頭を下げた。そして、アルテアの傷について解説を始めた。
「その傷は、三日前に、陛下の剣を受けたときにできた傷ですね。そう、王妃様こそが、キャサリンの幽霊になりすまして、幽霊騒動を国中に広めた張本人です。否、正確には、一連の事件の絵図面を描いたのが、アルテア王妃、貴女ですね」
もう、どうなっているのか、理解できない。誰もが、悲鳴を上げて、この場を逃げ出したい心境であった。シャインソールで起きた事件は、どんどん複雑怪奇の様相を呈してきた。




