表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/33

序  章

序  章


 少女は、昨日までと違う、今日を生きているようだった。その眼は、血走っており、口からは、唾液を垂れ流し、唸り声を発しながら、ゆっくりと()っていた。まるで獣のようである。

「ここは、どこなの?」

 少女は、そう言葉にしたつもりだが、全く言葉にならない。少女は、錯乱していた。ここは、自分の知っている、あの平和で美しい王国ではない。自分は、きっと、何処かで悪魔の国に迷い込んでしまったに違いない。

 そう、思わずにはいられなかった。自分の身に起きている出来事を全く認識できない状態でいた。

 周りには、大勢の人たちがいたが、彫像のように身動きひとつせず、ただ直立不動を維持しているだけだった。

 そうか、この悪魔の城で活動しているのは、自分と、もう一人だけなのだ。後は、お城の調度品である彫像だけなんだ。

 そこで、外に助けを求めるため、少女は大声をあげた。しかし、その声は、この世のものとは思えない恐ろしい雄叫びであった。

 少女は、自ら発した声に戦慄した。自分は、この悪魔の国に迷い込んだのではなく、元々、この国出身の悪魔だったのかと、そうか、自分は戻ってきたんだ。そう、思うと心が落ち着いた。

 這って逃げるのを止め、少女はゆっくりと振り返った。

 部屋の奥から一歩、一歩、着実に少女のもとに近づく悪魔がいた。大きな剣を握りしめ、「待てぇー、待てぇー」と大声を上げながら近づいてきた。少女は、その者を待っていたかのように微笑みかけた。

 そして、悪魔が、その歩みを止めた。少女は見上げてみた。そこには、手にした剣を振りかぶった悪魔が立っていた。今まさに、その剣を自分に振り下ろそうとしているのだ。

 しかし、少女は、もう怯えることはなかった。何故なら、自分は悪魔なのだ。絶対に死ぬことはない。だから、これは、悪魔の遊びに違いない。

 だって、ほら、こんなに血が流れているのに全然痛くない。それに、あの悪魔だって大きな口を開けて笑っているよ。楽しいからに違いない。

 少女は傷ついていた。その左の肩口からは、大量の鮮血が流れており、生きているのが不思議なくらいだった。それなのに、少女は笑っている。まるで楽しい遊びにでも興じているようだ。

 そして、少女は、ついに大声を出して笑い始めた。そこにいる誰もが聞こえるほどの大きな声である。

 それが合図であるかのように、悪魔は、大きな剣を少女の頭めがけて振り下ろした。周りの者は、皆、目を(つぶ)った。

 その瞬間、岩を砕くような音が響き渡った。皆は、恐る恐る目を開けて少女と悪魔を見た。誰もが、言葉を発することができない。

 少女は剣で斬られたと言うよりも、むしろ石鎚(いしづち)で叩かれたように頭部が潰れていた。まるでトマトが潰れた時のように、少女の頭部からは、真っ赤な液体が吹き出した。

 少女の頭は、剣で大部分が陥没していた。まるで、少女の頭には、もともと口しか付いていないように思えた。

 なぜなら、少女の口は笑ったまま固まり、その口からは、小さくなったが、未だに笑い声が漏れていた。そのため、未だに生きているようであり、その少女の姿は、悪魔のように見えた。

 やがて、少女は沈黙した。二度と動き出すことはない、永遠の沈黙である。少女は、元々そこにあった調度品のようであった。そう、悪魔の彫像として、この悪魔の城に鎮座したのだ。


 悪魔は、返り血で全身真っ赤である。悪魔は、もう笑っていなかった。ただ、かつて少女だったものを一瞥(いちべつ)し、手にしていた剣を放り捨てた。

 辺りには、剣が床に落ちた残響が、そこにいた者たちの耳を打った。それが合図であったかのように、彫像であった者たちが動き出した。死肉を貪るために、少女の遺体に群がっていったのだ。

 剣を捨てた悪魔は、玉座へと向かって歩いていた。一歩一歩、脇目を触れること無く、その眼は玉座のみを注視していた。

 そうなのだ、先ほど少女を葬った悪魔は、王なのである。魔王なのだ。誰も逆らえるはずがない。その力は、絶大なのだ。それが証拠に、魔王が玉座に就くと全員平伏する。ただ、椅子に座るという誰もができる他愛もない動作をしただけで。

 自分は特別な存在なのである。そう、魔王は思っている。誰も自分と同じにはなれない。自分だけが特別なのだ。自分だけが大きな力を有しているのである。だから誰も逆らえない。(いや)、他の者のことなど考える必要はない。この世の成り立ちは、私が決めるのだ。

 だから、自分には、他人の命を自由にする権利がある。そう、私が決めたのだ。他の誰でもなく、この王たる自分が決めたのだ。

 もう、自分を抑える必要はないのだ。唯一、自分を抑えることができた先代の王は死んだのだ。否違(いやちが)う、魔王が自ら手を下して、先代の王を殺したのだ。自らの手で魔王の地位を掴み取ったのだ。だからこそ、自分が王なのだ。自分が、この世界の全てなのだ。この世は全て自分のものなのだ。誰にも邪魔はさせない。

 魔王は、また、別の剣を手に取ると、玉座から腰を上げた。そして、剣を持った右腕を天高く上げ、その場の皆に言い渡した。

「次の獲物を!」


 彼女を殺したのは、魔王である。

 自分の前にいる血塗(ちまみ)れの男は、そう答えたのだ。あの魔城に君臨している魔王が彼女を殺したのだ。それを聞くと男は、両手で(なた)を構え、大きく振りかぶった。

「待ってくれ、全て話したじゃないか。約束だ、たすけてくれ。悪いのは、全部、あの悪魔の王なのだ。私ではない」

 血塗れの男は、そう命乞いをするのだった。

「お前は、一部始終を見ていたのだろう。彼女が魔王に殺される様を」

「当たり前だ、王なのだぞ。それも悪魔の王、世にも恐ろしい魔王なのだぞ。如何(どう)やって止めるというのだ。逆らえば、自分が殺されるのだぞ。それに、私だけじゃない。あの場にいた全員が、何もしなかったんだ。何故、私だけが・・・」

 血塗れの男は最後まで喋ることを許されなかった。目の前の男は、用済みとなった屑を片付けるために、両手に力を込めて鉈を振り下ろした。

 鉈は、命乞いを許されなかった男の頭に突き刺さった。それでも鉈の刺さった男の口は止まることなく、パクパクと動いていた。

 まるで、魚が水中で口を動かしているようである。しかし、決して口からは、言葉を発することはなかった。

 口を動かし続けた男は、そのまま鉈を引き抜かれると静かに倒れた。その口元も開かれたまま止まっていた。まるでゼンマイが止まったおもちゃのように。

 男は、更に鉈を振り下ろした。男は、何度も何度も鉈を振り下ろした。そして、ある物を掴み、天高く掲げた。

 男は、魔城のある方向を睨み付け、魔王に話しかけるように喋りだした。

「心配するな、俺は、彼女を見殺しにした奴らを許しはしない。当然、彼女を殺した魔王のこともな。そして、何よりも彼女が、あの魔王を許す筈はない。彼女は、今、天へと昇り、神となって舞い戻ってきたのだ。今度は、魔王が恐怖する番だ。神の力の前に。そうだよな・・・」

 そう言った男は、振り返り、微笑みかけるのだった。その笑みは、先ほどまでの殺気立った顔つきとは違い、本当に優しさに満ちたものだった。微笑みの先には、黒くて大きな(かたまり)があった。

 男は、手に掴んだ物を放り投げた。それは、放物線を描き地面に落ちて、ボールのように何度か跳ね上がった。

男は、ゆっくりと歩きだし、黒くて大きな塊の前で立ち止まった。そして、大事そうに、それを抱き上げた。

「やっと、見つけたよ」

 そう、(ささや)きかけ、先ほど落ちた物を気にすることなく踏みつぶした。それは、自分が手にかけた男の頭であった。

 その顔には、もう笑みは消え、その瞳には憎しみの炎を宿し、怒りから毛は逆立ち、ギュッと固く結んだ口元からは血が滴り落ちていた。全身を血で真っ赤に染めた、その姿は、まさに悪魔そのものであった。

 その男は、自ら魔界へと堕ちた。その目線の先にいる魔王を倒すために、自らも同じ力を得たのだ。もう一人の魔王の誕生であった。しかし、その瞬間に立ち会ったものは、誰もいない。

 破滅の足音が、ヒタヒタと近づいてくる。しかし、その事実は、新しき魔王の誕生と同様で、誰にも気付かれることはないだろう。

 誰にも気付かれず、誰もが危険に晒される。そんな危険な魔王たちが跋扈する、この国は、まさに魔界そのものである。

 血に酔ったふたりの魔王が、更なる血を求めて彷徨い歩く。次に、その血に飢えた毒牙にかかるのは・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ