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「 早く 起きなさい 遅刻するわよ」
長谷川真央の1日は、そらに文字通り叩き起こされるところから始まる。
そらの前足で、頭や頬っぺたをペチペチと叩かれる。痛くはないが、猫の肉球柔らかし、汗で湿ってる事もあり、はっきり言ってウザイ。
まだ寝たい人なら根負けして起きるが、真央の場合は、そらのペチペチ攻撃が、丁度よい目覚ましになるらしい。
「うう、ねみー」
真央が布団から出てくると、そらは、真央のパジャマを前足の爪に引っかけ脱がそうとする。
「何しやがる 破れるだろうが」
「私が着替え手伝ったあげる」
「余計なお世話だ離せ! 」
「えー」
そらを無視して真央は着替え始めた。
真央はパジャマを脱いで、ポロシャツ、グレーのプリーツスカート, ブレザーと身につけてく。
「これ、忘れてる」
そらが前足で、スパッツを示す。もちろん、パンチラ対策だ。
「やべ、忘れてた。」
スカートの下からスパッツを履いて最後に白い靴下をはく。
着替え終えたら、洗面所で顔を洗い 、寝癖を直す。
「お早う真央ちゃん」
「お早う母さん」
母桃子に挨拶すると、 席について朝食を食べる。
ちなみに桃子が、真央をちゃん付けで呼び始めたのは、この姿になってからだ。
男だった頃は、一度もちゃん付けで呼ばれた事はない。
歯磨きして、この姿になって生前のそらのように、肩より下まで伸びてるので、2つに結ぶ。ただ結ぶのではなく、そらのこだわりでツインテールだ。
「やっぱりツインテール似合うわね」
「なんでツインテールなんだよ。別にお下げとかでもいーじゃねぇか」
「だってかわいいし、校則には違反してないもの」
そらの言ってる事は間違いではない。 校則では、長い髪は一つか二つに結ぶ事になってる。だったら、ツインテールじゃなくてもいいのだが、そらにそれを言ったら、前述のような返事をしてくる。
準備を終えたところで、タイミングよく、玄関から呼び鈴の音がする。友人達が迎えにきたようだ。
「やべ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そらは、洗面台から降りると真央について玄関までやってくる。
「真央、お早う」
「お早う、未希 、波奈」
友人の南 未希と 田中波奈が待っていた。
彼女達は、真央の特殊な事情を知っている。彼女達と真央の出会いはまた別の機会にしたい。
未希は、真央より高い152センチ
髪は、真央と同じくらいの長さで三つ編みしている、眼鏡をかけていて、優等生な雰囲気を持つ女の子。実際に入学直後に行われたテストでは、成績が一番だった。
波奈は、真央よりほんの少し高い、身長148センチ
髪を頭の上でお団子を2つ作ってる。
どっちかといえばほんわかしたのんびり屋さん未希とは、小学校からの親友らしい間反対な性格だが、バランスが取れて丁度いいらしい。
「そらちゃん、 偉いね毎朝 ちゃんとお見送りして」
「本当に忠犬ならぬ忠猫だよね。真央が帰ったら、きちんとお出迎えするし」
「………でも、母さんの言うことのよくきくぞ 。俺なんか、ごはん係にしか思われてねぇよ」
「そうなんだ」
そんな会話を交わしながら学校へいく。
真央達が通う中学校 中島市立中島中学校は、長谷川家から歩いて10分程。学校のまわりは、住宅団地と田畑が広がるのどかな田舎である。
3人は、教室へ入るとそれぞれの席に、鞄を置いてから、真央の席のまわりに集まり、他の女子を交えて、予鈴が鳴るまで、おしゃべりで盛り上がる。
ついこないだまで、男子高校生だった真央は、女子の話題についてけない。だから、専ら聞き役だ。女って話題尽きないよな、と真央は思う。昨日観たドラマの話から、根拠があるのか無いのかよく分からない噂話まで、とにかく話題はつきない。
たった十数分間とはいえ、どんな話題を提供するかで、女子達のヒエラルキーに影響するか分からない。場合によっては、クラスの中心にいた娘が、次の日には、カーストの底辺にいたなんて事も起こる。だから、ただのおしゃべりと侮れない恐怖の時間でもあるのだった。
朝のホームルームが、終わると本日の1時間目は、中学生になって始めての体育である。
それぞれ、体操服の入った学校指定のサブバックを抱え更衣室へ向かう。
真央は、こっそりため息をつく。
昨日、そらから 着替え方は、教わったが果たして上手に着替れるか 心配である。
更衣室では、まわりの女子が着替え始める。
他の女子が気になるが、それどころではない。
そらに教育的指導を 受けながら教わった通りに着替えてく。
まず ポロシャツの袖から腕をぬいて下へ出すそこから 体操服の裾から腕を通しながらポロシャツを上げてき体操服も上げて頭を通してから、ポロシャツを抜く。
短パンはスカートの下から履く。
最後は、ジャージを着ておしまい。
「出来た。」
真央は、ホッと息をはいて、そう言った。
今日の体育は、集団行動だった。動画サイトで見たようなカッコいいやつではなく、「右向け右」とか、「 回れ右」とか、番号を言っていくたすらやるだけの地味なもの。女子の間から、面倒だーという空気が流れる。同じグラウンドでは、男子が百メートル走のタイム測定が、行われてる。まだあっちのが、ましな気がするが、女教師が容赦なく指導してくるから、だんだんそんな空気も払拭された。
授業の最後に、2週間後にテストをすると言われ お決まりのごとくえーっと声が上がった。
体育が終わり、体操服から制服へ着替え教室へ戻ると、隣の席の橋田渉が、ブレザーを着ずにポロシャツ姿でいた。
体育で体を動かした後とはいえ、ブレザーを着なくていいほど、本日の気温は高くない。むしろちょっと寒いくらいだ。
真央は、なんでだろーと思ってたら、直ぐに合点がいった。橋田は、肘から血をながしてた。保健室へ行けばいいものだが、カッコ悪いとか、よく分からない理由で、行かなかったと思われる。
「 橋田 転んだの?」
「ああ まあな」
罰が悪そうな顔で答える橋田。
「ふーんじゃ、これ、やる」
と 真央が出したのは、猫のイラストが書かれた絆創膏。そらが所有していた物の残りだ。
「あいにく、こんなんしかねぇんだよ 普通のきらしてんだ、悪いな」
「バカ野郎、男がこんなん貼れるか!」
「でも、まだ血が出てるだろうが 制服が汚れるぞ やるって言ってんだから素直に受けとれよ」
真央は、橋田に無理矢理渡す。
「サンキュー」
橋田はそれだけ言って席を離れた。うつむいた顔を真っ赤にして。
「変なやつ」
真央は、橋田がなんであんな反応したのかわからず首をかしげてた。