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朝から、雨が降る6月のある日曜日 。
長谷川家では、掃除、洗濯を終えた真央が、リビングで、お茶を飲んでいた。
いつもなら、母 桃子が 一緒なのだが、今日は、朝からある理由で、2階の自分の仕事部屋にこもってる。
――ドタバタドタタ!
2階から騒がしい足音がしたと思ったら、 リビングのドアが、ガチャリと勢いよく開くなり、桃子が真央にしがみついてくる。
「 きゃああー 真央ちゃん 助けてー、仕事が終わらないのー 」
桃子は、真央にしがみつき訴える。
――また母さんの病気がはじまった。
ここで甘やかしたら、人間2人と猫1匹が、路頭に迷うな。
毎度、毎度、締め切り前になると、「仕事、放り投げたい病」を発病しやがるんだから。
真央は、母にしがみつかれたまま、ピシャッと言い放つ。
「 あのな、母さん。 俺が 手伝えるわけないだろ!なぜなら、母さんの仕事は、小説家だから 」
桃子の職業は小説家 。木村ももというペンネームで、少女向けライトノベルからミステリーまで幅広く作品を手掛けてる。
ちなみに木村は、桃子の旧姓である。
「えー そんな事言わずにーねー」
「 締め切り近いんなら、こんな所で、娘にじゃれつくな。 早よ 仕事部屋に行け 」
「あー今 娘って言った、もう一度言ってお願い」
「そんな事は、どうでもいい 早く仕事部屋に行けって !夕食は、母さんの好きなハンバーグ作るから」
「 やったー 母さん頑張るからね」
ハイテンションになった桃子は、2階にある仕事部屋へ戻っていった。
どっちが、親かわかんねーなと、真央は思う。
毎度、締め切り前に桃子が、駄々をこねるので、本当困る。
それをなだめ透かすして、仕事部屋へ戻すのは、真央の役目だ。
昔、父親が健在だった頃、「 そんなに辛いなら辞めれば」と言ったら、桃子は、本気で仕事放棄した事がある。父親がいたから、幸い経済面は、どうにかなったものの、父親が母に「 仕事を放棄するのは、社会人として責任がない」と物凄く怒った事がある。
以来、真央は、母を甘やかすような言葉は、発していない。
―――
真央は、台所の冷蔵庫を開けて、 食材の在庫をチェックする。
「あの調子じゃ昼は、おにぎりかサンドイッチがいいか。 えーと玉ねぎは、ある ケチャップはない 。ミンチもないな」
買う物をメモして、1度、自室へ戻る。
掃除で汚れるからと、着ていたTシャツとスウェットの短パンを着替える。
タンスの引き出しから 、半袖の紺色のTシャツを出す。Tシャツと言っても、パフスリーブというのか袖のところが ふんわりとしている。桃子が、自分で買ったけど着ないからあげると言われてもらった物だ。
白いヒラヒラしたスカート履いたら、可愛いのにと言われたが、真央にはそんな気はない。
Tシャツの下は、ベージュのショートパンツをあわせた。 スーパーの食品売り場は、寒いから夏用のカーディガンを羽織り、財布や携帯電話 、それと、エコバッグを斜めがけのバックへ入れていたら、そらが前足で、猫用のおやつを食べるという器用な事をしながら、頼んできた。
「 買い物?昨日猫缶が なくなったって ママが叫んでたから 、よろしくねー」
「 わかったって、お前な、それどっから出した! 隠してたはずだ!食いすぎで太るぞ」
「えー 何の事?聞こえないわー おほほ」
「 まったく、行ってくる。」
真央は、スニーカーを履いて 傘をさして歩いて 近所のスーパーへ行く。
スーパーは雨のせいか、人は、さほど多くない。
カートを押しながら歩いてると、後ろから聞き慣れた声がした。
「 真央ちゃん」
人を学校意外で、真央ちゃんって 呼ぶなと 文句言おうと、振り返るも、知れない人だった。
「 どなた?」
大学生くらいの青年 眼鏡をかけて 身長も高い、誰かに 似てるなと 思ってると
「兄貴 !長谷川に何話しかけてんだ」
「橋田 」
「 噂の俺っ子が 歩いてたから ついね 渉のケータイの写真見せてもらったから顔 わかったし。」
声が、似てるから、一瞬橋田本人だと思ってたが 、兄の弘さんらしい 。
「こんにちは、いつも弟さんには、お世話になってます。」
真央は、挨拶する。
「いいえ いいえ こっちこそ弟がね世話になっちゃって いや 渉が 真央ちゃん真央ちゃんって話してさ どんな娘かなって気になったけど、いい娘じゃないか渉」
「うるせ、あと気軽に真央ちゃんって呼ぶな」
「 真央ちゃんって 橋田くんも 呼んでたよね、学校で この前 」
超棒読みで、話す真央 。普段の真央を知らない人の前で、 男言葉で しゃべったらさすがに、いけないだろうとこのしゃべり方なのだ。
「いや、いつも通りで、いいよ いかにも慣れてないの バレバレだし。」
「はあ 」
「 兄貴、長谷川が、困ってるから それより、早く帰ろうぜ」
「 はいはい、そうだ 渉 真央ちゃんの荷物 持ってやれ、重そうだし、兄貴の命令」
「はあ、なんで俺が」
弘の提案に抗議する橋田。 真央も断ろうとする。
「いい、持って帰れます。歩いて、 すぐだし」
「でも、 結構な量だよね? 猫缶も入ってるし、重いよ」
弘が、かごを覗いて言う。ハンバーグの材料や猫缶に、他に昼食の材料も入ってるから、かごがいっぱいになっている。
「お前、これ持って帰るのか」
橋田もかごを覗きこんで 驚く。
「うん。母さん 仕事 締め切り前で、忙しいし でなきゃ 1人 で来てないよ。」
「兄貴、長谷川 家まで送ってく 」
さっきまでと、うって変わって、荷物持ちを申し出た。
「おお、そうしろ おれは、車で 先に帰ってるぞ」
弘は、さっさと行ってしまう。
真央は、断ろうにも断れなくなり、 橋田の好意に素直に応じる事にする。
「 じゃあ 会計すませてくるよ ちょっと 待ってて」
橋田に、そう言って真央はレジへ行く。
雨が、降るなか 長谷川家まで、2人は、一緒に歩く。
「悪いな、荷物持って もらって ちょっと、待っててくれ?」
「うん」
真央は、一旦 家に、入ると 小さい袋を持って玄関へ戻る。
「 これ、余り物で 悪いけど 」
「 これ、何?」
「クッキー、昨日 母さんに作れって言われて、作ったんだよ。小さい時は、よく一緒に作ってたけど」
「ふーん 意外だな 料理とかしなさそうなのに」
「意外は、余計だけど するよ 料理とか母さん 締め切り前 忙しいから、洗濯とか掃除とかもあっ 裁縫は駄目。 苦手だな ボタン付けスゲー 時間かかるんだよ。」
「……なんか 長谷川らしいな、そういうところ」
橋田に、言われて 真央は 顔を 赤らめて
「不器用なんだよ!じゃあな 助かったよ 明日、学校でな!」
「ああ、また、明日」
バタンと、閉められた ドアを 見て 橋田は、
「おもしれー奴」
笑いながら、長谷川家をあとにした。
橋田は、家に帰って 渡された 袋を開ける。
「さあて、1つだけ 昼飯前だしな」
と、口に放り込む 。
「 うま サクサクしてる。」
つい、全部食べてしまった。
その頃、長谷川家
「ねぇ 真央ちゃん 昨日のクッキーまだ、ある?」
サンドイッチを作って、桃子の仕事部屋に持って行くと、そうきかれた。
「あー ごめんさっき、橋田に全部あげちゃった。買い物の荷物一緒に持って帰ってくれた、お礼にあげた。いるなら作るけど?」
桃子が 騒ぐとめんどくさいので、そう言ったのだが
「あっそお、じゃいいや 冷蔵庫に プリンあるし 3時に持ってきてね。」
「わかった。」
桃子が珍しく わがままを言わないので、真央は、首をかしげていた。
「自分でも、気付いてるのかな?真央ちゃん。母さんが、食べたいって言うかも知れないのに、 お礼にって とってたクッキー渡して寂しいなー 母さん。真央ちゃんが かまってくれなくなっちゃう。 好きな男の子の為にあれこれしてるの見るのは、嬉しいけど」
桃子は、我が子の成長を喜びつつも寂しい気持ちになっていた。




