第八話 空腹と茸
「う、うーん…」
俺は朝日に照らされたことで、目を覚ます。
意識をすぐさま覚醒させて、辺りを警戒するが、それは杞憂に終わった。
身体に傷や食べられた後は無く、荷物も無事だった。
「…少し頭が痛いな……そうだ、再生魔法!」
俺は気絶する前のことを少しばかり痛みを発した頭痛によって思い出す。
激しい頭痛と同時に会得した新魔法。《再生魔法》を。
再生魔法は文字通り再生効果を持つ魔法が使える。それは俺の失った腕は勿論の事、生物は術者のみ再生が行えるもので、他はある程度の物や魔法にも使えるようだった。ちなみに、自分の命を再生とかは出来ない。
俺は立ち上がり、魔法の発動をしようとするが、昨日マジッククリエイトでごっそり消費された魔力が回復しきれていないことに気付き、止める。
感覚的に今の残魔力量では、再生魔法を発動出来ないと感じていた。
「しかし、もしかしてマジッククリエイトは毎回こんなに魔力を使うのか…?」
もし毎回動くのも嫌になる程の怠さと、気絶してしまう程の頭痛に見舞われるのなら、使うのを少し控えた方が良いと思った。
この森で気絶したままの状態であれば、死んでしまう可能性が高い。
「再生なんていう凄い魔法だから魔力消費が多かったのか?」
もうひとつ考えられるのは、創る魔法によって魔力消費が異なる可能性だ。再生魔法を使えるのは間違いなく世界中を探しても俺しか居ないだろう。そんな凄い魔法なら、あの魔力消費の量は理解出来る。
「…試してみるか」
余り気が進まないが、試さないことには分からない。
周りは開けた空間。小さな石と雑草しかなく、寂しい場所だ。
もしそんなところで横たわっている生き物が居れば、間違いなく格好の餌食だろう。
しかし、なかなかどうして、好奇心には勝てなかった。
俺はマジッククリエイトと心なかで唱える。
すると、淡く青白い光が俺から発した。
俺が想像するのは、魔力回復魔法。
正直、これも消費魔力凄いんじゃないかと思ったが、世界、いや大気中には魔素と呼ばれる魔力の元が漂っているという話を聞いたことがあったからイケると思った。更には、魔力を消費した人は、時間が経てば魔力が回復する。それは、空気中の魔素が体内に入り込み、魔力となってその場で定着するからという説が有名で、その説もイケると思った理由だ。
俺は、人の呼吸をイメージした。
口から吸うのは空気。そして肺に入った空気から魔素を全て取り込む。吐き出される息には、魔素は無い。
そんなイメージをした。
しかし、イメージが弱かったのか、直感で何も覚えられないような気がした。
だから俺はイメージに改良を加えた。
吐き出す息は自分の魔力。その魔力は空気中で霧散し、魔素となる。そしてその魔素は息を吸うことによって、再び体内に魔力として戻る。それの繰り返しだ。
要は、循環をイメージした。
熟れた実が落ち、それが養分となって新たな芽を出す。そして育ち、また実を作って種を蒔く。
生命の循環のようなものをイメージした。
はたして、そのイメージは成功した。
しかも、消費された魔力は少しの量で済んだのだ。
大成功だ。
《循環魔法》
頭に鋭い痛みが走るが、新たな魔法がその瞬間に生まれた。
どうやら、循環魔法は直前に消費した魔力を元に戻す効果があるようだ。
それは俺だけではなく、相手にも効果があるようで…。
「……強すぎじゃないか?」
思わぬところで反則級の魔法を覚えて戦々恐々としてしまう俺であった。
「…こうか?」
俺は早速、循環魔法を使った。
魔法名が無いらしく、マジッククリエイト、再生魔法同様、魔法名を唱えないでも発動出来た。
循環魔法を発動して、直ぐに効果が現れた。
循環魔法を創ったときの消費された魔力が戻ってきた感覚を覚えた。
「これなら無限に魔法が撃てるな…」
当然、自分の魔力量より多くの魔力を消費する魔法はそもそも唱えられなくて失敗するが、俺はなかなかレベルが上がっていると感じていたので、余程の魔法じゃない限り無制限に撃ててしまうだろう。
「魔力が回復したら再生魔法を使おう」
直前に使用した魔力のみ元に戻す魔法なので、俺は暫くこの場でゆっくりと過ごして魔力の自然回復を待つことにした。
しかし、生物というのは、たまに意識とは別に本能か何かで動かされることもある。
何が言いたいかと言うと、それは俺の腹に原因があった。
ぐうぅ~…
俺の腹はくぐもった声で鳴き、何かを胃に放り込めと催促するように俺の口内には唾液が広がっていた。
腹がへったのだ。
「そういえば、長い間何も食ってなかったな…」
ついでに言えば、水分さえ十分に取っていない。
今更思い出す。
自分の足下にある簡易物入れの中身をを確認する。
中にはレアメタルスライムの魔石以外は白みがかった薄緑色の葉、手を入れて奥底を掘り返しても白薄緑色の葉…
殆どニガシロ草しかなかった。
俺は初めてニガシロ草に理不尽な怒りを覚えた。
「…はぁ、探しに行かなきゃ」
俺は落ち込んだ気分のまま、食べ物を探しに森へと入った。
「…うわぁ」
俺は神殿があった場所から森へ入って暫くした後、ドン引きしていた。
目の前には、食い散らかされたのか、細かく散り散りになっている何かの肉片が辺りに散らばっていて、強烈な異臭を放っていた。
昨日の夜の爆発音がする場所まで来ていないのだが、爆発四散したかのような惨状であった。
余りにも臭かったので、その場から直ぐに退散した。
俺は少なからず、未知なる敵に恐怖した。
「……うわぁ」
本日二度目なるドン引き。
あの爆発四散現場から離れた所。
今度は、シャルの実という人の目玉程の大きさの木の実があちらこちらに成っていた。それは、少しでも衝撃を与えると爆発する性質を持つ木の実だ。
良く見ると、少し奥の方にゴブリンらしき無惨な死骸が転がっていた。
その周辺は、土は槍に突かれたかのように凸凹になっており、大木もその槍のような穴が空いており、酷く荒らされていた。
犯人はこの、シャルの実だ。
木の実の爆発だからといって油断してはいけない。その爆発から繰り出される硬い種子が、脅威的なのだ。
ボンっと音をして爆発したかと思うと、恐ろしい勢いで発射される種子。小さくも硬いその種は、鎧さえ貫通すると言われている。
つまり、あのゴブリンは誤ってシャルの実に衝撃を与えてしまったのだろう。一個でも暴発させてしまえば、こんなにもぶら下がっている別のシャルの実が誘発されてもおかしくない。
俺は、背筋に冷や汗をかきながらも、シャルの実を刺激しないようにそっと移動した。
「………うわぁ」
もう何度目かもわからない程、この森に引いている。引きまくっていた。
目の前には、あの五ツ星ランクの魔物、グリフォンが巣で寝ていたのだ。
グリフォンは、自分で掘った浅い洞窟内で寝ていた。
俺は偶然にもその巣の前を通って、中を確認したために、見てしまったのだ。
やたら存在感があるグリフォンは寝息を立てていたことから、どうやら俺の存在には気付いていないらしい。
酷く隙があるように見えるが、流石は五ツ星ランク。
隙有りと勇気ある挑戦者が、グリフォンの寝床の側でバラバラになっていた。
何の魔物かは判断できなかった。
返り討ちだろう。
例え寝ていても、攻撃なんてその強靭な肉体には無傷も当然で、起きたグリフォンにとっては、羽虫が集ってきたかのような感覚だろう。
絶対強者たる故の警戒心の無さ。
それが命取りになるとは知らずに…。
「……まぁ、今回は逃走を選択する」
俺は踵を返して、早歩きで洞窟から逃げた。
ごめん、ぶっちゃけ超怖い。
寝てても恐ろしく感じた。恐らく初めて見た時に吹き飛ばされたのがトラウマになっていたのだろう。
不意打ちで魔刃で首を斬れば勝てただろうけど、そんな賭けはしたくなかった。
神殿の悪魔相手にあんな賭けしておいて怖じ気付くなよと思われるかもしれないが、あの時はやらなきゃ死んでいたので、心持ちが違うのだ。
全然違うのだ。
俺は途中から走って逃げた。
「腹へった…喉乾いた…」
俺は大木を背に座って項垂れていた。
結局、探して見つけたのはいつもの木の実。
無いよりはましだが、やはり腹に溜まらない。
「川って無いのか…?」
転移した場所から適当に歩いて神殿へ、その後神殿に来た道とは反対の道を選んで進んだのだ。
結構な距離を歩いたと思うが、全く川を見なかった。
「あー、川魚が食べたい」
胃はキリキリと痛み、何かが込み上げる嗚咽感がする。
何だか少し身体が軽くなった気もする。
身体の異常を億劫に感じた俺は、背の大木に後頭部を付けた。座りながら頭を上に向けた状態だ。
まだ朝日が出ていたので木漏れ日を拝めると思ったのだが、残念な事に座っている場所が完全に木陰となっていて、涼しい風が俺を撫でた。
「はぁ…」
思わず溜め息を付く。しかし、このままじゃ飢え死にするので、気合いを入れ換えるために大きく息を吸った。
「っしゃ!」
吐く息と共に渇を自分に入れる。
バッと立ち上がった俺は、歩き出そうとして、止まった。
なぜなら、キラリと光る何かを見つけたからだ。
立ち上がった俺の視界の先には、ピンク色をしたキラキラと光る掌ぐらいの大きさの傘を持った茸があった。
それは、俺の場所から岩を隔てた先の倒木の下に生えていた。
もし、立ち上がらなければ、キラリと光ってくれなければ、見つけられなかっただろう。
俺は、その茸を見た瞬間、心臓の鼓動が高鳴り、絶え間無く溢れ出す唾液を喉を鳴らしながら飲み込み、幻覚なんじゃないだろうなと、何度も右手で目を擦った。
逸る気持ちを抑えて、警戒しつつ、でも早歩きで茸の元へと歩み寄った。
その茸をまじまじと見る。
分厚い傘の部分が薄いピンク色をしているが、所々川のように白い筋が不規則に道をつくっていた。しかも、傘はてかてかと脂によって光っているので、とてもジューシーそうな茸に見える。
そこには一本しか生えていなかったが、そもそもこの茸自体が幻級に珍しい食品なので、見付けられた時点で凄く幸運ということだ。
この茸は全ての『肉料理』のなかで一番の絶品と言われる程だ。肉のとても柔らかい部分、旨味が凝縮している部分だけを寄せ集めたような味のこの茸は、絶品故に人も魔物も寄せ付ける。
この茸の生態は全く以て分からないらしい。詳しくは知らないが。
長々と話したが、そんな茸の名は《シモフリキノコ》。
安直過ぎる名前だけど、そんなのどうだっていい。
今はこのシモフリキノコを食さねば!
俺は丁寧にシモフリキノコの根本から捻るように採った。
ズシリと持った瞬間に感じる重量。見た目より重かった。
鼻を近付けて匂いを嗅いだ。
すると、少しばかりの生肉の薫りがするだけであった。
「これほぼ肉だな」
俺は呑気にもそんな感想を漏らした。さっさと食わないと魔物と接触するかもしれないのに。
ここは、森だ。生活魔法で出した親指程の小さな火を引火させる材料ならいくらでもある。
俺は近くの細い枝を拾う。出来るだけ枯れているのが良い。それと、木の葉もかき集めた。
今度は燃え朽ちなさそうな丈夫な枝を探したが、無かったので諦める。その枝に茸を刺して焼こうかと思ったのだが、断念した。
「さて、やるか!“ロウファイア”」
早速、生活魔法で出した小さい火を集めた枝と木の葉の中に入れて、燃やす。
暫くしてもくもくと黒い煙と真っ赤な火が出てきた。
準備は整った。
パチパチと火が跳ねる音が心地好く感じた。
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