第六話 神殿
「「よくぞ来た、勇気ある者よ」」
俺は、耳を疑った。
人の姿は見えないのに、誰も何もない広い空間から聞こえてきたのは、なぜか何人かの声が重複しているような声が聞こえたからだ。
「な、なんだ!?誰だ!」
俺は直ぐに身構える。
ミスリルソードを構え、正面の何も無い空間を睨んだ。
「「我は、マーリン。大賢者と呼ばれた魔導師也」」
俺はマーリンという人名にも、大賢者という称号にも聞いたことはなかった。
今のところ何も分からないので、話をして、情報を聞き出すことにした。
「そうか、俺はレイだ!大賢者様が一体俺に何の用なんだ?」
「「我は、《竜脈の森》を踏破せし勇気ある者に、我の魔法を託す為にこの《暁の洞窟》を創った」」
竜脈の森?暁の神殿?
まるで何を言っているのかわからない。
しかも、我の魔法を託すって一体どうやって…?
「「しかし、ただ渡すだけでは、運良く神殿に辿り着いた者に与えるだけとなってしまうであろう」」
俺はドキリとした。
俺はこの2日間という短い期間でたまたま見つけたダンジョンだと思ったものが神殿?だったからだ。
マーリンの言っている運が良い人に当てはまるんじゃないだろうか。
「「故に、汝に試練を与えん」」
俺は凄く嫌な予感がした。
「「我の駒を見事打ち破って見せよ、さすれば汝に祝福を…」」
そういって、謎の声は消え、代わりにさっきから目に映っていた奥の壁に埋まってる何かが動き出そうとしていた。
どうやら、ソイツが謎の声の駒らしい。
ソイツを倒せだって?
嫌です。帰らせて下さい!
しかし、その願いも虚しく、戦って勝つか、負けるかの二択らしい。良く良く周囲の壁を見れば、何体かの骸骨が壁と同化して埋まっていた。恐らくこの試練で命を落とした人の骨だろう。
勝てば魔法とやらが貰え、負けたらこの神殿の一部となるだろう。
俺は後先の事など考えずに、全力で相手することにした。
今まで、体力と魔力を多く使うからと使ってこなかった“強化魔法”を使用することにした。
といっても、今の俺のレベルなら長時間使用出来るハズだ。
俺が構えていると、それは壁から凄まじい魔力の波動と共に、飛び出してきた。
ソイツの見た目はまるで悪魔だ。
黒い身体に漆黒の翼、頭部には巻き角が2本出ており、妖しく光る眼が特徴的だ。
黒い身体には、赤い血管のような線が浮き出ており、不気味な雰囲気を醸し出していた。
服は、大きなローブを着ており、武器は無かった。
俺はこの森に入ってから一番の窮地に立たされていた。
どうあがいても、あれの強さは、グリフィンさえも超す。
それだけのオーラが奴から放たれていた。
「…あ、アンタ、一体何者だ?」
俺は人形の悪魔だったので、話し掛けてみた。
しかし、奴は不気味な程無表情で、何も答えなかった。
…参ったな。
俺は今にもニガシロ草の群生地に帰りたかった…おっと、家に帰りたかった。
危なく、安住の地がニガシロ草だらけの草原になるところだった。
変な現実逃避は、奴の攻撃によって、無理矢理現実に戻されることとなった。
「うわっ!?」
奴の左手がこちらを向いたと思った瞬間、俺の危機感知が全力で避けろと本能に訴えかけた。
俺はそれに従い、ばっとその場から飛び退く。
すると、俺の居た場所には、ドゴンと大きな音を立てて見えない何かが衝突したのだ。
地面が抉れてないことから、威力は然程でもないか?と一瞬思ったが、それだったら俺の危機感知があんなにも働くとは思えなかったので、この神殿事態がメチャメチャ堅いのだと推察した。
俺が軽く分析をしていると、またしても危機感知が働いた。
ばっと前方に飛び退く。
その後ドガンと俺の近くで聞こえた。
どうやら、俺が逃げた先を先読みして攻撃し始めたようだった。
呼吸が荒くなり、汗が吹き出る。
もはや逃げるだけで精一杯だった。
たった一つの魔法だけでここまで追い込まれるとは思わなかった。
少しでも強くなったと慢心していた自分に腹が立つ。
「くそ!」
半ば無理矢理放った雷魔法は、運良く奴に当たるが、黒い身体を覆うような透明な壁に阻まれたように見えた。
まじかよ!バリアまで!
俺の知っているガラスのような見える透明なバリアでは無い。あのバリアは確かに見えない何かの障壁で防いでいた。
俺は絶えず動くことで、奴の手から放たれる魔法を当たらないようにしていた。
しかし、当たらないことに痺れを切らしたのか、右手を突き出してきた。
二つ同時か!?と思ったが、背後から聞こえる爆発音は一つだけ。
不思議に思ったが、立ち上がって構わず走ろうとした瞬間。
―ガンッ
透明な何かにぶつかった。
俺はしまったと思った。攻撃も出来て、防御も出来るなら妨害さえも出来るということが考え付かなかったのだ。
俺はその透明な柱?に走る勢いを完全に殺された後、あの爆発が直撃した。
無理だろ。あんなのに勝てない。
俺は視界が微睡む中、心の中でそう思った。
俺は神殿の壁際まで吹き飛ばれていて、背を壁に付けるように力なく座っていた。
攻撃は一発もらっただけでこれだ。バリアも張ってた。なのにこの威力。
ありえない。
防御だってそうだ、雷魔法で手応えが全く無かったことから、俺がどんな手を使っても、あれは破れない。
妨害って無しだろ。透明ってところが意味不明だ。
魔力感知スキルが高くなければ、見ることが敵わないじゃんかよ。
ぽたぽとと頭からなにやら暖かくてドロリとした液体が流れている。
流れ落ちた所を見ればその液体は暗い赤色をしていた。
はぁ、俺はここで死ぬのか?
ぼやけた視界が捉えたのは、こちらにむけて手を向ける悪魔。
―バリア。
ズガンッ!
バリンッ
爆発に似た衝撃とガラスのようなものが割れる音がほぼ同時に響いた。
俺はもはや身体がどうなっているのか分からなかった。
息はしているのか?血はまだ流れているのか?こんなに身体が重かったのか?…わからない。
けれど何とか発動したバリアのお陰で一命はとりとめた。
だけどもう次は無理だ。
俺はゆっくりと目を瞑った。
瞼の裏には、今までの思い出が走馬灯のように駆け巡った。
強くて優しくて、俺に冒険者という夢を持たせてくれた両親。
厳しくも充実した修行の日々。
初めて雷魔法を撃てた時は皆して喜んだっけ。
そんな大好きな二人が居なくなって、途方に暮れていた俺に世話を焼いてくれた村長。
俺は村長のお陰で立ち直れたんだ。
村では贅沢品なのに白いパンを食べさせてくれたことは忘れない。
そして、俺が白パンを食べたことをいち早く聞き付けた、いや嗅ぎ付けた大食いのデッポ。一つ年上だった。
その時は別に親しかったって程でも無かったけど、何故か馴れ馴れしかったデッポ。今思えば、俺を心配して来てくれたのかもな。
そういえばデッポと同じくその時に駆けつけてくれた、幼馴染みのフィーナ。彼女は気付けばいつも一緒に居たな。皆が止めておけと言ってくる狩りも、フィーナだけは応援してくれたことが嬉しかった。
そんな狩りに最初は反対していた同じ幼馴染みのマック。少し大きめの眼鏡がトレードマークのマックは、今や親友と呼べるほどに仲良くなった。きっかけは、俺が作ったウサギ用の罠だった。その罠を見るや否やアホみたいに食い付いてきたマック。彼はそういう機械のギミックが三度の飯よりも好きらしい。
けれど、皆、もう会えない。
俺は一足先に父さんと母さんの居る所へいってくるよ。
待ってて父さん。母さん。
ふと、最近起こったゴブリン戦の映像が思い起こされた。
不思議に思いつつも、その映像を見る。
それは、俺がゴブリンの矢をバリアで防いだ時の映像だ。
ああ、そうだ、俺はバリアでゴブリンの攻撃を防いだ。
そして、二度目も三度目も―――
映像はそこまで、今度は、父さんと母さんが怒った表情で俺を見つめている映像だ。
「いいか、レイ。決して諦めるな。諦めれば、きっと、ずっと後悔するぞ。いいか『どんなことがあっても諦めるな』!!」
父さんの言葉。今でも思い出す。
「そうよ、諦めてはダメ。頑張って、もがいて、這いずってでも生きることを辞めてはダメよ」
母さんの言葉。二人の言葉は、俺が魔物相手に足に酷い怪我を負って、逃げることが難しくなった時、そこで生きることを諦めた俺を助けてくれた後に掛けてくれた言葉だった。
「「賢く、強かに『生き(ろ)(なさい)』!!」」
賢く、強かに、
生きろ。
俺は、目に、心臓に熱が籠る感覚がした。
多分俺は泣いているのだろう。
けれど、今は感傷に浸っている場合じゃない…!
生きろ!!
俺は自分を奮い立たせる。
限界に近い身体を酷使して、立ち上がる。
奴の左手が俺に向いている。
時間は残されていない。
一瞬の勝負だ。
奴の攻略法が見えた。
だが、失敗する可能性が非常に高い。
一度限りの、一か八かの大勝負。
相手は格上の無傷の相手。
こちらは既に満身創痍。
だけど、両親から叱咤激励を受けた今の俺なら出来る。
やるしかない。