第四話 死闘
「グアアァッ!」
横凪ぎで切り裂いた傷口は浅く、致命傷にはなり得なかった。
さらに、傷を付けられたことに苛立ったのか、激昂するゴブリンエース。
俺は全身に全力でバリアを張って、バックステップで下がった。
危険だと思ったから防御して下がった。たったそれだけのことが、俺の命を救った。
俺の視界には、ゴブリンエースの拳と思わしきものが映っていた。次の瞬間、何かがひび割れた音と共に、俺は物凄い速さで吹き飛ばされた。
どれくらい飛んだかわからないが、割りと直ぐに木にぶつかって止まった。
木にぶつかった瞬間、何かが割れ、砕け散った音が響いた。
そして、全身に行き渡る鈍い痛み。頭を触れば手に付く赤い液体、出血をしていた。
俺は今日で何回吹き飛ばされればいいんだと現実逃避しかけたが、直ぐに立ち直る。
ふらふらと目眩がして足元がふらつくが、状況を確認しなくてはマズイ。
顔をあげて、前方を見る。
すると、鬼の形相で迫ってくるゴブリンエースが居た。
何故か鉄の剣は持っていなかったが、ゴブリンエースの肉体は前より膨らんでいて、握りしめた拳からは、危機感知であれは喰らってはいけないと感じていた。
俺はほぼ無意識のうちに逃げていた。
恐怖が身体を支配していて、考えるよりも先に身体が動いていた。
しかし、やはり背を向ける行為は拙かった。
ゴブリンエースに追い付かれた俺は、背中を殴られた。
しかし、ゴブリンエースの体勢が悪かったのか、さっきより威力が乏しい拳が背中に叩き込まれた。俺は吹き飛ばされず、地面を数回転がって止まった。
ただ、それでも、ゴブリンエースの拳は脅威的で、背中を圧迫されたことによって暫く息が出来ずにいた。
鋭い痛みが走るが、背中を丸くすることが出来るので、骨は折れてないようだ。
ヒューヒューと細い呼吸を繰り返していた俺は、ふいに左腕を掴まれて持ち上げられた。
眼前には、恐ろしい顔のゴブリンエース。
メキメキと左腕を握る力が強くなる。俺は堪らず苦痛の声を上げた。
それが嬉しかったのか、酷く歪んだ顔になるゴブリンエース。
「…ぐぅぁ…嫌な野郎だ…!」
俺が苦痛の声を上げるのを止めて、ゴブリンエースを睨めば、それは面白くないと、左腕を握る力が強くなった。
「があああああ!!」
ギリギリと締め上げられる左腕。
もはや限界だった。
バキッと骨が折れた音が響き、同時に俺の叫びも響いた。
左腕の感覚は完全に絶たれた。
ゴブリンエースを見れば、嗤っていた。
…このくそ野郎が!
俺はゴブリンエースに殺意が再び込み上げられた。
それに気付いたゴブリンエースは空いた左腕を振りかぶり、殴ろうとしている。
もう満足したのか、俺を殺すつもりだ。
俺はふっと浮遊感が与えられた。
掴まれていた左腕が解放され、一瞬だが浮いていた。
そして、その俺が地面に付く前に、ゴブリンエースの左拳が打ち出された。
撒き散るは赤い鮮血。
そして、ぶちまけられる俺の内臓。
を想定していたのだろうな。
ゴブリンエースは左腕を振り切った状態で、驚愕の顔で俺を見ていた。
確かに、血は飛び出た。
だが、俺の内臓は飛び出ていない。代わりに、俺の左腕を犠牲にした。
俺は嗤う。
「左腕はくれてやるよ…!」
俺は右手のミスリルソードに魔力を纏わせる。
青色に淡く光る刀身。
これは、剣に魔力を纏わせて、切れ味を倍増させる秘技。
父さんの技だ…!
「喰らえ!“魔刃”!!」
今度は、俺の剣は胴を抵抗も無く切り裂いた。
断末魔と共に下半身と切り離れるゴブリンエース。
「臓物撒き散らして死にやがれ」
俺は死闘の末、辛くもゴブリンエースに勝ったのだった。
俺は、ゴブリンエースと戦った場所から離れたニガシロ草の群生地で休んでいた。
他のゴブリンは既に散り散りになっていて、見かけることは無かった。
恐らく、ゴブリンエースという司令塔を失って、逃げ惑ったのだろう。
無くなった左腕の先には、傷を癒すためにニガシロ草がたっぷり貼られてある。
正直、メチャメチャ痛い。戦っている最中は、不思議と痛みは感じなかったが、今になって痛みが来たのだ。
しかし、ここで声をあげてしまえば、魔物を呼んでしまうかもしれない。だから、必死に声を出さないよう耐えた。
俺はゴブリンエースとの最後の戦いを振り返る。
あの時、ゴブリンエースの突き出された拳は、直撃していたら、間違いなく死んでいた。
咄嗟に剣を拳に突き出して、その剣にまでバリアを張るようにして拳の角度を変えていなければ、本当に死んでいた。
左腕が角度を付けて逸らした拳の勢いを殺せずに飛ばされたのは予想外だったが、でもそれでも生きている。
俺は、レベルアップした感覚と、あの場から生き残った達成感で充実していた。
自分でも不思議に想う。
普通なら発狂モノだ。なのに、俺は生き残っている事が何よりも嬉しい。
きっと、冒険者の二人の間に産まれた子供だからだろうと、勝手に解釈する。
「はぁ、眠れない」
俺は、この静かなニガシロ草群生地で横になっていた。
正直、もう身体が重くて動かない。なのに、興奮が止まず、左腕の痛みも重なって眠れないのだ。
なんとなく息を大きく吸った。
すると、今朝のような土の匂いと草の匂いが混じりあって鼻腔をくすぐる。
今朝の事が酷く懐かしく思えた。
それほどまでに、今日の出来事は壮絶だった。
大きく息を吐いた。
生きている実感を感じる。
するとまた、なにかが気配感知に引っ掛かった。
またかよとウンザリしつつ、ゆっくり顔を上げて、周囲を窺う。
すると、このニガシロ草の群生地の外側をうろうろと4頭のダムドウルフが彷徨いていた。
ダムドウルフ。黒い体毛に赤い眼。牙と爪は鋭く堅い。そんな彼らはダイアウルフよりも大きく、また、土魔法を得意とする事で、危険度が羽上がる。ランクは三ツ星だ。
俺は流石に死を覚悟した。
こんな所で寝転がっている俺が悪いが、限界だったのだ。
そんな俺を見ては様子を窺っているダムドウルフ。
仕方なく覚悟を決めて、剣を握って立ち上がる。
左腕が無いのを忘れていて一度立ち上がるのに失敗するが、何とか身体に鞭を打って立ち上がった。
…にしても変だな。
何度も隙という隙を見せているのにも関わらず、襲ってこないダムドウルフ。
俺はそのまま、ダムドウルフの様子を見た。
時々鼻を片足で拭っては、踵を返す。そして、また俺を見ながらウロウロ…。どうやら、ニガシロ草の群生地の中へ入ることを拒んでいるように見えた。
…成る程、このニガシロ草の匂いがダメなのか。
俺は、その結論に至った。
試しに、側にあるニガシロ草をくしゃしゃと丸めて、匂いを発生させた。
人族からすれば、鼻奥から苦味がして、草のような青々とした匂い、それと、どこか薬品のような香りがするだけで、別に嫌という程ではない。
いや、そうか、それは人族だけで、鼻の良い魔物には刺激が強いんだ!
俺はまさかのニガシロ草の恩恵が凄いことに対して、笑いが込み上げてきた。
「ニガシロ草様万歳だな!」
一頻り笑った俺は、それで緊張の糸が解けたのか、倒れるようにして気を失った。
顔に浴びる朝日が眩しくて、目を覚ます。
視界には伸びた草が広がり、その先では空を隠すようにして広がる長い枝の数々。
俺はそこでばっと起き上がる。
チクリと左腕に痛みが走る。
見れば、肘から下が無く、ニガシロ草がこれでもかというほど貼り付けてあり、なかなか強烈な薬品のような匂いを発していた。
ニガシロ草を剥がして見れば、傷口から血は出ておらず、これなら傷はいずれ塞がるかなと思った。
そこでやっと頭が冴える。
ああ、夢じゃなかったと。
立ち上がって身体を確認してみても、魔物に食べられた痕跡無し。
ミスリルソードに、夜目のネックレス有り。
俺はすっと息を吸って、大きく吐いた。
「さて、…行きますか」
俺は生活魔法の“クリーン”を全身と装備品に掛けて、ニガシロ草を出来るだけ持って出発する。
右手に持つミスリルソードを見れば、刃こぼれは一つも無く、良い状態を保ってくれている。
安心しろよと言っているかのように、キラリと光の反射で銀色に輝く剣。それに負けじと淡く光る赤色のネックレス。
俺は絶対に生きて外に出る。
いつか冒険者として世界中を旅するのを夢見て。
ダイアウルフとの初戦闘では、レイがニガシロ草を採取し過ぎたことによって、ダイアウルフがニガシロ草の群生地への足を踏み入れることが出来たのです。
それでも、ダイアウルフは臭いを結構慢していましたが。