第二話 ダイアウルフ
ダイアウルフ。
全身が白い毛に覆われた狼。
常に3~8の群れで動く。
群れの中にリーダー格のダイアウルフがいて、そのリーダーを中心に行動するのが特徴的だ。
知能は高く、敵も集団で居た場合は弱い奴から狙っていく狡猾さを持つ。
しかし、ダイアウルフ個体の強さはそれほど強くもなく、毛皮も柔らかい。更に魔法も良く効く為、パーティーを組んでいれば然程怖くはない魔物である。
よって、ランクは二ツ星。
―――
らしいが、はたして情報通りとはいかないだろうな。
俺は脳内の魔物図鑑の一部を抜粋したが、この情報は目の前のダイアウルフに通用しないと感じていた。
俺は急いで手に持っていたニガシロ草を捨て、背負っていた荷物を下ろし、腰の剣の柄に手を掛ける。直ぐに抜刀出来るようにだ。
先程のスライムの件を思い出して非常に逃げたくなる気持ちが逸るが、ダイアウルフから逃げるなんて出来ない。
追い付かれて、お仕舞いだ。
だから倒すか撃退かしなければならない。
ダイアウルフは警戒しているのか、動かない。
お互いが静止していて、辺りに緊張が走る。
ふと、顔に何かが流れ落ちる感触があった。俺の額には、大粒の汗が流れていた。
唾を呑むと、ゴクリと喉を通る音が良く聞こえた。
しかしその張り詰めた空気は、突如として、破られた。
なぜなら、ダイアウルフが三頭、一斉に駆け出したからだ。
俺は突然のことで少々焦ったが、左手を前に突き出してサンダーを撃つことに成功した。
しかし、俺の放った雷魔法は前方の地面を少し抉るだけに終わった。目にも止まらぬ速さの雷魔法を、ダイアウルフは確かに避けたのだ。
流石にこれには焦りで心臓が高鳴る。
冗談だろと悪態を付きたくなる。
が、現実は非情だ。
神がかりなサイドステップで雷魔法を避けた真ん中のダイアウルフは今、俺に飛び掛かった。
それに迎え撃つように、右手に力を込めて剣を縦に振るった。
ガキンと堅いもの同士がぶつかった音が鳴り響く。それは、俺の剣を口を少し斬りながらも、その鋭利な牙で噛み付いていた。
首を横にしながら剣を加えるという無茶な行動をしたダイアウルフは、飛び込んだ勢いが死んで、自由落下をして地面についた。
どうやら、剣を離す気がないらしい。
剣を咄嗟に引いたが、強く噛んで離さない。
スライムの時もそうだったが、相手の武器を抑えるのが上手い。まるで、こうすれば剣士は無力化出来ると知っているかのように。
そうなれば、俺は今まさしく剣士が無力化された訳だ。
その隙を逃さず、いや、狙っていたんだろう。
間髪入れずに残り2頭のダイアウルフが牙を剥いて、爪を振りかざして肉薄してきた。
「…ふッ!」
俺は強く息を吐いた後、雷魔法を行使する為に体内魔力を血のように脈動させる。
この絶体絶命の状況下でも諦めないのが俺の長所だ。
「“スパーク”!」
これは俺のオリジナル魔法。敵に囲まれた時、どうにか出来ないかと思って考えたのがこの“スパーク”だ。
魔法は想像力によって形が決まり、体内魔力によってその形が顕現される。
つまり、自然の雷を模倣したこの雷魔法は術者の想像上の雷と成り、威力は魔力をどれだけ消費したかで決まる。
魔法名を唱えるのはその魔法の形を安定化させるための言葉だ。
俺が想像したのは、回転する雷の檻だ。
俺を中心に発動された雷魔法は、円を描くようにして4本の雷が高速で回る。
俺の魔法をいち早く察知した剣を噛んでいたダイアウルフはバックステップを踏んで魔法の範囲外へ出た。
しかし、勢い良く走ってきた2頭のダイアウルフは避けることは叶わず、回転する雷に何本も直撃することとなった。
けれど1頭のダイアウルフの勢いを殺しきれずに、俺はダイアウルフの爪を右腕にもらってしまった。
だが傷を見ても、浅いので少し安堵した。
「おらッ!」
俺は自由になったミスリルソードを痺れて動けなくなった2頭のダイアウルフの首に突き刺して、止めをさした。
高い悲痛な声が若干聞こえたが、罪悪感に囚われたりはしない。なんせ俺を間違いなく獲物として襲ってきたのだから、躊躇なんてしていられない。自然に於て甘さは己を滅ぼすのだと、知っている。
剣先を残りのダイアウルフに向ける。
残り1頭となっても油断は出来ない。戦ってわかるが、ダイアウルフでこの強さは異常だ。
俺のレベルが18(村を出される前)と年齢からすれば高い方だが、この森の魔物からすればずっと弱い。
何とか雷魔法で返り討ち出来ているが、それがなかったら今頃スライムの時点で死んでいただろう。
魔法は時に高レベル相手でも勝つことが出来るので、剣術とかより魔法を極めようとする人が多い。
だが、魔法は相手との相性で優劣が決まったり、そもそも魔力切れを起こしたら何も出来ないので、剣士や弓士のように幅広く活躍が出来る技術も会得するべきだと、父さんが口を酸っぱくして言っていた。
俺もそう思う。だから、今の俺は剣術に雷魔法という《魔法剣士》スタイルだ。
これがバランスがとれていて立ち回り易い。しかし、剣術に魔法という二種類もの技術を高めなければならないので、器用貧乏のように中途半端な強さで止まってしまう者が多い。
実際、今の俺はそんな感じだが、悲観してはいない。どちらも諦めないで技術を高めていけば、いずれ最強の魔法剣士になれるからだ。
「…『どんなことがあっても諦めるな』父さんの言葉は力強かった!」
恐らく目の前のダイアウルフは俺よりレベルが高い。普通のダイアウルフで10レベル前後がいいところだが、どう考えてもそれの倍はある。
レベルは強さを数字で表したものだ。
技術…じゃなくて、《スキル》と呼ばれているもののランクを上げたり、戦闘経験をしたり、鍛練したり、魔物を倒したりすることで、レベルは上がる。
当然レベルが高ければ高いほどその生物は強いということになる。
それらレベルや所持スキルがわかる《ステータス》というものがあるが、これはステータス鑑定の魔道具か鑑定魔法の持ち主でなければ見れない。
俺は余りそういうのに興味はないが、多くの人は自分のステータスを気にして、自慢しあっているという。
閑話休題。
今度は俺からダイアウルフに接近した。
2頭のダイアウルフを倒したからか、身体が思った以上に動いた。
これなら、いけると直感で思ったが、対するダイアウルフはあっさりと尻尾を巻いて逃げてしまった。
「なっ!?おい!」
咄嗟に呼び掛けてしまったが、当然のように止まらず、直ぐに後ろ姿が見えなくなってしまった。
余りにもな行動に拍子抜けしたが、とりあえず今回もまた生還出来たことに喜んだ。
「痛って…」
戦い終わってから右腕の傷が疼いた。
俺は簡易物入れからニガシロ草を取り出して、くしゃくしゃと揉んでから患部に当てた。
少し染みるような痛みがあるが、このまま放っておけば、いずれ治る。
そして、近くに横たわるダイアウルフの死体を解体する。
しかし、
「あー、解体用ナイフが無い。…剣で解体するか」
いつもは解体用ナイフという解体専用の若干黒い色をしたナイフを使っていたが、それが無いので、やったことはないが剣で解体するこにした。
「せめて、肉だけ、貰おう」
素早く持ち歩けるだけの肉を取って急いでその場から離れる。
血生臭い死体の傍に留まれば、血の香りによって誘われた魔物と出会ってしまう。
本来なら、血や解体済みの死体は土に埋めて埋葬するが、今回はそうもしていられない。
土を掘る時間も無ければ、ゆっくりと解体している場合じゃない。
昔、母さんが話していたが、オークという豚面で太った人形の魔物を解体している冒険者がいたが、運悪くそのオークの血の匂いに誘われてやって来たのが四ツ星ランクの魔物だったという話を聞いた。
もしこの森で四ツ星ランクの魔物と出会ったら?
俺は死を覚悟するだろう。今の俺じゃあ決して勝てない相手だ。
だから、その話とこの森の異常性も相まって、滅茶苦茶早くこの場から逃げたかったのだ。
父さんが言っていた。
これは『戦略的撤退だ!』。
ダイアウルフ2頭の後ろ足四つ獲得。
これで肉が食える。
俺は肉が食えることに楽しみを覚えていた。
日は沈みかけ、今は夕方。
一先ず、寝床として木の上を選んだ。
大きな木が乱立するこの場所では、太い枝がぶつかり合うようにして伸びていた。
…あそこを蔓で繋げて固定すれば寝れるな。
俺は道すがら取った丈夫な蔓を身体に巻き付け、木に上った。
木の枝は思った以上に丈夫で、俺が乗ったところで折れそうもなかった。
これは良いと独りごちながら、せっせと寝床を作る。ただ枝を蔓で合わせた簡易ハンモックだ。
「よし、夜目のネックレスで下の様子を見ようか」
俺は既に夜食としてダイアウルフを食べ終わっていた。
《生活魔法》で火を起こし、焼いて食べた。
味付けなんて出来なかったが、非常に上手かったとだけ言っておこう。
同じく生活魔法で身体を綺麗にしてから寝床について、今に至る。
木の枝の上はなかなか遠くまで見れるので、様子見ならベストな場所かもしれない。
母さんの形見の夜目のネックレスに魔力を流す。
そうすれば、この宝石のような魔道具に付与されている夜目の効果が、魔力を流した人に一定時間与えられる。
段々と辺りは闇に包まれ、完全な夜が訪れた。
もし、この夜目のネックレスが無ければ危なかった。
視界は奪われ、精神は磨耗していくだろうと予想出来る。
…母さんがこのネックレスを常に身に付けていた理由が分かったよ。
夜の森は危険だということは常識なので、言葉では分かっていたが、実際に夜の森を体験してみると、その恐ろしさがわかる気がした。
ちなみに、村にいて狩りをしていた時は、必ず日が沈む前に帰っていたので、夜の森をしらない。
夜の涼しさが俺を不安にさせ、森のざわめきが恐怖を駆り立てる。とても嫌な雰囲気が漂い始めた。
はたして、その嫌悪感はどうやら本能的なものだったらしい。
俺は見た。
太い木々の間からゆっくりと出てきた化け物を。
思わず息を殺す。出来るだけ音をたてないように必死に静止する。
あれはヤバい。
見た瞬間そう思った。
俺の必要な時に発動しない《危機感知》スキルがあれは危険だぞと感覚的に脳内に教えてくる。
記憶にある情報と眼下の魔物との特徴などの情報を照らし合わせて、ある一つの魔物だと気付く。
身体は獅子のようであり、逞しく美しい毛並みだ。背には猛々しい鳥のような翼が生えており、足の爪は鋭く太い。そして、一睨みで相手に恐怖を植え付けるぐらいの鋭い眼光を持つ鷲の頭。…五ツ星ランクの魔物。
その名を《グリフォン》。
獰猛な性格のグリフォンは、得意の風魔法で全てを切り刻む。
話ではとある一国をたった1頭のグリフォンが攻め落としたという伝説もある。
高い魔法耐性に強靭な肉体を併せ持つあの魔物と出会ったなら、死を覚悟しなければならない。
幸い、俺の姿は見えていなさそうだ。
グリフォンは横を向いて、静止していた。
だが、この森の夜の本当の恐ろしさを痛感する出来事が起きたのだった。
スキルや魔物のランク、武器のランクなどは全て☆で示します。
一ツ星~六ツ星まであります。