◇9月―日本選手権の予選です。
9月は、野球シーズンの終盤になります。
社会人野球では、クラブ野球選手権の本大会と、社会人野球日本選手権の地区予選が開催されます。
クラブ選手権の開催地は、西武プリンスドームです。
ただし、他の球場で開催された時も何度かあります。
各地の予選を勝ち抜いたチームが出場します。
特定の企業を母体にしているチームでも、日本野球連盟に「クラブチーム登録」をしている場合は、クラブ選手権の予選への出場資格があります。
専門学校の硬式野球部で、日本野球連盟に加盟しているチームも、クラブ選手権の予選に出場できます。
いつか、クラブ選手権にまつわる(と言っても、恋愛ものになるでしょうけど)お話も書いてみたいなと思います。
今回の【9月のお話】は、社会人野球日本選手権の予選を取り上げます。
ただし、毎度のごとく、試合のことはチョロッとしか触れていませんので、あしからず。
都市対抗の決勝戦から1ヶ月が過ぎたと思ったら、もう、日本選手権の予選が近づいてきた。
黒々まゆ毛さんと言葉を交わすのは、メールより、電話が中心になった。
でも、相変わらず、中途半端な関係のまま。
いくつかの大会の優勝チームには、日本選手権への出場権が与えられる。
そして、都市対抗の優勝チームも、日本選手権に地区予選なしで出場となる。
今回の都市対抗では、黒々まゆ毛さんの補強先のチームが優勝。
その分、黒々まゆ毛さんの地区では、日本選手権の予選の出場チームが1つ減ったわけで、
黒々まゆ毛さんのチームが日本選手権に出場できる確率が、単純な計算だと高くなったわけで、
……いやいや。
去年までは社会人野球をあまり知らなかったわたしでも、プロに選手を送り出したりしてよく名前を聞くチームが、地区の中にはひしめいている。
『日本選手権に出場できる可能性が、ちょっと高くなった!』なんて、安心してはいられない。
そんなある日、黒々まゆ毛さんから電話で訊ねられた。
「予選、観に来る?」
「行きます!」
「ぼくの親も来るかもしれないから、ぜひ会ってもらいたいな」
親御さんと会うの?
「実家は遠いから、親は予選を観に来たことがあまりないんだ。都市対抗の本大会は来てくれるんだけどね。
紹介したい人がいて、たぶん予選に来るよって言ったら、ぜひお会いしたいって……」
「デートもしてないし、それどころか付き合おうっていう話もしてないし。親御さんに会ってくれなんて言われても、ちょっと困ります」
「そういえば、決勝戦の日の夜に、大事な一言を言いそびれてたよ!」
少し間が空いてから、黒々まゆ毛さんが言ってきた。
「思い立った時にすぐ会える距離でもないから、なかなか顔を合わせられないけど、ぼくと中距離恋愛をしてくれませんか」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。ちなみに、彼女を親に紹介するのは初めてだからね」
『彼女』
そう言われるのは、何だか気恥ずかしい。
わたしは、生まれてから現在まで、誰かの『彼女』だったことはなかったのだから。
黒々まゆ毛さんが、メールで、ご両親の写真を送ってくれた。
太くて濃いまゆ毛は、お父様から受け継いだものだと判明した。
いや、顔全体の造りも、お父様にそっくり。
『球場の観客席で、ぼくによく似た人を見つけたら、ぼくの父さんなので、気軽に話しかけて下さい』
との文面が添えられていたけれど、気軽に話しかけるだなんて恐れ多いと思っていた。
試合が始まる時間の前に球場に着き、少しのんびりしていると、黒々まゆ毛さんの本名の苗字を名乗る女の人から突然声をかけられた。
写真で拝見していた、お母様だった。
「あなたの似顔絵を添えたメールが、息子から届いたんですよ。
『色白で、目が小さくて、背は少し低めの女性がいたら、もしかしたらぼくの大事な人かもしれない』って書いてありました」
「わたし……こんなに可愛くないのにな」
似顔絵の画像を見せて頂いた時に、思わずつぶやいてしまった。
「いいえ、そんなことないですよ。息子にもったいないくらいです。さあさあ、一緒に応援しませんか? 主人も来ていますので」
お父様の周りには、十数人もの人たちが集まっていた。
それぞれ、ユニフォームと同じロゴが書かれたタオルを持っている。
「このタオル、どこで手に入れたんですか?」
「去年の都市対抗で、応援席に入場する時に配られたんですよ」
お父様が答えてくれた。
今年、黒々まゆ毛さんの補強先の試合では、うちわをもらったっけ。
対戦相手のチームの中には、スティックバルーンを叩きながら応援するチームもあった。
チームによって、様々なグッズが使われるらしい。
一緒に応援している人たちは、他の選手のご家族だけではなく、チームの母体の会社の社員の人も、チームのファンの人もいる。
「息子が主人にそっくりだから、『お父さんが応援に来ている』って、すぐにわかっちゃうんです。目印のような感じで、人が集まりやすいんですよ」
お母様は笑いながら言ったけれど、人が寄ってくるのは、お父様が黒々まゆ毛さんによく似ているからだけではなくて、ご両親の親しみやすさもあるかもしれない。
穏やかだけれど笑顔の絶えないお父様と、おおらかなお母様のもとで、黒々まゆ毛さんがのびのびと育てられてきた――そんな情景が、頭に浮かんでくる。
試合は、途中まで相手がリードする展開だった。
8回表に逆転。
黒々まゆ毛さんにヒットは出なかったが、チームの情報を気にしているうちに他の選手の名前も覚えたわたしは、勝利を心の底から喜んだのだ。
「大阪にも、行きますよね?」
黒々まゆ毛さんのお母様は、わたしの両手を、自分の両手で包み込んできた。
わたしは意味がわからず、つい、
「大阪に、何をしに行くんですか?」
なんて、聞き返してしまった。
「息子たちの試合の応援ですよ。日本選手権は大阪で行われますから」
今日が代表決定戦、と分かっていて来たのだけれど、勝ったことと、大阪に行くことが、頭の中で結び付かなかった。
そういえば、黒々まゆ毛さんのチームのサイトに、
『日本選手権の地区予選を勝ち進んで代表チームになったら、大阪での本大会に出場します』
なんて書いてあったような気がする。
野球観戦のために関西に行くなんて、全く考えたことはなかった。
わたしが住んでいる町も、好きなプロ野球チームも、関東にあって、いつでも応援に行ける状況だから。
プロ野球チームの本拠地の近くに住んでいても、お金と時間をたっぷり使って遠征先に行く人もいるけれど、わたしはそこまでして試合が観たいとは思っていなかった。
「息子は、都市対抗では補強で優勝メンバーになったが、ぜひ、このチームで日本一になってほしいものだな。応援、頼みますよ」
黒々まゆ毛さんのお父様に、ゆっくりした口調で言われて、日本選手権も一緒に応援したいという気持ちになってきた。
「わたしも大阪に行きます!」
【11月】に続く。
これまでにも、社会人野球日本選手権への出場権のことなど、度々触れてきましたが、日本選手権の開催場所について書いていなかったことに気付きました。
毎年秋に、京セラドーム大阪で行われます。
だいたい10月の下旬から11月にかけての時期です。
9月のお話の中でも、「大阪に行く」ことを取り入れてみました。