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◆8月―都市対抗を振り返りつつ、気持ちは日本選手権に向かいます。

都市対抗が終わったかと思えば、今度は日本選手権が待っています。

社会人野球日本選手権は、10月の下旬から11月の上旬にかけて開催です。


春先の大会で優勝して、早々と日本選手権への出場が決まったチームも、

都市対抗への出場を逃して、日本選手権の予選突破を目指すチームも、

都市対抗と日本選手権の連続しての出場を目指すチームも、

長く暑い夏を過ごします。


地区の中での大会やリーグ戦も、各地で行われます。


7月の都市対抗は、暑さをしのげる東京ドームでの開催ですが、8月は、屋根のない球場で、激しい暑さの中、練習や試合に励むのです。

都市対抗では、ぼくらのチームは準優勝だった。

チームとしてもぼく個人も、大会前からコンディションがとてもよかった。

本気で優勝を狙っていたから、あと一歩で届かなかったことへの悔しさが溢れてくる。


けれど、すでに日本選手権の出場権は獲得しているから、チームの休部前の最後の公式戦となる日本選手権で頂点をつかむために、気持ちを切り換えなければならない。



都市対抗の1回戦の試合の後には、移籍する予定のチームの監督さんとマネージャーさんが顔を見せて下さった。

チームでは出場を逃してしまい、何人かの選手が補強選手として出場。

その中の一人の選手の補強先のチームの試合が控えていて、その試合も観て帰ると言っていた。


立ち話をしていたら、居酒屋の娘さんが手を振りながら近付いてきた。


「彼女なの?」

あいさつより先に、監督さんに聞かれた。

「いいえ。違います」

ぼくと娘さんの声が重なってしまった。


「2月のキャンプ地の、チームの人たちの行きつけのお店の方です。ぼくと同い年ですけど、落ち着いてるんですよ」

「とんでもないです、落ち着いてるだなんて。子供っぽいままですから」


次の試合が近づいているからと、監督さんたちが去っていったあと、娘さんがポツリと言った。

「わたしじゃ、ダメですよね……」

「ダメって、どういう意味?」

「あ、なんでもないです」

「教えてよ」

「言えません」

娘さんは、うつむいてしまった。


そこへ、娘さんの姿を見つけたチームの人たちが集まってきた。

「何やってるの、二人で」

「まぁ、ちょっと色々と……」

ぼくは、苦笑いでごまかしてみた。



1回戦の日の翌日、娘さんから電話がかかってきた。

娘さんは、ぼくらのチームが勝ち進んでいる間は、おばさんの家に泊まっていると言った。


娘さんの友達は、高校を卒業してからも地元や近くの県で暮らしているそうだ。

親戚もほとんどは近くにいて、唯一東京近郊に住んでいるのが、おばさん――お店のご主人の妹さんの一家。

おばさんは昼間、仕事をしているから、一緒に過ごすことはできず、暇をもて余しそうだとのこと。

「他のチームの試合の時も、ドームに行こうかな。キャッチャーばっかり見るかもしれません」

「キャッチャー、好き?」

「好きですよ」

娘さんは、間を空けずに答えた。


キャッチャーをしているぼくのことは、どう思う?……なんて聞いてみたいけれど、ぼくを好いてくれているという自信はない。

ぼくだけ特別ではなくて、あくまでも、キャンプの時期にお店に来た中の一人の選手としてしか、見ていないかもしれないのだ。



決勝戦は夜に行われたから、娘さんは、おばさんと一緒に観に来ていた。

 

おばさんは、閉会式が終わった後、ドームの関係者出口付近で、

「毎年キャンプの時期に、兄のお店に来て下さっているそうで、ありがとうございます」

と、ウチの首脳陣や部員たちにあいさつをして回った。


娘さんは、負けた悔しさで沈み切ったぼくのそばにいた。

「次は、日本選手権ですね」

悔しさで頭がいっぱいだったぼくは、娘さんの穏やかなこの一言で、目が覚める思いだった。

「そうだ。落ち込んでいる場合じゃないな」



都市対抗の後の長く暑い夏も、日本選手権での優勝を目指し、練習や試合(小規模の公式戦や、オープン戦)に励んだ。


娘さんからは、時々メールが届いた。

暑い日々の屋外での練習で、体調を崩していないだろうかと、心配する文面が多かった。

そして8月の半ばのこと。


『おばさんが、あなたがわたしの彼氏だって、誤解しているみたいなんです』


東京近郊に住んでいて、都市対抗の決勝戦を見に来たおばさんが、夏休みで帰省しているそうなのだ。

別の親戚の家に泊まっているが、お兄さんのお店兼住宅にも顔を出し、決勝戦の試合のことと、試合後の出来事をしゃべりまくったのだとかで。

娘さんとぼくが仲良さげにしていたことまで報告したらしい。


ぼくのほうは、誤解されたっていいけれど、娘さんにとっては迷惑なのかもしれない。



『今度、ぼくのことでおばさんが何か言ってきたら、同い年で気軽に話せる男友達ですって言っておいてよ』

ぼくからは、こう返信しておいた。


『気軽に話せる男友達、ですよね。わかりました』

『彼氏だ、って周りから誤解されたら、迷惑だよね?』

『あなたこそ迷惑ですよね?』


2〜3日、そんなやり取りがあった後。

娘さんの仕事が終わったであろう時間を見計らい、電話をすることにした。

ぼくの気持ちを、きちんと話すために。



「お電話は嬉しいですけど……。こんな遅くに、大丈夫ですか? もうそろそろ寝なきゃいけないんじゃないですか? しっかり睡眠をとって下さいね」


電話口からも、いつものメールと同じように、ぼくを気遣う言葉が出てくる。


「リアルタイムで返事が聞きたいんだ」

「どういうお話でしょうか」

「周りから勘違いされるとかじゃなくて、本当の彼氏と彼女として付き合いたいと思ってる。もしもその気がないなら、ぼくにあまり優しくしないでよ。今すぐ振ってくれても構わない」


両思いなのだという確信はなかったから、『今すぐ振ってくれても』などと言ってしまった。


「都市対抗で、色々なチームの試合を観て、キャッチャーに目が釘付けになりました。あなたと重ね合わせてしまったんです。キャッチャーを好きになったのは、あなたを……好きになってからです」


最後のほうは小声になっていたが、確かに『好き』の言葉を聞くことができた。


「ぼくと、ぼくのポジションを好きになってくれてありがとう。今度会えるのは、日本選手権だね」

「組み合わせが決まるのが待ち遠しいですよ。試合の日にちが決まらないと、具体的な旅のスケジュールは立てられません」


そうだ、日本選手権は家族で行きたいって言ってたっけ。


「自分たちは3月の大会で優勝して早々と出場が決まったけど、地区予選はこれから」

「あっ……日本選手権が終わると、チームがなくなってしまうから、待ち遠しいなんて言っちゃいけませんでしたね。会いたいとか、試合が観たいとか、それだけが頭にあって、大事なことを考えていませんでした。ごめんなさい……」

「別に、謝らなくてもいいよ」


電話じゃなくて、すぐそばで話していたなら、娘さんの頭を軽く撫でてから、抱き寄せていたかもしれない。



【10月】に続く。

急な展開から、これで偶数月のお話は終わるのかと思った方もいらっしゃるかもしれませんが、12月のお話まで書きますよ。

よろしくお願いします。

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