表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

◇7月―都市対抗の本大会です。

社会人野球の大会で最も盛り上がるのが、毎年夏に行われる都市対抗です。


読んでいる皆さんに、少しでも都市対抗の雰囲気が伝われば……と思い、力を入れながら書いたら、今回の7月のお話は、『小説家になろう』での私の作品の中で、一番文字数が多い章になりました。

『前編』『後編』というふうに分割することも考えましたが、一気に載せてみました。


力が入っている割には、試合のことにはサラッと触れただけなので、本格派のスポーツ小説が好きな方には、物足りなく思われるでしょう。

試合の描写は苦手ですが、お話のあちこちには、いち社会人野球ファンとして、自分が見聞きしたことや体験したことを基にした場面が、含まれています。(恋の話の本筋以外で、ですけどね〜)

黒々まゆ毛さんのチームの、都市対抗の予選の試合の結果をパソコンから追った。


都市対抗への、地区からの最後の出場枠となる、第2代表決定戦の日は球場に行った。

9回裏、黒々まゆ毛さんの空振り三振で、試合が終わってしまった。

……悔しい。

いや、黒々まゆ毛さんのほうが、もっと悔しいし悲しいだろうな……と思い、どう声をかけて良いかわからなくなり、試合の後はすぐに帰途についた。


その数日後。

『お知らせです』

と題されたメールが、黒々まゆ毛さんから届いた。

『補強選手として都市対抗に出られることになりました。

応援に来て下さい』


補強選手。

 

社会人からプロ入りした選手に関連して、聞いたことがある言葉。

都市対抗で補強選手に選ばれて活躍して、のちにプロ入りした、なんていうこともあるようなのだ。


『所属チームで出場できなかったのは、とても残念ですけど、他のチームから呼ばれて出場するのって、すごいことですね!もちろん応援に行きます!』


はい。ポチッと。

送信完了。


すると、すぐに黒々まゆ毛さんから返信が届いた。

『ありがとう。

来てくれるなんて、涙が出そうなくらい嬉しいな』


わたしが応援に行くと、涙が出そう……って、ちょっとオーバーな表現かも。


『応援に来てくれたら嬉しくなる対象の人は、他にいますよね。そういえば、一目惚れの人の件は、進展しましたか?』


『いや、全然進んでない。ぼくのことは眼中になさそうなんだ。試合の応援には来てくれるんだけど』

『野球で大活躍するところを見せたら、いいんじゃないですか? でも、わたしはそのお相手の人じゃないから、付き合えるかどうかまではわからないですよ』

『大会が終わったら、気持ちを伝えるつもりでいる。活躍して、告白ができたらいいな』


メールを読みながら、胸がツンと痛くなった。

黒々まゆ毛さんが都市対抗で活躍したら、顔もスタイルも抜群な人が、彼女になるかもしれないのだ。

胸の奥の、うまく言い表せない気持ちが『恋』だと気づいたとたんに、失恋か……。

 

 

 

黒々まゆ毛さんには好きな人がいるのだ、と分かってはいても、『涙が出そうなくらい』と喜んでくれるなら応援に行きたい、という気持ちのほうが強く、予定通り試合を観に行くことにした。


そして、黒々まゆ毛さんの補強先のチームの、1回戦の当日を迎えた。


東京ドームでプロ野球を観たことはあるが、都市対抗を観るのは初めてだ。

試合を終えたばかりと思われる、白いユニフォームと赤いユニフォームの選手たちが、ドームの入り口付近のあちこちで、知り合いらしい方々と話す姿があった。

赤いユニフォームの胸に書かれた文字には、見覚えがあった。

3月の大会で、黒々まゆ毛さんのチームと対戦した相手だった。

 

赤いユニフォームの背番号23の選手と、これまた見覚えのある私服姿の男性二人が、立ち話をしている。

なんと黒々まゆ毛さんのチームの監督とマネージャーだ。


監督とも、マネージャーとも、直接お話をさせて頂いたことはない。

1月にグラウンドに足を運んだ後にチームのサイトでメンバー表を見た時の、顔写真の印象が強すぎて、チームの中で黒々まゆ毛さんの次に、顔と名前と役職を覚えてしまったのだった。

監督は、顔全体がふっくらしていて、顔の真ん中あたりに目と鼻と口が集中している。

マネージャーは、カラー写真で見ても、球場で見ても、顔の色が濃い。赤茶けている感じだ。

そこへ、一人の女の人が、手を振りながら近付いていった。笑顔が爽やかな、かわいらしい人。

選手の人の、彼女さんだろうか。


少し経つと、監督とマネージャーは、赤いユニフォームの選手のもとを離れた。

このあとの、黒々まゆ毛さんの補強先の試合を、観るつもりなのかもしれない。

わたしも、ドームの中に入って応援だ。


補強先のチームのサイトを見たら、都市対抗を観戦したい人のためのマニュアルのページがあった。

応援席で応援したい場合は、チームの応援受付のテントで、チーム席のチケットと応援グッズを受け取るのだとのこと。

ドームの周辺あちこちに、チームの名前を書いたプラカードを持った人が立っていて、プラカードの矢印の方向に進むと受付のテントに着く、とも書いてあった。

おかげで、都市対抗初心者のわたしは、迷わず応援受付のテントに着いたのだ。


受付の方から、チームの名前が書かれたうちわとタオルを手渡され、わたしは戸惑った。

「これ、持っていっていいんですか?」

「はい。どうぞ」

プロ野球では、グッズは『ファンが自分で買う』ものだ。社会人野球では『応援受付で渡される』ものらしい。

お目当ての人が補強選手だから、大会のあとは使うことがないグッズ。

黒々まゆ毛さんを全力で応援するために、大いに活用させて頂きたいと思った。


1番、センター。

いつもの黒々まゆ毛さんと同じ打順、同じポジション。

 

ただ、ユニフォームが違う。

黒々まゆ毛さんが補強選手に選ばれたために、出場できなくなった選手もいるのだ、ということにも思いを巡らせた。


試合開始前と、7回の攻撃の始め、そして試合の終了後に、応援席で社歌の斉唱が行われた。

社員ではないし、そもそも補強選手の応援に来ているため、社歌を知らなかったわたし。

応援用のうちわに歌詞が書いてあったので、1回戦では歌詞を見ながら歌った。



覚えやすい歌詞と、歌いやすいメロディーのおかげで、いつの間にか、社歌の歌詞を見ずに歌えるようになっていた。

そして、大会前には優勝候補に挙がっていなかった、黒々まゆ毛さんの補強先のチームは、決勝戦まで進んだ。 

 

決勝戦の日の朝、黒々まゆ毛さんにメールを送った。

『おはようございます。

いよいよ決勝ですね。今日も応援に行きます!』

頑張ってね、とか、打ってね、とか、言ってみたかったけれど、わたしの言葉が重圧になってもいけないから、最小限の言葉だけにしてみた。



決勝戦の対戦相手は、3月に黒々まゆ毛さんのチームと対戦した、赤いユニフォームのチーム。

ただし、この試合は赤ではなく、上下白のユニフォームだ。文字や線、アンダーシャツとソックスは赤。

一塁側のベンチになったから白系で、ということなのだろうか。

そういえば、この大会の黒々まゆ毛さんの補強先のユニフォームも、上半身が青だったり、上下とも白だったりしたっけ。


相手のチームは、今年の秋に休部することが決まっているとの話を、スポーツ新聞のサイトの記事で知った。

もしも、特にどちらも応援していない立場なら、休部するチームに肩入れしてしまうかもしれない。


今回の黒々まゆ毛さんの補強先の試合は、1回戦からすべて観た。

ずっと1人だったが、決勝戦は友人と一緒に観戦することになった。。

準決勝で勝ったあと、メールで報告したのだ。

『東京ドームにいるんだよ。明日はいよいよ都市対抗の決勝戦!』

黒々まゆ毛さんの補強先のチームが勝ち進んだことも書き添えた。

 

一緒に行こうと誘ったわけではなく、友人のほうから、

『明日行きたいな』

なんて言ってきたのだった。


決勝戦の応援席は、盛り上がりも最高潮。

知り合いでもなんでもなく、ただ近くの席に座っただけの人たちと話が弾み、お菓子(ビールのおつまみ)を分けてくれたり、ジュースをおごってくれたりした。


「この選手がウチのユニフォームを着るのは、今日が最後なんだよなぁ」

「バッティングにも、守備にも、何度も助けられたものだ。明日からはまた敵味方か……」

黒々まゆ毛さんの打席では、周りの人たちは口々に話をしていた。

そこへ、わたしの左隣に座る人が、

「今日までは応援できるじゃないか。なぁ、そうだろ?」と言って、わたしのほうを向いた。


「わたしは、今日も明日からも応援したいです! 実は……この人のファンで、1回戦からずっと観に来ていたんです!」


実は、と言ったあとに、少しだけ考えた。

メールのやり取りをしているだけで『友達』と呼ぶなんておこがましいし。

『片思いをしています!』なんて言ったら、周りの人たちからではなく、右隣にいるわたしの友人から冷やかされそうだし。

結局、『ファン』と言うことにしたわけだ。


話をしながら、視線はバッターボックスに向けていたら、黒々まゆ毛さんが大きな打球を放った。

ホームラン、とはいかなかったが、レフト側のフェンスに当たり、外野手が打球を処理する間に、黒々まゆ毛さんは三塁ベースに立っていた。

そして、次のバッターのタイムリーヒットでホームベースを踏んだ。

これが勝ち越し点となり、黒々まゆ毛さんの補強先のチームが初優勝を遂げた。



閉会式では、活躍した選手たちが次々と表彰された。

周りの席で応援していた人たちも、ほとんどが閉会式を見るために残っていた。

主な賞には、都市対抗の創設や発展に寄与した人たちの名が付けられているのだと、教えて頂いた。

何人かの選手が表彰されたあと、なんと、

『首位打者賞』

として、黒々まゆ毛さんの名前が呼ばれた。

確かに、この大会中、すべての試合でよく打った。そして、得点にもよく絡んだ。

 

わたしの席の周りの人たちは、口々に、

「よかったな!」

「おめでとう!」

と、『ファン』のわたしに対して祝福してくれた。

わたしと握手しようと、手を差し出してきた人もいた。



閉会式が終わり、ドームの外に出た。

決勝戦が終わってから少し時間が経ったけれど、まだ余韻が残っている。


黒々まゆ毛さんを一目見たくなり、関係者出入口の付近を探したら、補強先のチームの選手たちを含めた多くの人に囲まれていた。

女の人も何人かいた。


「やっぱり、野球選手って遠い人なんだなぁ」


黒々まゆ毛さんを囲む人たちの姿を背にしながら、小さい声でつぶやいたのに、友人には聞こえてしまったようだ。 

「話しかけなくていい? おめでとうって、言わなくていい?」

「うん。もういいの」


「ついさっきまで騒いでいたのが嘘のようだわ」

友人は、少しあきれたような口調で言った。



1回戦の日に、黒々まゆ毛さんの所属チームの監督と立ち話をしていた、今日の対戦相手の背番号23の選手と彼女さん(とおぼしき人)が一緒にいるところも見かけた。

選手の人のほうは、優勝を逃した悔しさからか暗い表情を見せていたが、彼女さん(?)にねぎらわれて、時折笑みを浮かべていた。

ほほえましいシーンだったが、失恋が決定したわたしにとっては、真夏の暑苦しさが増してしまった。



帰りの電車の中で、メールの着信に気付いた。

黒々まゆ毛さんからだった。

『伝えたい話があるので、よかったら電話を下さい。今は結構バタバタしているので、すぐに出られないかもしれないけど』


ずっとメールのやり取りばかりで、電話番号は知らなかったのだが、ちゃんと、本文の下に番号が書いてあった。


伝えたい話がある――。

大活躍して、試合のあとに好きな人に告白したら見事に彼女ができたのだと言いたいのだろうか。そんな話を聞くために、自分から電話することなんてできない。


『今日はお疲れ様でした。そして、おめでとうございました。ご都合がいい時にお電話を下さい』

自分の電話番号を添えて、返信をした。 

自宅の最寄り駅に着いて、改札口をちょうど出たところで、黒々まゆ毛さんから電話がかかってきた。


「今は、どこにいるの?」

「ウチの近くの駅に、着いたところですよ」

「お疲れ様」


激しかった試合から一段落したからか、黒々まゆ毛さんは落ち着いた口調になっている。

「そちらこそ、お疲れ様でした。あっ、首位打者賞おめでとうございます」

「その言葉、目の前で聞きたかったな」

「でも、たくさんの人に祝ってもらったでしょう?」

「一番会いたかった人に会えなかったから、物足りないよ」


会いたかった人って、もちろん、黒々まゆ毛さんの好きな人のことだろう。

今日は、会えなかったんだね。 

「会えなくて物足りないって、わたしなんかじゃなくて、好きな人に直接言って下さい」

「だから、今、好きな人に言ってるんだってば。ぼくの一目惚れの相手が、自分のことだなんて、全然気付いてないようだけど」


「今言ってる、って、わたしのことですか?」

「もちろん!」


わたしが恐る恐る聞いてみると、明るくハッキリした返事をしてきた。


「一目惚れって、ルックスの整った人にするものですよね? なんでわたしに……」

「まず顔が、ぼくの好みだった。目が小さめの人が昔から好きでね。お目当てだったアイツに会えなくて残念そうだったから、何か役に立ちたくなった」 

アイツ、とは、わたしがファンだった選手のことだ。

驚きの連続で、甘い気分に浸ろうとしていたら、脇から友人の声がした。


「ちょっと〜。こっちのこと忘れてない?」


わたしの家は、駅から歩いて数分。

友人は、家が駅から少し離れているので、駅前の駐輪場に自転車を停めている。

会った時は、いつも駅の改札口を出たところでバイバイなのだが、その間際のタイミングで黒々まゆ毛さんから電話があり、すっかり夢中で話してしまったのだ。


「ゴメンゴメン!」

「『首位打者賞おめでとう』って言ってたから、誰と話しているのかわかっちゃった! また、いろいろ話を聞かせてよ。じゃあね」

 

友人は足早に去ってしまった。


「どうしたの?」

「友達と一緒に観に行ってたんですけど、メールや電話に夢中になっていたら、『首位打者』って言ったところで誰と話しているのかバレてしまいまして。先に帰っちゃいました」

「夜の試合のあとの遅い時間に突然電話して、友達にも君にも迷惑をかけたかな。今度また、ゆっくり話そう」

「わかりました」


黒々まゆ毛さんが『おやすみなさい』と言ったあと、電話は切れてしまった。


黒々まゆ毛さんの気持ちを聞くことはできたが、

『付き合って』

とか、

あるいはそれに似たような言葉を言われたわけではない。

彼にとって、わたしはどんな存在なのだろう。

こんなわたしでも、彼女にしたいと思ってくれているのだろうか。

遊び半分で、『顔が好み』なんて言ったのだろうか。

自分から聞き出すのは、ちょっと怖かったりする。



【9月】に続く。

☆ユニフォームについて

野球のユニフォームといえば、高校野球の白いユニフォームを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

高校野球の場合は、公式戦のユニフォームは1種類で、どちらのベンチに入っても同じデザインのユニフォームを着用していますね。

社会人野球では、たいていのチームが複数のユニフォームを持っています。

一塁側のベンチに入った時は白に近い色のユニフォーム。三塁側の時は色のついたユニフォーム。というふうに使い分けます。

社会人野球のユニフォームはカラフルですよ。プロ野球のユニフォームを思い浮かべて頂くと良いかもしれません。


☆応援席について

都市対抗大会と、社会人野球日本選手権大会のチケットでは、チーム券の設定があります。チームごとに設けられる応援受付で配られるチケットのことです。

チームを持つ企業の社員の方など、関係者の方にあらかじめ配られる『チーム券の引換券』がないと応援席のチケットがもらえないチームもありますが、ほとんどのチームは、応援受付に並べば、チケットと応援グッズをもらえます。

応援受付に行くには、7月のお話の本文にも書いたように、チーム名を書いたプラカードを持った人の誘導に従って進みます。

華やかで、地域色や企業色がふんだんに取り入れられた応援は、社会人野球の魅力の1つだと思っています。


☆補強選手制度について

補強選手制度は、都市対抗の独特のもののひとつです。

「都市の対抗」という名のもと、地区からチームを送り出すために強化をする意味合いがあります。

本大会に出場するチームが、同じ地区の予選敗退チームの選手を加えることができます。

現在は3名までとなっています。

プロ野球で活躍する選手の中にも、社会人時代に都市対抗で補強選手になったことから注目を浴びるようになった選手もいます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ