◆2月―短めですが、社会人も、キャンプがあります。
もうひとつのラブストーリーの始まりです。
偶数月は、大学から入社した新人のキャッチャーが主人公です。
前回(奇数月)の登場人物とは別のチームの設定で、つながりはありませんが、今後どこかで絡むこともあるかもしれません。
プロ野球と同様に、社会人野球でも、春季キャンプを行うチームがあります。
プロ野球は、春季キャンプといえば2月ですが、社会人では、チームによっては3月に行う場合もあります。
四国や九州など、温暖な場所で行うことが多いようです。
2月は、プロ野球の春季キャンプが、温暖な場所で行われる。
社会人野球でも、『春季合宿』という名で、2月もしくは3月にキャンプを行うチームがある。
といっても、プロ野球のように、1か月まるまるキャンプの期間になるわけではなく、たいていは10日間前後で終える。
大学の卒業を控えた2月。
小学校の頃に所属した軟式野球チームから、ずっとキャッチャーだったぼくは、入社が内定していた会社の野球部の練習に合流して、春季キャンプにも参加させて頂くことになった。
毎年、南のほうの県の同じ場所でキャンプをしているそうだ。
キャンプ地となっている球場の近くに、家族で経営している居酒屋があるとのことで、先輩に連れて行ってもらった。
その居酒屋の娘さんは、美人、というよりほんわかしてかわいらしいタイプで、ちょっと控えめな感じ。ぼくのことを、大学4年生で間もなく正式に入社するのだと知ると、大変喜んでくれた。
「わたしと同い年なんですね。同い年の選手の方がウチのお店に来たのは初めてだから、嬉しいです」
ぼくが入るチームは、大学から入社する選手ばかり。年が明けてから22歳になった早生まれのぼくは、後輩が入るまではチーム最年少。
ぼくは、酒はほとんど飲めないが、話すことは大好きだ。
娘さんは、ぼくの野球の話から、失恋の話まで、ウンウンと相づちを打ちながら、時にはクスッと笑いながら聞いてくれた。
翌日にキャンプ地を離れることになる日の夜、チームメート数人で再び居酒屋を訪れた。
ぼくの連絡先を書いたメモを、財布にしのばせておき、隙を見て娘さんに渡した。
「メールでももらえるといいな。あ、暇な時で構わないから」
娘さんは、すぐにメモを開くと、
「じゃ、わたしも教えます」
そう言ってから、自分の電話機のプロフィール画面をぼくに見せた。
ぼくも電話機を手にして、赤外線通信をしようとしたら、ぼくを最初にこの店に連れて来た先輩が覗き込んできた。
「何やってるんだ?」
「連絡先を交換してるんです」
「遠距離は、色々大変だぞ。頑張れよ」
ぼくは、
『何が大変なんですか? どう頑張るんですか?』
と聞こうとしたが、やめておいた。
先輩は、野球を続けるために、大学の時に付き合っていた彼女と離れて暮らし、月日を経てお互いの気持ちも離れてしまい、それぞれ別の人と結婚したと聞いていたからだ。
娘さんに対するぼくの気持ちに、本人のぼくより先に気付いたのかもしれない。
娘さんは、気軽な感じでアドレスを交換したのだろうけれど、ぼくの思いは、初めて会った時から日に日に熱くなっていったのだった。
『来年の春のキャンプで、また会いましょう』
と言って居酒屋を後にしてから、数日後の夕方。
野球部の寮の食堂に、結婚していて寮に住んでいない部員も含め、チームの全員が召集された。
そこには、社長も直々に姿を見せていた。
社長は、自らの口で、淡々と発表した。
「野球部は、シーズン終了を以て休部することになりました」
すぐに、居酒屋の娘さんの顔がパッと浮かんできてしまった。
取り急ぎ、娘さんにメールを送る。
『先日はお世話になりました。チームが休部することが決まったので、もうお会いする機会がないかもしれません』
返信が来たのは、真夜中近くだった。きっと、店の仕事が一段落してから、ぼくのメールを見てくれたのだろう。
『休部、ですか……。来年のキャンプの時期にいらっしゃらないなんて、さみしいです。チームの皆さんに、またお会いしたいです』
『チームの皆さん』か。
娘さんは、ぼくに対して特別な感情を持っていないのだろう。
ちょっと落ち込む。
『休部の発表があったばかりで、これからみんながどうなるか今の時点ではわからないけれど、今年の秋まではチームとして活動するから、良かったら試合を観に来て下さい。なかなか休めないかな?』
ぼくがメールを送ったら、ほどなくして娘さんから再びメールが届いた。
『そうだ、こちらから会いに行けばいいんですよね! 思いきってお店を休みにして、家族で応援に行きたいな。父さんに話してみます。もしも休むのがダメでも、わたし一人で東京ドームに行きます!』
東京ドーム。
社会人野球の大きな大会である、都市対抗が、毎年夏に行われる場所。
娘さんは、毎年のキャンプの時に店を訪れた、ぼくの先輩たちから、東京ドームを目指して日々の練習に励んでいることをよく聞かされてきたのだろう。
でも、東京ドームでぼくたちが試合をするためには、地区予選を突破しなければならない。
このチームで試合をするのは、ぼくにとっては今年が最初で最後。
なんとしても、都市対抗に出場したい。
そしてできることなら、ぼくも多くの試合に出て、チームに貢献したいのだ。
【4月】に続く。
実は、この2月のお話は、1月のお話より先に書いていました。
去年(平成27年)の2月に書き始めたものの、お話がうまく進まず、1年ぐらい更新していませんでした。
1月のお話を公開する前から修正したり書き足したりして、2月のお話もやっと公開に至りました。
今は、3月以降のお話の構想を少しずつ練っています。
3月のお話の公開まで間が空いてしまうかもしれませんが、また読んで頂けたら幸いです。