◆1年後の2月(居酒屋の娘さんサイド)
居酒屋の娘さんサイドのお話です。
黒々まゆ毛さんの彼女さんとその友人も、ひょっこり登場します。
わたしが住んでいる県は、温暖なことから、スポーツチームのキャンプがよく行われる。
有名無名、プロアマ問わず、幅広いジャンルのチームが訪れる。
その中で、とある社会人野球チームは、2月の春季キャンプで、我が家兼居酒屋のすぐそばのホテルを宿としていたから、キャンプの頃には、毎日数名の選手が、入れ替わりでウチのお店に来てくれていたものだ。
このチームの、この地でのキャンプは、わたしが小学生の頃からで、10年以上にもわたった。
話を過去形にしなければならないのは、去年の秋にチームが休部になってしまったから。
わたしの彼は、このチームの選手だった。
去年の春のキャンプの時期に、先輩に連れられてウチのお店に来てくれた。
大学の卒業を前にして、正式に入社するのより一足早くチームに加わったのだった。
このチームのメンバーは、大学を卒業した選手ばかり。
わたしと同い年の選手が入ってきたことに大いに喜び、話も弾み、キャンプの最終日の前夜には連絡先を交換した。
彼との出会いを思い出しながら、今年は寂しいなと思っていたら、関東に住む女性の友人から電話があった。
彼の移籍先のチームのキャプテンの、彼女さん。
彼女さんのお友達が、ウチの県でキャンプをしているプロ野球チームのファンであることから、二人でキャンプを見学に行くという話だった。
宿泊先は、ウチのそばのホテルに決めたそうだ。
同じ県とはいえ、お目当てのプロチームのキャンプ地からは距離があるのに……と、恐縮したけれど、
せっかく近くまで行くのだから、ウチのお店もぜひ訪れたいのだと言ってくれたのだった。
「こんばんは!」
明るく弾んだ声で、二人の女性が姿を見せた。
「お嬢さんが遠くで一人暮らしとなると、さみしくなりますよね」
キャプテンの彼女さんは、わたしの両親に向けて言った。
「選手の人と娘が付き合うなんて、全く思いもしませんでしたからね。幼い頃から、チームの皆さんには可愛がってもらってましたけど、妹のような感じでしたよ」
母の言葉のあと、父も続けて言う。
「去年のキャンプの最終日の前の日に、彼氏が娘の連絡先を聞き出した時は、友達としてやり取りするのかなと思ってたよ」
わたし自身が、現在の状況に誰よりも驚いている。
親元を離れて、彼のそばで暮らすなんて、去年の今頃には想像できなかった。
なにしろ、わたしにとっては、『彼』と呼ぶ人が存在したことがなかったのだから。
不安もある。
知らない土地での生活。
彼と今後どうなるか。
結婚をほのめかすことは言っているけれど、すぐにという話ではないのだ。
「一緒に頑張りましょうね!」
わたしが暗い表情を見せてしまったからか、キャプテンの彼女さんが明るく励ましてくれた。
「一緒に、って?」
父と母が口を揃えた。
「お互いの彼が、今年同じチームになったんですよ」
キャプテンの彼女さんは、微笑みを浮かべた。
わたしより年齢が二つ上。
外見はかわいらしい人で、はじめはわたしより年下かと思っていた。
わたしのほうが何気なく、
『大学を卒業したばかりの彼と、同い年です』
と話した時に、自分の年齢を明かしてくれたのだ。
「引っ越したら、お家に遊びに行きたいな」
キャプテンの彼女さんは、わたしの引っ越しを楽しみにしてくれているようで、明るい調子で言った。
「ねえ、わたしもお邪魔していいかな?」
彼女さんのお友達も問いかける。
「もちろんですよ。待ってますね!」
「わたしの彼が、ダブルデートを計画してるらしいから、楽しみにしててよ!」
キャプテンの彼女さんが、ニッコリしながら言った。
わたしは、結構人見知りのほうだ。
もしも、ダブルデートのカップルの女性が、わたしの全く知らない人だったなら、どれだけ緊張したのだろうか……なんて思ったりする。
いや、いきなり彼と二人きりで会うとなれば、もっと緊張したかもしれない。
「誰ともデートをしたことがないので、まずはタブルデートからというお話は、とてもありがたいです!」
「あら……。デートをしたことがないなんて!」
彼女さんには、とても驚かれてしまった。
20歳を過ぎての初カレは、ちょっと遅いかもと笑われるのかと思ったら、一言付け足された。
「実はわたしも、デートの経験がないの。カップルらしきことをまだ何もしていないのに、結婚の話だけ進んじゃって……」
「け……結婚って本当? 聞いてなかったけど!」
キャプテンの彼女さんのお友達が、大声で叫ぶ。
「来年の1月、出会った記念の日に、彼の地元の市役所に行って、婚姻届を出す予定なの。もう、お互いの家族にも話はしてあるから」
「そこまでハッキリ決めているんだね。もう、一緒に野球を観ることもなくなるのかな」
彼女さんのお友達は、ちょっとさみしそう。
「今年中はプロも観たいけど、彼のチームの応援が中心になるかも」
「そうだ、社会人の試合を観に行けばいいんだよね!」
彼女さんのお友達の表情は、パッと明るくなった。
「一緒に応援しましょう!」
わたしは、右手で彼女さんの手を、左手でお友達の手を取った。
3月は、わたしの引っ越し先での新生活が始まる。
社会人野球のシーズンも始まる。
部屋は、インターネットで探したら、格安の物件が見つかり、不動産屋さんには彼に足を運んでもらった。
自分は寮にいて、実際に住むのはわたし一人であることを説明してくれたのだ。
3月の始めに引っ越すことにしたのは、転勤や進学などによる引っ越しのピークの時期を避けるためもあったが、もっと大きな理由は、彼のチームが出場する大会が3月の半ばに関東で開催されるから。
ちょっとバタバタしているけれど、引っ越しが済めば試合が観られるのだと思うと、ワクワクする気持ちのほうが強い。
早く、試合が観たい。
早く、彼に会いたい。
【1年後の2月・おわり】
「社会人野球歳時記」は、これで一区切りです。
「小説家になろう」において、私が社会人野球を扱う小説を書くのは、この作品が初めてでしたが、他のサイトでは、1ページのお話から長〜いお話まで、社会人野球を取り上げて書いてきました。
「社会人野球歳時記」では、過去の私の作品の様々な要素が、あちこちに入っています。
特に、居酒屋の娘さんに性格も家庭環境もよく似たキャラクターが、どこかに出てきたりしています。
他のサイトでの私の作品を読んで下さった方は、ほとんどいらっしゃらないだろうと思いますが、気付いた方がいらっしゃったらいいなぁ……。
そのキャラクターを気に入りすぎて、使い回してしまいました。(苦笑)
次はどんなお話を書こうかな。
「大人の部活動」には、ずっとこだわりたいです。
H29.3.11 こだまのぞみ