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◇1年後の1月(黒々まゆ毛さんサイド)

これまでのお話とちょっと趣向を変えて、黒々まゆ毛さんサイドを書いてみました。

彼女さんとの出会いを振り返りながら、今後のことにも思いを馳せます。

ぼくの友人のプロ野球選手は、毎年1月、同じチームの選手数人とともに、ぼくの会社のグラウンドで自主トレをする。


友人とは、お互いに高校を卒業した後に、同じ会社の野球部に同期で入ったことで出会った。

整ったルックス。高校の時には甲子園に出場したことから、社会人時代もひそかに人気があり、プロで活躍すると人気はさらに急上昇した。


自主トレでは、ぼくの友人をはじめとしたプロ選手を目当てに訪れる人たち(特に女の子のファン)の姿が目立つ。

プロ選手とファンの人が一緒に写った写真を、その場を和ませながら撮るのは、ぼくの役割になっていた。


去年のちょうど今頃。グラウンドの出入り口で、首をキョロキョロさせている女の子がいた。

ぼくがその女の子の前を通りかかると、ぼくの友人の名前を挙げ、今日はいないのかと聞いてきた。

あさってから来るのだと告げた時に、かなり落ち込んだ表情になったから、友人の写真を撮ってメールで送ることを約束した。


写真を送ることを口実にして、メールアドレスを聞けたものの、それ以上何もないだろうと思っていた。

体型も顔の作りもこじんまりしているところは、ぼくの好みのタイプに一致するのだが、

友人のファンの子だし。

しかもその友人というのは、ルックスもプロでの実績も申し分のない人気者。

プロ入りしてからも連絡は取り合っているが、ルックスに自信がなく、ドラフト会議での指名もないぼくは心の中で、友人に対して劣等感を持っていた。



友人と前の年の暮れに会った時には、交際相手を連れていて、春季キャンプに行く前に婚姻届を出すつもりだと言っていた。


結婚が正式に発表されたら、あの女の子はどれだけショックを受けるだろうか――。

などと考え、写真を送るかどうか迷ってしまった。

でも、ぼくから『送りましょうか』と言ったのだから、約束は果たしておきたかった。


1月下旬には、友人の結婚が報じられた。

ぼくはあの子に、夢を持たせるようなことをしてしまって済まなかったと詫びるメールを送った。


『身近な人に失恋したわけじゃないから、きっとすぐに立ち直れます』


多少はショックがあったはずなのに、この文面。わざと明るく振る舞っているのかもしれない。

どさくさに紛れて、

『ぼくは、彼女募集中です』

と書いてみたら、なぜ募集中だなんて言ったのかと訊ねてきた。


『一目惚れをしたみたいなんです』

そう答えた後、1か月以上、メールが来なかった。

この一言だけでは、一体誰に一目惚れしたのか伝わらない。

ハッキリ書いたところで、ぼくのことなど相手にしてもらえないだろうと思って、敢えて書かなかったのだ。


3月。

久々のメールには、大会でのぼくのチームの試合を観に行ったと書いたあと、疑問をぶつけてきた。


『優勝できなかったから、日本選手権にはもう出られないんでしょうか?』


この大会で優勝したら、日本選手権への出場権が与えられるのだが。

では、優勝できなかった場合は?……と、ふと思ったらしい。


優勝チームが日本選手権に出場できる大会が他にもあることと、地区予選もあることを教えて、

観戦に来たら声をかけてねとも添えておいた。


その後は、メールのやり取りが少しずつ増えていった。



彼女の気持ちは、徐々にぼくのほうを向いてきていたのだと、あとになって知った。

初対面でぼくのことを『まゆ毛の濃い選手』として記憶していて、ウチのチームの公式サイトでの選手一覧でぼくの名前と背番号を確認してからは、『30番の黒々まゆ毛の人』とひそかに呼んでいたとのこと。


プロ野球には詳しいけれど、社会人野球に関する知識がほとんどなかったから、試合を観に行くたびに新しい発見ばかりだったそうだ。

時々おかしな質問をしてくることもあったが、知ったかぶりをしないところは、かえって好感を持てた。


20代の半ばを過ぎ、周りには既婚者が増えてきて、ぼくも結婚を強く意識するようになった。

今度付き合う人とは結婚を視野に入れたいと考えたタイミングで、彼女は、ぼくの前に現れたのだ。



本当は、

『ぼくに、ずっと付いて来てもらいたい』

と、ぐっと引っ張るようなプロポーズを、面と向かってしたかったのだが、

『彼女の家に行って、ご家族からしっかり交際の許しを得たい』

という気持ちもあったから、電話で口を滑らせてしまった。

『シーズンオフの間に親御さんにあいさつに行きたいんだ。結婚を前提にお付き合いしていますって言うつもりだから、よろしくね』


かっこいい振る舞いは、ぼくには似合わない。

それでも彼女は、『はい』と明るく返答してきた。

彼女の家に行った時は、すでに彼女からご家族に結婚の意思を話していたからなのか、和やかに話ができた。


ぼくは、彼女と出会う前から、結婚する相手の人が仕事をそのまま続けても構わないと思っていたが、ぼくのチームの拠点の町から彼女の今の勤務先に通うのは、時間的に無理なことだった。

彼女が、秋ぐらいまでに退職したいと言ったので、来年の1月、彼女とぼくが出会ってちょうど2周年の日に役所に行って、婚姻届を出そうと約束した。


こうして、結婚に向けた話は少しずつ進んでいるものの、ぼくたちがまだしていないことがあった。


デート。


お互いに関東に住んでいるけれど、『ちょっと遠い』感じの距離だから、今まではメールや電話のやり取りが中心だった。


「時間を作って会いたいです。こちらから会いに行きますよ」

電話で彼女はそう言った。

「来てもらうんじゃ、申し訳ないな。中間地点とかはどう?」

「いずれ住む場所だから、そちらの町を見て、知っておきたいです。色々教えてくださいね!」



ぼくたちよりもっともっと遠い、遠距離恋愛をしている人が、ぼくの身近にいる。

休部してしまったチームから、今年ぼくのチームに移ってきたキャッチャー。

彼女さんとは去年の2月、キャンプ地で出会ったそうだ。

彼女さんは、この春からこちらの町で暮らすつもりとのことだから、もう少しで遠距離は解消される。


彼氏(キャッチャー)も、この彼女さんとは、まだデートをしていないらしい。

彼氏はこの近辺の出身ではなく、

「どこか、いいデートスポットがあったら紹介してください」

なんて言っている。


ぼくの車で、このへんの道案内をしながらダブルデートをするのも、いいかなと思う。

お互いの彼女も、去年の日本選手権を観戦した時に知り合い、連絡を取り合っているそうだから。


春が来るのが楽しみだ。



【1年後の1月・おわり】

このあとは、『居酒屋の娘さんサイド』です。

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